第698話 さよなら

『アァアアアアッ……!!』

「ぐぅうっ……!?」



ヒトラは多数の黒蛇をレナの身体に巻きつけ、身体のあちこちに噛みつかせる。全身を紅色の魔力で覆い込んでいるお陰でレナは攻撃を防ぐが、それでも装備に付与させていた魔力を維持できずに徐々に色合いが元の状態へと変化していく。


空中にて囚われたレナは必死に黒蛇から逃れようとするが、ヒトラは彼の肉体を引き寄せ、勢いよく地面へと叩きつける。しかも一度だけではなく、何度も地面に叩き込む。



『ガアアッ!!』

「ぐあっ!?うぐぅっ……がはぁっ!?」

「レナ君!!このっ……うわっ!?」

「兄ちゃんに何しやが……うおっ!!」

「くっ……レナさん!!」



ミナとコネコはレナを助けようとしても黒蛇が邪魔をして近づけず、ナオもレナに駆けつけようとするが、身体を掴む前にレナは空中に持ち上げられる。いくら全身を魔力で覆っているとはいえ、何度も叩きつけられては身体のあちこちに怪我を負う。


意識を保つのも限界が近く、ここまでの戦闘でレナも魔力を大幅に消耗していた。身体に上手く力が入らず、このままではいずれ魔力を維持できずに殺されてしまう。そうすればレナの生命力を吸い上げたヒトラは復活する恐れがある。



(何か、手はないのか……!?)



薄れゆく景色の中、レナは自分の全身を拘束する黒蛇に視線を向け、必死に頭を巡らせる。もう碌に身体も動けず、対抗する手段がないと思われた時、ある事を思い出す。



(そうだ……まだ残っているか……!?)



レナは地上に顔を向け、黒蛇に追い詰められている全員の様子を伺い、まだ全員が装備している武器に自分が施した付与魔法の効果が切れていない事を見抜く。一か八かの賭けになるが、レナは気合の雄たけびを上げて付与魔法を発動させた武器を引き寄せる。



「うぉおおおおおっ!!」

「わっ!?」

「な、何だ!?」

「武器がっ!?」



ミナの槍、コネコのバトルブーツ、ナオの闘拳、他にもジオの薙刀やカインのランス、更にはゴロウの大盾もレナの元に引き寄せられていく。


付与魔法によってレナの魔力が宿された物体は彼の意思で自由に操作できるため、それを利用してレナは自分に絡みつく多数の黒蛇を引き寄せ武具や防具を利用して引き剥がす。



「離れろぉっ!!」

『ッ!?』



無数の武器がレナの身体に取りつく触手を引き裂き、更にゴロウの大盾をスケボ代わりに足場に利用したレナは空中で体勢を整えると、ヒトラに視線を向ける。既に理性を失ったヒトラだが、それでもレナの行動に対して危機感を抱き、慌てて逃げ出そうとした。



『ヒイッ……!?』

「これで……終わりだぁっ!!」



逃走を開始しようとしたヒトラに向けてレナは闘拳に全魔力を注ぎ込み、最後の極化を発動させる。かつてイチノの街にて圧倒的な力を持つ赤毛熊に追い込まれた際、起死回生の一撃を繰り出したようにレナは闘拳を射出させる。


レナの手元から離れた闘拳は加速してヒトラの肉体に衝突し、そのまま内部に潜り込む。その様子を確認したレナは闘拳に付与させた魔力を解放させる寸前、涙を流す。



(……さよなら)



度重なる使用にって闘拳の耐久力は限界を迎え、それを理解した上でレナは魔力を解放する。その結果、強烈な衝撃波がヒトラの体内から発生し、彼の肉体は魔力を吸収する暇もなく木端微塵に砕け散った。




――アァアアアアアッ……!?




粉々に吹き飛ばされた事で既に限界を迎えていたヒトラは肉体を維持する事が出来ず、断末魔の悲鳴を上げながら空中にて四散した。いくら死霊とはいえ、限界量以上の攻撃を受ければ消散し、二度と復活する事は出来ない。




100年以上の時を生きたヒトラは完全な意味での「死」を迎え、地上に粉々に砕け散ったレナの闘拳が落ちてきた。その様子を見てレナはこれまで自分を支えてくれた武器に感謝の言葉を告げる。



「今まで、ありがとう……」



闘拳の破片を拾い上げ、レナは掌の中で握りしめる。そして皆に振り返り、頷く。その姿を見て他の者達も遂にヒトラを倒した事を理解すると、全員が地上に倒れ伏した。

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