第689話 超越者

「なっ……!?」

「しゃ、喋った……嘘だろ、おい!?」

「馬鹿な……有り得ん、何が起きてるんだ……!?」



ヤマタノオロチが人語を発して話しかけてきた事にレナ達は驚き、混乱した。ヤマタノオロチの声音は間違いなくヒトラその物であり、しかも今回の場合はジャックやアルトの肉体を通じて話しているわけではない。


現在のヤマタノオロチはケルベロスのように恐らくは何かを媒介にして姿を保っていると思われるのだが、ケルベロスの時は獣のような咆哮を放つだけで人語を話せる様子はなかった。だが、全員の目の前でヤマタノオロチの姿を模したヒトラは語り掛ける。



『お前達のお陰で私は生と死を超越した存在へと進化を果たした……もう、そいつは不要だ。この力を手に入れた以上、もう私の目的は達する事が出来た』

「な、何だと!?」

「お前の目的はこの国を支配する事ではなかったのか!?」

『支配か……確かに最初はこの国を手にするために私は動いていた。だが、ある時から疑問を感じ始めていた……私が欲しているのは国ではない、この世界その物だとな!!』



ヒトラの声が大音量で放たれ、あまりの声の大きさにレナ達は耳を塞いでしまう。そんな彼等を無視してヒトラは自身の変貌ぶりに興奮したように呟く。



『火竜の力を取り込み、私は人間と竜種を越えた新たな存在へと進化を果たした!!これほどの力があればもう国一つなどどうでもいい、今この瞬間を以て私は全ての生物の頂点に立った!!いや、生物を越えた超越者となったのだ!!もう私に敵う存在などいない……この世界は私の物だ!!』

「何を馬鹿な事を言っている!!」

『馬鹿な事だと?では聞くが、お前らはこの私の姿を見てどう思う?今の私に歯向かえる存在がいると思うのか?仮に全ての国々が私を倒すために世界中の軍隊を送り込んだところで私には勝てない!!そう、相手が仮に竜種であろうと今の私に勝てる存在はいない!!何故ならば私は不死身の肉体と圧倒的な力を手に入れたからだ!!』



全ての首からヒトラの声が鳴り響き、身体全身を震わせながらヤマタノオロチと化したヒトラは高笑いを行う。その様子を見ていたレナ達は彼の言葉を否定する事も出来ず、正直に言えば現在のヒトラは確かに自分の言葉を実行するだけの力を持つ。


理由は不明だがどうやらヒトラは火竜の死骸に残っていた魔水晶の力を取り込み、より凶悪な存在へと進化を果たしたのは間違いない。闇属性の魔力で構成した黒蛇に噛みつかれた時、レナは魔力を奪われた事を思い出す。



(ヒトラは魔水晶を破壊して暴発した魔力を吸収したのか……だから、爆発の規模が抑えられて俺達が無事だったのかもしれない)



圧倒的な力を誇る火竜の体内に存在した魔水晶、それが破壊された事によって蓄積されていた魔力が暴発し、大爆発を引き起こした。しかし、圧倒的な力を持つ火竜の事を考えれば先ほどの爆発の規模は小さく、恐らくは暴発した際にヒトラは魔力の大部分を吸収したのだろう。




――魔力を吸収するだけで強化できるのであれば魔石などから魔力を吸収すればいいだけのように思えるが、ヒトラがそれをしなかったのは彼が吸収できるのは生物が生み出す魔力だけだった。


ヒトラ自身は他の生物から魔力を吸い上げる事は出来ても、魔石の類の鉱石からは魔力を吸い込む事は出来ない。だが、火竜の体内に生成された魔水晶ならば生物が生み出した魔力として吸収できるのではないかと考え、実行した。その結果、彼は火竜の生命の源といえる魔水晶の魔力の殆どを吸収し、膨大な魔力を手にする事が出来た。




ちなみに生物の魔力が吸収できるのならばどうしてレナの地属性の魔力は吸い込む事が出来なかったのかというと、レナの場合は付与魔法の性質上、物体に魔力を留める力を持つ。


かつてレナは死霊騎士と戦った時は魔力を奪われた事もあるが、あれからより成長したレナは自身の魔力を完全に操作できるようになり、奪われようとする魔力を引き留める力を無意識に手にしていた。ヒトラとしてはレナのような膨大な魔力を持つ存在から魔力を奪えないというのは屈辱的だったが、もうこれ以上の魔力を彼は必要とせず、地上のレナ達を見下ろしながら告げる。



『私がここまで進化できたのはお前達のお陰だ……だが、これ以上に歯向かうようならば容赦はしない。まずはお前達から消してやろう』

「くっ……!?」

「くそっ……やる気か!!」

「万事休すですわ……」



ヤマタノオロチの言葉にレナ達は冷や汗を流し、既にこれまでの戦闘で全員が披露し、碌な体力も残っていない。しかも相手は火竜の力を奪ってより強大な存在へと進化を果たした死霊であり、当然だが闇属性の魔力に対抗するには聖属性の魔力しかない。


この場で聖属性の魔力を扱えるのはルイとヒリンのみ、しかもルイの場合はあくまでも補助魔法しか使えず、ヒリンの方も回復魔法しか扱えない。修道女の称号ではない二人は死霊に対して有効的な攻撃手段を持たず、レナ達は追い込まれた。

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