第688話 ヤマタノオロチ
――オァアアアアアッ!!
クレーターの中心からおぞましい鳴き声が響き渡り、その声を耳にした者はケルベロスを想像した。レナの奮闘によって打ち倒されたはずのケルベロスが復活したのかと思われたが、地中から出現したのは全く別の姿形をした生物である。
最初に出現したのは巨大な黒蛇の頭を想像させ、続けて全く同じ形をした黒蛇の頭が次々と出現する。やがて現れたのは八つの頭を持つ巨大な生物だった。それを目撃したレナはヒトラとの会話を思い出し、無意識に呟く。
「ヤマタノ……オロチ!?」
「ば、馬鹿な……」
「東の国に伝わる伝説の生物か!?」
ヤマタノオロチに関してはこの場に存在する全員が知っており、ヒトノ国でも有名な存在だった。かつて東の国に出現したという八つの頭を持つ「竜種」として恐れられ、異界から召喚された勇者が倒したといわれている伝説の竜種である。
八つの黒蛇の体長はそれぞれが30メートル近くは存在し、更には蛇の顔が徐々に変化を始め、やがて火竜を想像させる顔立ちへと変貌する。その様子を見てレナ達は恐怖を抱き、いったい何が起きているのか理解できなかった。
(何なんだ……この化物は!?)
マドウの犠牲によって火竜は打ち倒され、後はヒトラを倒してアルトを救出するだけだったのに突如として出現した「ヤマタノオロチ」の姿を模した存在に対してレナは唇を噛み占める。他の者達も彼と同じを想いを抱き、同時に誰もが徐々にヤマタノオロチの正体に勘付く。
全体が漆黒に染まった生物、火竜の魔水晶を破壊した事によって出現したクレーターの地中から現れた事、何よりもヤマタノオロチが放つ禍々しい魔力には覚えがあり、レナ達はヤマタノオロチの正体を見抜かざる絵を得なかった。
『ヒトラ……!!』
全員の声が重なり、やがてヤマタノオロチはレナ達の存在に気付いたように見下ろすと、頭の一つがレナ達の元へと近づく。その様子を見て咄嗟にゴロウが大盾を構えて前に出ると全員を庇うように盾を構える。
「お前達、逃げるんだ!!こいつは俺が抑えつける!!」
「ゴロウ将軍……気持ちは有難いが、無理だ。逃げたくても身体が碌に動けない」
「……終わり、か」
ゴロウは全員に逃げるように促すが、圧倒的な存在感を放つヤマタノオロチに対してレナ達は動く事が出来ず、やがて頭がレナ達の頭上に移動を行う。
大口を開き、このまま自分達を飲み込むつもりなのかとレナ達は身構えると、予想に反してヤマタノオロチは口から一人の少年を吐き出す。
「ぐはぁっ!?」
「アルト君!?」
「王子!?」
「あ、アルト王子だ!!アルト王子を吐き出しましたよ!?」
ヤマタノオロチの口内からアルトが吐き出されると、レナ達の前に彼は倒れ込む。慌てて3人の将軍が駆けつけ、アルトの容態を伺う。もう彼からはヒトラの禍々しい魔力は一切感じられず、意識も取り戻している様子だった。
「ううっ……げほ、げほっ!!こ、ここは……!?」
「アルト王子!?無事ですか!?」
「王子!!しっかりして下さい!!」
「落ち着け、お前達!!誰か回復魔法は使えるか!?」
「は、はぁいっ……私が治してあげるわ~」
ヒリンが即座にカインの言葉に反応してアルトの元に駆けつけ、彼の服を開けて胸元に存在する傷口を確認して回復魔法を施す。忘れがちだがヒリンの本職は治癒魔導士なので回復魔法を得意としており、アルトの胸元の傷は塞がっていく。
アルトは自分を治すヒリンを見て若干頬を赤らめ、彼の眼には自分の傷口を回復魔法で癒すヒリンの姿がまるで天使のように見えた。
「なんて可憐なんだ……」
「えっ?」
「お、王子……ご無事で何よりです」
アルトの呟きにヒリンは首を傾げるが、彼の意識が完全に戻った事と傷口が塞がれている様子を見て3人の将軍は安堵した。だが、念のためにルイは魔力感知を発動させてアルトが本物のアルトなのかを確かめ、ヒトラに憑依された状態ではないのかを確かめる。
魔力感知を発動した結果、アルトの体内にはヒトラの魔力は感知されず、彼の肉体から完全にヒトラは引き剥がされていた。つまり、もうアルトは操られても居なければ傷口も完治したので死ぬことはない。その事実は喜ばしい事だが、どうしてヤマタノオロチがアルトを吐き出したのかが気にかかる。
「アルト王子、いったいどうやってヒトラの憑依を破ったのですか!?」
「奴はどうなったんですの!?」
「ち、違う……僕は、奴から解放されただけなんだ。もう、用済みだと言われてて……あいつから切り離された」
「用済み?切り離されたって……」
「という事は……やはり、このヤマタノオロチがヒトラか!?」
『オアアアアアッ……!!』
アルトの言葉に全員がヤマタノオロチを見上げると、アルトを吐き出した途端にヤマタノオロチの八つの首の中で最も大きな頭が咆哮を放つと、やがてレナ達を見下ろして口を開く。
『――礼を言うぞ、お前達のお陰で私は完全な存在へと進化を果たした』
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