第677話 説得その2

「これをどうぞ、一緒に戦いましょう」

「ありがとう、助かるわ……必ず、師匠をこんな目に遭わせた奴をぶっ殺してやる!!」

「ちょ、素が出てるぞ!?まだ暴走するのは早いぞ!!」



ヒリンは回復薬を受け取って飲み込むと、獰猛な表情を浮かべて髪の毛を逆立たせる。その様子を見て慌ててデブリが落ち着かせると、他の3人の弟子も反応を示す。



「ど、どうしてですか……なんで、こんな姿の師匠を放っておいて戦おうとするんですか?おかしいですよ、二人とも」

「そういうお前はどうなんだ、ヘンリー?お前は師匠をこんな目に遭わせた奴等がのうのうと生きているのに何とも思わないのか?」

「そ、それは……!!」

「……私も行くぞ」

「俺もだ」



まだ納得しかねているヘンリーを置いてシュリとツルギも同行を申し出ると、二人は黙って手を差し出す。そんな二人に対してドリスは頷くと、薬を差し出す。残された薬の数は1本となり、最後に全員がヘンリーに視線を向けた。


ブラン達の中でも最も魔法の才能に恵まれながら、その臆病な性格のせいでサブが最も手を焼き、同時に可愛がられてもいたヘンリーは苦し気な表情を浮かべる。正直に言えば彼もこのまま自分がここに残るのは正しい事だとは思っていない。しかし、サブの遺体を放置する事に拒否感を覚える。



「ヘンリー……お前はどうするんだ?」

「待ってください、こんなの……こんなのおかしいです。どうして皆、そんな簡単に決められるんですか」

「簡単じゃない、私達だってちゃんと考えて決めた行動だ」

「後はお前だけだ、どうするヘンリー?」

「僕は、僕は……」

「……もう止めましょう、これ以上に追い詰めるのは酷だわ。ヘンリーも無理して付いてくる必要はないのよ」



ヘンリーの苦しむ姿を見てヒリンが口を挟み、彼はヘンリーを庇うように前に出ると黙って首を振った。正直に言えば戦力的には広域魔法が扱えるヘンリーが最も火竜との戦闘で役立つように思われるのだが、師匠を残しておくことに納得が出来ないヘンリーを見て無理に連れていく事は出来ないとヒリンは皆を説得した。



「……そうだな、誰か一人ぐらいは傍にいないと師匠も安心できないかもしれないしな。ヘンリー、師匠の事は任せたぞ」

「お前は臆病者だが……私達の中で一番の師匠想いだ」

「お前は間違ってなんかいない、気に病むな」

「じゃあ、私達は行くわね」

「あっ……!!」



4人はヘンリーを残してコネコ達と共に飛行船の甲板へと向かい、その様子を見てヘンリーは4人の後ろ姿に手を伸ばす。しかし、どうしても自分が付いていくという言葉が口に出来ず、黙って見送る事しか出来なかった。


このまま4人だけを行かせれば自分は後悔する事になる。それは理解しているのにヘンリーは身体が言う事を聞かず、諦めかけた時にコネコが振り返り、ドリスに促す。



「姉ちゃん、その薬くれよ」

「え?コネコさん、これは魔術師が魔力を回復させるための……」

「いいから貰うぞ、ほらっ!!」

「あっ!?」



コネコはドリスから最後の1本の回復薬を取り上げると、ヘンリーに向けて投げつける。彼は慌ててそれを受け止めると、驚いた表情を浮かべてコネコへと振り返り、そんなヘンリーにコネコは告げた。



「あたし達は先に行っているからな!!もしも気が変わったら、それを飲んで付いてこいよ!!でも、気が変わらなかったら後でそれを返せよ!!」

「あっ……はい」

「よし、じゃあ行こうぜ!!」



ヘンリーはコネコの言葉に咄嗟に返事をしてしまい、その返答に納得したのかコネコは頷く。そんな彼女の行動に全員が意外な表情を浮かべるが、当のコネコは真っ先に飛行船の甲板へ向かう。


残されたヘンリーは自分の手元に存在する回復薬に視線を向け、目を閉じる。心の中で追いかけるべきか、それともここに残るべきか考え込み、葛藤の末に彼は目を見開く。



「僕はっ……!!」



サブの遺体にヘンリーは振り返り、その場で一礼した後、彼は薬瓶の蓋を開いて一気に飲み込む。もしもこの回復薬を受け取っていなければヘンリーはここに残っていただろうが、コネコの行動によって彼は覚悟を決め、魔力を回復させると彼等の後を追いかけた。



「待ってください!!僕も、僕も行きます!!一緒に戦わせてくださいっ――!!」



こうしてサブの弟子も含め、遂に飛行船に全員が乗り込み、火竜との決戦の覚悟と準備が整った。

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