第651話 そして彼は闇に堕ちた
――結局、アンリーの次の国王は彼の息子と決まった。当然といえば当然の話でもあり、正直に言って王家を追放されているヒトラが王位に継ぐ事など有り得ない話である。だが、唯一自分が敬意を抱いていた弟ならばともかく、彼の息子のために国に尽くす事など出来なかった。
アンリーの息子が聖人君主ならばヒトラも何も思う所はなかったかもしれないが、生憎と息子の方は父親と比べて未熟で王位に相応しい人物とは言えなかった。それでも有能な家臣に支えられ、一応は国の君主として保っていた。しかし、優秀だった弟と比べて見劣りする新たな国王に対してヒトラは嫉妬を抱く。
今までヒトラが国に尽くしてきたのは兄弟であるアンリーを見捨てられず、自分よりも彼こそが優れているからだと信じていたからである。しかし、アンリーが亡くなり、彼ほどの人望も才能もない人間が王となった以上、もうヒトラは国を支える気力を失う。
どうして自分だけが表社会に出られず、裏から国を支え続けなければならないのか、何故自分よりも遥かに未熟で王家の血筋という理由だけで国を継いだ人間なんかに従わなければならないのか、そんな考えに陥ったヒトラは徐々に性格が歪み始めた。
『この国を治められるのは……いや、治める事が出来るのは私だけだ』
既に齢は80才を超え、もう寿命も間近という年齢に達しながらもヒトラはヒトノ国の王になる事を決意する。しかし、彼が国王の座に就くには多くの問題を抱えていた。
――最初にヒトラが行ったのは自分の死の偽装であり、表向きは自分は死んだ事にして彼は内密で動き始める。まずは命が尽き果てようとする自分自身をどうにかするため、彼は死霊魔術師の能力を利用して自分自身の命さえも操作して寿命を延ばす。
命を扱う死霊魔術師だからこその芸当で彼は肉体に魂を漂着させる術を身に付け、肉体の老いはどうする事も出来ないが死ぬことは無くなった。但し、それは逆に言えば魂を肉体に拘束する事に等しく、彼はある意味では「不死」の存在と化す。
その後、自分が表向きに死亡した事を隠すため、彼は作り上げた組織の中から自分も含めた6人の人間を選抜し、一人に組織の権力を集中する事を避けた。これが後に「七影」と呼ばれるようになり、ヒトラは七影の「長」の座に就く。
ヒトラの正体を知る人間も限られ、彼が絶対に裏切らないと判断した人材のみに正体を晒し、やがて裏社会を牛耳るために動きだす。今までは国を影から支える存在だった組織が逆に国を脅かす存在へと変わり果てる。
そしてヒトラの組織は何時頃からか「盗賊ギルド」と蔑まれるようになり、アンリーが国王の座に就いてから100年以上の月日が経過し、遂にヒトラは自分自身が王となるために動きだした――
自分の人生を振り返ったヒトラは暗闇に覆われた空間の中で目を覚まし、自分の配下で最も信用に値する「ジャック」を死霊人形に変化させ、彼を通してマドウ達の居場所を掴む。
(マドウよ、お主は私が王に至るまでの最大の障害……今日、ここで死んでもらうぞ)
死霊人形として使役したジャックを通してヒトラはマドウへと語り掛け、今日この日を以て自分が王になる事を宣言する――
『――マドウ、もう諦めるのだ。お前がどれだけあがこうとこの国は我が手中に収まる。これ以上、無駄な抵抗を辞めろ』
「ふざけるな!!貴様などにこの国を渡さん!!例え、我々が死のうとお前に従うものなどいない!!」
場所は変わって中央街ではジャックと向かい合ったカインは怒鳴りつけ、マドウもイルミナも彼と同じ気持ちなのか身構える。そんな彼等に対してジャックを操ったヒトラは淡々と告げた。
『まだ状況を理解できぬのか。お主等がどれだけ歯向かおうとこの状況は覆せん。いずれ火竜が訪れる、そしてこの王都は崩壊し、新たな王が誕生する』
「ヒトラ様……いや、ヒトラよ。それが貴様だというつもりか?そんな事をしても我が国の誰もお前の事など認めないぞ!!」
ヒトラがいくら王族であろうと、盗賊ギルドの悪行は知れ渡っている。仮にヒトラが王族を名乗り出たとしても盗賊ギルドの長である限り、彼の事を国王と認めるはずがない。第一に王家を追放されている彼に王位継承権など存在しない。
しかし、その事はヒトラも理解した上での発言らしく、彼自身もここまでの騒動を引き起こして自分自身が国王の座に就けるとは考えていない。だが、ヒトラは国王の座に就く方法がまだ残っている事を告げる。
『確かに私自身は国王になる事はあり得ないだろう。だが、この国にはもう一人だけ王の座に就く事が許された者がいる。その子供を利用すれば私でも王になる事は出来るといったらどうだ?』
「何っ!?」
「まさか、アルト王子を人質にするつもりですか!?」
「愚かな事を……イルミナ、すぐにお主はアルト王子の元へ急げっ!!」
マドウ達はヒトラの発言を聞いて王位継承権を持つアルトを狙うつもりかと思い、すぐにマドウはイルミナを彼の元へ派遣させようとした。
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