第646話 小さな英雄
「おっと、こうしている場合ではなかったな。カイン大将軍、それにイルミナ殿、これから儂は王城へと戻る。二人にも付いて来て欲しいのだが……」
「分かりました」
「了解した。だが、一つだけ確認させてくれ……この死骸が再び蘇る事はないのか?」
カインは倒れた黒兜の死骸に視線を向け、再び先ほどのように蘇る事がないのかを心配した。しかし、マドウの考えではそれはあり得ないという。
「大丈夫じゃ、この死骸が蘇る事はあり得ん。完全に闇属性の魔力は浄化された……それにあれだけの規模の魔力を宿した以上、この死骸を死霊術で蘇らせた者も無事ではあるまい」
「どういう意味だ?」
「死霊魔術師は死霊術と呼ばれる魔法を使い、使者をアンデッドや死霊人形へと変貌する力を持つ。だが、無制限に死骸を操り、蘇らせる事は出来ん。特に死霊人形の場合はアンデッドとは異なり、特別な魔石を使用しなければならん」
「という事はこいつは蘇る事はないのか」
「間違いない。だが、気になるのはこの死骸をケルベロスへと変貌した存在が未だに見つかっておらん事だが……」
マドウは死骸に黒兜の死骸を向け、彼は既に死霊魔術師の正体を見抜いていた。しかし、マドウが思い描いている人物が仮に黒幕だったとした場合、いったい何を考えているのか理解できなかった。
今回の騒動が盗賊ギルドの仕業である事、王都を混乱に陥らせて火竜をこの地にまで誘導しているというだけでもマドウには理解しがたい話だった。王都を殲滅する事に成功したとしても、その後に盗賊ギルドがこの国を支配できるはずがない。その事は盗賊ギルド側の人間も理解しているのに何を血迷ったのかとマドウは悩む。
(七影の長……奴が今回の黒幕である事は間違いあるまい。しかし、いったい何を考えている?まさか、この国を亡ぼすつもりか?いや、それは考えられん。だが……)
考えてもマドウは盗賊ギルドの思惑が掴めず、ここで悩んでいる暇があれば王城へ引きかえし、ひとまずは体勢を整えようかと考えた時、ここでミナが焦った声を上げる。
「あ、あれ!?レナ君、大丈夫!?」
「どうしたのですか!?」
「そ、それが……レナ君が急に眠っちゃって」
ミナの言葉に全員が視線を向けると、そこにはミナの背中に抱き着いた状態で目を閉じたレナの姿があった。どうやら先ほどの戦闘で魔力を使い果たし、一気に疲労が押し寄せて気絶してしまったらしい。
念のために状態を確認したイルミナは本当に気絶しているだけだと判断すると、マドウは安心した表情を浮かべる。改めてマドウはレナに視線を向け、まだ年齢的には彼が子供と呼んでも過言ではない事を思い出す。
(随分と成長したと思っていたが、この子はまだ15才にも達しておらんかったな。仕方がなかったとはいえ、こんな子供に苦労を掛けるとは……情けない。何が大魔導士だ……この子の方が立派な魔術師ではないか)
マドウはレナの頭に手を伸ばし、小さな英雄に触れようとしたが、途中で思い直したように腕を引く。ここから先は自分が彼を守る番だと考えたマドウは指示を出す。
「ミナよ、他の友達も連れてお主等は飛行船の方へ避難するのだ。この状況ではそこが一番安全であろう」
「は、はい!!分かりました!!」
「あ、それでしたらクランハウスの方が近いのでそこで治療を受けた方がいいでしょう。カツもいるので何かあったら彼に相談してください」
「ミナ……色々と話したい事はあるが、それは後だ。今はその子を守れ」
「えっ……う、うん!!」
カインの言葉にミナは頷き、彼女は地上に残してきたルイ達と合流するためにヒリューと共にレナを運ぶ。その様子を見送った後、カインは地上へ降りてマドウを降ろすと、二人お互いの役目を果たすために行動を開始しようとした。
「では大魔導士、また後で会おう」
「うむ、お主も気を付けてくれ」
「では私達も向かい……きゃっ!?」
「ヒヒンッ!?」
「シャアアッ!?」
カインと別れようとした瞬間、唐突に天馬と飛竜が騒ぎ出す。危うくカインとイルミナは落ちそうになったが、慌てて2頭を宥めると、マドウの方は地面に視線を向けて禍々しい魔力を感じ取る。
咄嗟にマドウは杖を振りかざすと、魔法を発動させようとした。しかし、彼が動く前に建物の屋根の上から飛び降りる人影が存在し、マドウに向けてカトラスを放つ。
「シネェッ!!」
「ぬおっ!?」
「なっ!?」
「マドウ大魔導士!?」
マドウが握りしめていた杖がカトラスの刃によって切り裂かれ、幸いというべきか肉体に傷を負う事はなかったが、マドウの伸ばしていた髭の一部が斬られてしまう。奇襲を仕掛けてきた何者かは即座にその場を離れ、距離を取る。
襲撃者に対して天馬と飛竜に乗り込んでいたイルミナとカインの反応は遅れてしまい、二人は仕方なく騎獣から降りて武器を構えた。そしてマドウを襲った相手の異様な姿を見て戸惑う。そこにはカトラスを構えた顔色が悪い男が立っており、明らかに普通の状態ではない姿をした「ジャック」が立っていた。
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