第645話 束の間の勝利

「た、倒した……倒したぞぉおおおっ!!」

「うおおおおっ!!」

「我々の勝利だぁっ!!」



倒れた黒兜の死骸を確認して竜騎士達は歓声を上げ、カインとイルミナでさえも笑みを浮かべた。一方でレナの方は魔力感知を発動させ、完全に黒兜から放たれていた魔力が消え去った事を確認して安心する。


魔鉄槍と闘拳、そしてオリハルコンの弾丸に関しては付与魔法の効果が切れていないうちに回収を行う。手元に戻ってきたオリハルコンの弾丸を確認すると、レナはムクチ達に心の中で感謝しながら握りしめた。



「ミナ」

「あっ……お、お父さん」

「人前では父上と呼べと言っただろう」



ヒリューに乗り込んだミナの元にカインが近づき、彼女は自分の父親の顔を見て緊張する。彼女はカインから勘当を言い渡されているため、どのような顔をすればいいのか分からずに戸惑うと、カインはため息を吐きながら呟く。



「……良くやった」

「えっ!?」

「理由はどうあれ、お前がここまでレナを連れてきたのは事実……竜騎士ではないお前がそこまで巧みに飛竜を扱いこなせるようになっていたとはな。流石は……俺の娘だ」

「あっ……」



カインの言葉にミナは呆気に取られるが、そんな彼女にカインは一瞬だけ笑みを浮かべ、やがて勝利に喜ぶ配下たちに注意する。



「油断するな!!まだ敵が残っていないとは限らない、引き続き魔物の討伐に専念しろ!!」

『はっ!!』



勝利に浮きだっていた竜騎士達だったが、カインの言葉を聞いて表情を引き締め、即座に散開して城下町に残っている昆虫種の殲滅に向かう。一方でイルミナの方も周囲の様子を伺い、マドウも意味深な表情を浮かべていた。


ケルベロスを倒した事は喜ばしい事なのは間違いないが、城下町には大きな被害が生まれた。それだけではなく、度重なる襲撃で将軍も兵士も魔導士も疲労が蓄積されている。しかし、最大の問題はまだ残っている。



「カイン大将軍、マドウ大魔導士……これからどのようにしますか?」

「うむ、ひとまずは王城へ引き返すしかあるまい……火竜が到着する前に出来る限りの手は打たねばならん」

「…………」




――サブの弟子であるシデの情報はマドウ達にも伝わっており、既に火竜がこの王都へ向けて接近しているという情報は一部の人間のみに知らされていた。火竜が近づいているなど民衆に知られれば大騒ぎになりかねず、迂闊に知らせる事も出来ない。




仮に火竜が王都へ現れた場合は大きな被害が生み出される事は予想され、その場合は多くの人民が危険に晒される。火竜が到着するまでの間、一人でも多くの民を救うために行動しなけばならない。


最大の問題は火竜が到達した場合、戦闘は避けられない点だった。火竜が現れた場合、現在の王都の勢力で撃退や討伐が出来るのかも怪しく、頼りになるのはマドウの「最上級魔法」だけである。だが、その肝心の最上級魔法に関してもマドウが万全な体調の時ならばともかく、現在の状態では使用できるのかも怪しかった。



「大魔導士、魔力の方は……」

「何、安心せい……あと一度ぐらいならば最上級魔法は扱えるじゃろう。最も、儂の命を引きかえになるかもしれんが」

「そんなっ!?」

「……どうにもならないのか」



マドウの言葉にイルミナは血相を変え、カインも重苦しい表情を浮かべるが、マドウの方は胸元に手を伸ばして首を振る。



「儂はもう十分生きた……大魔導士という位に就けただけでも満足じゃ。心残りがあるとすれば魔法学園の子供たちが大人になるまで見届けたかったが、致し方あるまい」

「マドウさん……」

「おお、レナか。お主には本当に色々と苦労を掛けたのう……お主は本当に立派な魔術師に育った。もう、誰もお主が付与魔術師だからという理由で見下す事はないじゃろう」



レナに顔を向けたマドウは優し気な表情を浮かべ、自分の教え子の成長ぶりに心の底から喜ぶ。まさか自分でもどうする事も出来なかったケルベロスをレナが倒したという事実に彼は素直に喜び、ここにはいない他の教え子の顔を思い出す。


マドウが魔法学園を作り出したのは有能な人材を集め、育成する事が目的だった。学園で育った生徒たちがいずれ自分の亡きあとに国を支える立派な人材になる事を信じて彼は学園を創設した。その事に後悔はないが、一つだけ心残りがあるとすれば自分は大魔導士の仕事で忙しく、碌に教え子たちと接する事も出来なかった事が気がかりだった。



(出来る事ならばもう少しだけ長生きして子供たちの成長を見たかったが……それは我儘か)



もうマドウは火竜が訪れれば自分が死ぬことは免れない事を悟っていた。予想ではなく、確信に近い感情を抱いたマドウはならば今回の事態を引き起こした黒幕だけは見つけ出さねばならない事を決意する。

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