第583話 フライングシャーク号

「うむ、ゴロウ将軍も気づかれたか。では、ここへ来てくれレナよ!!」

「あ、はい」



マドウが大声で呼びかけると、兵士達と共に空中戦艦を眺めていたレナが普通に彼の元に歩いてくる。派手に呼び出した割にはごく普通の登場の仕方をしたレナに対してワドルフは呆気に取られるが、マドウに慌てて振り返る。



「お、おい……何だこの小娘は?お前さんの孫か?」

「いえ、小娘じゃありません。男です」

「この子は儂の教え子でな、こう見えても優秀な付与魔術師なのだ」



ワドルフに対してマドウは自慢げな表情を浮かべてレナの肩を掴み、そんな彼の態度にワドルフは愕然とする。何しろ空中戦艦を浮かばせる力を持つ魔術師と聞いていたので彼はどんな人物が現れるのかと思ったら、まさか一見するだけでは少女のように見えなくもない綺麗な顔立ちをした少年が現れるとは思いもしなかった。


最初は冗談でも言っているのかと思ったが、マドウがこのような状況で嘘を言うような男ではない事は良く知っていた。しかし、仮にも自分の船を空へと飛び立たせる力を持つ魔術師がこんな成人年齢にも達していないと思われる少年に出来るのかとワドルフは不安を抱く。



「マドウよ、本気でお前はそんな子供にこの儂のフライングシャーク号を飛ばす事が出来るのか!?」

「そ、そんな名前だったのかこの船は……まあ、お主の不安は良く分かる。だが、この子こそがお前の夢を叶えることが出来るたった一人の魔術師なのだ」

「信じられねえな……だが、お前がそこまで言うなら何も言わないけどよ」

「大魔導士!!まさか、この船をレナ君の付与魔法で浮かばせるつもりですか!?」

「そんな事が可能なのか……?」



マドウの意図を察したジオが驚いた声を上げ、カインでさえもレナがこの巨大な船を浮かばせることが出来るのかと疑う。二人ともレナの付与魔法の力は知っているはずだが、それでも全長が100メートルを超える巨大な船を動かせるとは思えなかった。


しかし、騎士科の担当教師としてずっとレナの指導をしてきたゴロウはマドウの言葉を疑わず、常にレナの訓練を見てきた彼だからこそレナの力を信じていた。ゴロウはレナの肩に手を置いて頷く。



「お前なら出来る……頑張れ」

「はい、頑張ります!!」



尊敬するゴロウの言葉にレナは力強く頷き、空中戦艦改めフライングシャーク号に視線を向ける。よくよく観察すると船首の方にはサメの形をした石像が取り付けられている事に気づき、どうやらそれが名前の由来らしい。



「おい、坊主……お前さんがどんな魔法を使うのかは知らないが、本当に大丈夫だろうな?言っておくが、こいつは世界でただ一つしかないんだ。もしも失敗して壊したらお前、どうするつもりだ?」

「そう脅かすでないワドルフよ。この子なら大丈夫……信じろ」

「信じろと言われてもな……」



ワドルフとしては自分の人生の夢を託す相手がまさかマドウではなく、レナである事に不安を抱くのは仕方がない。だが、レナの方はフライングシャーク号に視線を向け、冷や汗を流しながらも自分の力を信じて準備を行う。



「マドウ大魔導士、魔石の方は……」

「うむ、王都中からかき集めてきたぞ。少々金はかかったが……出来る限り良質な魔石を厳選してきたぞ」

「魔石?何の話だ?」

「ワドルフよ、かつてこの船には風属性の魔石を大量に取りつけた事があったな?」

「あ、ああ……魔石の力で浮かばせようと思ったからな。それがどうした?」



マドウの言葉にワドルフは頷き、このフライングシャーク号はかつて風属性の魔石を大量に設置し、風の力で船を飛ばそうとしたことがある。結果的にはそれは失敗に終わったのだが、その魔石を取りつける発想自体は悪くはなかった。


今現在のフライングシャーク号は風属性の魔石が取り外されているが、魔石を装着させる金具は取り残されており、それらを利用してレナは船を浮かせる事を告げる。



「今から船全体に地属性の魔石を取りつけて、俺の付与魔法で浮かばせます」

「は!?地属性!?何を言ってるんだ、あんな土砂を操作する事しか出来ない魔法で俺の船を浮かばせられるわけがないだろう!?」

「いいから黙ってこの子の言う事を聞いてくれ。よし、例の魔石を持ってこい!!」

『は、はい!!』



魔術兵がマドウの言葉に従って大きな袋を運び込み、ワドルフの前に置く。彼は戸惑いながらも袋の中身を確認すると、そこには王都で販売されていた地属性の魔石が入っていた。


数は全部で30個程度しかないが、どれもがマドウが直々に確認して選んだ良質な魔石ばかりであり、この魔石をフライングシャーク号に取り付けてレナの付与魔法で船を浮上させるのがマドウの計画だった。



「ワドルフよ、お主の夢を叶える時が来たぞ」

「……本気で言ってるのか?」

「儂はお主と違って無謀な真似はせん」

「ちっ、言ってくれるわ……おい、お前ら!!これ全部取りつけろ!!」

「へ、へい!!」

「分かりました親分!!」



ワドルフはマドウの言葉を信じて地属性の魔石をフライングシャーク号に取り付け、約10分後には全ての魔石を設置させる作業が終わった。

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