第547話 女帝の縄張り

「ああ、気に入らないわ……気に入らない、私の思い通りにならない男がいるなんて許せない!!」

「な、何だこのおばさん……怖いぞ」

「お、おばさん!?誰がおばさんよ!!私はまだぴちぴちの300歳よ!?」

「ババアじゃねえか!?」

「コネコちゃん、刺激しちゃだめだよ!?」



コネコの発言にヴァンパイアは一瞬だけ取り乱すが、すぐに心を落ち着かせるように一息吐くと、彼女は改めてレナ達を見下ろす。その表情は先ほどまでの動揺が微塵も感じられず、気迫すら感じられた。



「まあいいわ、そんな事はどうでもいいの。ええ、本当にどうでもいいわ。年齢なんて……」

「おい、まだ引きずってるぞ……」

「謝りなよコネコ」

「ええっ……わ、悪かったよ。今度からは蝙蝠の姉ちゃんと呼ぶよ」

「姉ちゃん、悪くない響きね。……こほん、それはどうでもいい事よ」



改めて咳ばらいを行うと女性はレナ達と倒れている男たちを見下ろし、ここで首を傾げながら訪ねる。彼女の目的はこの男達が目当てだったのだが、どうしてこんな場所に子供のレナ達がいる事に不思議に思う。



「私達の縄張りを荒らす人間が現れたと聞いていたのだけれど、どうやらそこの男たちと貴方達は仲間じゃなさそうね。いったい何者かしら?」

「あたし達は……ただの通りすがりだよ」

「そ、そうそう……偶然、ここを通り過ぎただけだよ?」

「うん、全然怪しい者じゃないので失礼します」

「待ちなさい」



ヴァンパイアの言葉にレナ達は先ほど出くわした老人が話していた「女帝」と呼ばれる組織の事を思い出す。どうやら目の前に存在するヴァンパイアは女帝の一員らしく、彼女は自分達が縄張りにしている奴隷街の近くで騒ぎを起こした人攫いの集団が目当てで姿を現したらしい。


相手が女帝の一員と知ったレナ達は老人の助言を思い出し、彼女に関わらないように足早に立ち去ろうとしたが、そんなレナ達の前に女性は降り立って道を塞ぐ。相手が空を飛べる以上は逃げるのも難しく、レナは鼻を摘まんで警戒すると、女性は掌を振って今のところは攻撃の意思がない事を告げる。



「安心しなさい、今は魅了の能力を解除しているわ。話を聞くまでは貴方を操るような真似はしない」

「……話と言われても、俺達は本当にただの通りすがりなんですよ」

「そ、そうだぞ!!嘘は言ってないからな?なあ、姉ちゃん!?」

「う、うん。嘘は言ってないよ……嘘はね」

「いや、そこまで連呼されると逆に怪しく思うんだけど……」

「こら、二人とも!!話をややこしくしないで!!」



嘘が下手なミナとコネコの口元をレナは抑え込むと、女性は呆れた表情を浮かべながらもレナ達を見渡す。恰好はみすぼらしいが、全員の顔色の良さや体型を見ただけでこの裏街区の住民ではないことを見抜く。



「貴方達、外の人間ね?変装をしているようだけど、そんな健康的な肉体をしていたら簡単に正体がばれるわよ?」

「け、健康的な肉体?」

「この街の住民の殆どは碌に食べ物も得られず、やせ細っている奴等ばかりよ。それに貴方達の身体、綺麗すぎるのよ。この街の人間は滅多に風呂に入れないんだから身体が臭うはずなのに貴方達は殆ど臭くないわ」

「そういえばあの爺ちゃんも結構臭いがきつかったな……」



ヴァンパイアの指摘にレナ達は自分達がこの裏街区に住む人間と遭遇する度に正体を見破られた理由を悟り、盲点を把握する。だが、正体を見破られた以上は隠し通す事は出来ず、レナ達は身構えるとヴァンパイアの方は面倒そうな表情を浮かべて腕を組む。


女帝に属するヴァンパイアが与えられた指令は奴隷街の付近で勝手に騒ぎを起こす小悪党の始末を命じられただけであるため、外部から訪れたレナ達に関しては指令の対象ではない。しかし、どんな理由があるにしろ奴隷街の縄張りにレナ達も足を踏み入れた事は間違いなく、こういう事態ケースの場合は自己判断で侵入者の対処を行うように命じられていた。



(この子たち、まだ若いのに生命力に満ち溢れているわね。もっと成長すればいい餌になりそう。だけど、ここで見逃せば次はまたいつ会えるか分からない……困ったわね)



ヴァンパイアの視点から見てもレナ達は普通の人間ではなく、全員が称号を所持している事は既に見抜いていた。特に自分の魅了の力を抗ったレナに対してヴァンパイアは警戒心を抱く一方で興味も引かれる。



(この子供は恐らく魔術師だろうけど、信じられないぐらいに練り上げられた魔力を持っているわ。ああ、今すぐにこの血液が欲しい……でも、下手に手を出したら私の方が危ないかもしれないわ)



理由は不明だがレナには自分の魅了が通じないと知ったヴァンパイアはどのように彼を取り扱うのか困り、下手に仕掛ければ自分が返り討ちに遭いそうな予感がしていた。その予感は決して間違いではなく、もしもレナはヴァンパイアが襲ってきたときは刺し違えてでも倒す覚悟はできていた。

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