第400話 希望を捨てるな

「あ、あんたら……!?くそ、退けっ!!」

「グギィッ!?」

「ギィアッ!?」



バルは起き上がると、背中から剣を突き刺された2体のホブゴブリンを殴り飛ばして兵士の元に駆けつける。だが、既に二人とも動く様子がなく、その身体からは大量の血液が零れ落ちていた。


どうやら死ぬ前に最後の力を振り絞ってバルを助けたらしく、彼等に対してバルは歯を食いしばりながらも立ち上がり、ホブゴブリンに切りかかる。救われた命を無駄にしないため、精神力だけで身体を動かす。



「この、くそ野郎共がぁあああっ!!」

『ギィイイッ!?』



全身に返り血を浴び、自分自身も身体中に傷を負いながらもバルは折れた大剣を振り回してゴブリンを蹴散らす。その光景は正に「鬼」であり、城壁を登って来たゴブリン達を恐怖に陥れる。



「うっ……」

「ここまで、かっ……」

「すまないっ……」



しかし、いくらバルが奮起しても他の者達は限界を迎え、体力を尽きて兵士達は次々と倒れていく。夜明けまであと少しというのに攻撃が止む様子を見せず、どんどんと兵士も冒険者も力尽きてしまう。


それでもバルだけは諦めず、声を張り上げて残された者達に号令を行う。希望を捨てては「勝利」には繋がらず、彼女は敗北に喫しようとする者たちを奮い立たせた。



「諦めるな!!必ず援軍は来る!!それまで、耐えるんだ!!」

「くっ……うおおおおっ!!」

「やってやらぁっ!!」

「ちくしょうがぁっ!!」



バルの根拠のない言葉に対して冒険者達は奮い立ち、迎撃を続行した。その様子を見てバルは笑みを浮かべ、彼女は城壁の下に視線を向ける。



(このまま戦っても、どうせこっちがやられるんだ……なら、敵の総大将を討つ!!)



せめてもの悪あがきとしてバルは城壁の上から周囲の様子を観察すると、軍勢の最後尾の方にてホブゴブリンが作り出したのか、随分と歪な形をした車椅子に乗るゴブリンを発見した。恐らくはホブゴブリンだと思われるが、他の個体と比べて随分と年老いており、それでいながら貫禄はあった。


今まで見た事はないホブゴブリンを発見したバルは目を見開き、今回の軍勢の規模と夜襲を仕掛けてきた事から遂に安全な場所に隠れていた総大将も出てきたのかと判断する。彼女は笑みを浮かべ、あの総大将を討ち取れば戦況はこちらの有利になると確信した。



(体力が万全ならこの程度の高さなんて簡単に飛び降りられるんだけどね……仕方ない、やるしかないね!!)



バルはホブゴブリンが城壁に掛けた梯子に視線を向け、上り詰めるホブゴブリンを蹴散らして地上へと降りるために乗り出す。唐突なバルの行動に冒険者達は驚くが、彼女は声を張り上げて梯子を登ろうとしたホブゴブリンに飛びつく。



「おらぁあああっ!!」

『グギィイイッ!?』



梯子に登ろうとした数体のホブゴブリンをクッション代わりにしてバルは地上へと落下すると、自分だけは梯子の外枠を掴んだ状態で降りる事で勢いを殺す。どうにか地面に降り立つと、彼女の行動に周囲のホブゴブリンやゴブリンは呆気に取られる。


地上へと降り立ったバルは車椅子に座り込むホブゴブリンに視線を向け、折れた大剣を掴む。ここまでの道中で刀身の4分の1程度しか残っていないが、それでも長年の間、自分を支えてくれた武器を信じて車椅子のホブゴブリンに向けて全力で放り込む。



「くたばれぇえええっ!!」

「グギィッ――!?」



バルが渾身の力を込めて投擲した大剣は空中で回転しながらホブゴブリンの大群の上空を通過し、車椅子に座り込むホブゴブリンの元に迫る。顔面に近付いてくる大剣に対して車椅子のホブゴブリンは目を見開いた瞬間、別のホブゴブリンが現れて大剣を弾き返す。



「グギャアッ!!」

「なっ!?」



額に傷を持つホブゴブリンが両手に抱えていた手斧を振り払い、バルが投げた大剣を弾き返す。その光景を見てバルは呆気に取られるが、額に傷を持つホブゴブリン「スカー」は笑みを浮かべて人語を口にした。



「ナメルナヨ、ニンゲンガッ……!!」

「このっ……」

「コロセッ!!」

『グギィイイイッ!!』



スカーが指示を出すと他のホブゴブリン達が動き出し、地上に降りたバルの元へ殺到した。その光景を目にした城壁の上の兵士と冒険者は彼女を救おうとしたが、城壁の上からでは助けに向かっても間に合わない。


先ほどの投擲で体力を完全に使い果たしたバルは迫りくるホブゴブリンの軍勢を前にして逃走も抵抗も出来ず、彼女は無意識に首を上に向けた。別にその行為に何か意味があったわけではなく、バル自身もどうして自分がこの状況で空を眺めたのか分からなかった。




――しかし、バルが上空を見上げた瞬間、彼女は確かに目にした。地上へ向けて接近する複数の飛行物体が存在し、その先頭を移動する板状の金属に乗り込んだ少年の姿を、そしてホブゴブリンの軍勢がバルの元まであと1メートルという距離まで近付いた瞬間、金属板から降りた少年が闘拳を振り翳して地上へと降り立つ。




四重強化クワトロ……衝撃解放インパクト!!」

『グギャアアアアアッ!?』



強烈な衝撃波が地上に放たれ、バルに近付こうとしたホブゴブリンの大群を吹き飛ばす。その威力は魔術師の上級魔法に匹敵し、数十体のホブゴブリンを一度に蹴散らした。

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