第302話 黒硬拳
「そいつを使いこなせるかどうかはお前さん次第だ。近いうちに新しい籠手とブーツも用意してやる」
「あ、ありがとうございます……けど、これ本当に重いですね」
「お前の場合は重量なんて関係ないだろ。そのために魔石も装着してやったんだ、文句を言うな」
世界一の硬度を誇る一方、重量の方も普通の金属の比ではなく、身体を鍛えているレナでも闘拳は持ち上げるだけで限界だった。しかし、ムクチの言う通りに付与魔法を施せば持ち上げる事は容易く、しかも魔石を搭載しているお陰で魔法の効果が途中で切れることはない。
ミスリル製の闘拳よりも硬度と耐久力は上昇し、更に魔法耐性も上がったので今後はレナの付与魔法で闘拳が壊れるという事態は訪れないだろう。
しかし、問題があるとすれば常に付与魔法を維持しなければ持ち上げられない状態になるため、常日頃から装備する場合は魔石の魔力が消費してしまう。
(せめて日常生活を過ごせるぐらいは筋力を鍛えないとだめか……けど、闘拳だけでこれだけの重さだとブーツとか籠手も身に着けたらとんでもない重さになりそうだな)
漆黒の闘拳を見つめてレナは冷や汗を流し、一方で心の何処かで喜んでいる自分が居る事に気付く。これで闘拳に気を使わずに付与魔法を施して全力で戦えるという事実に嬉しく思い、レナはムクチに礼を告げる。
「ありがとうございますムクチさん!!これでまた、強くなれそうです!!」
「完成までには時間が掛かる。出来上がったら教えてやるから、もう出ていけ。俺も一休みしたら作業に戻る」
「はい!!」
ぶっきらぼうにムクチは言い返すと、用事が済んだのなら出ていくように促し、レナは頭を下げて退出しようとした。しかし、扉を出ていく直前でムクチが声を掛けた。
「あ、待て……その闘拳の名前は黒硬拳だ」
「えっ?」
「いや、その……何だ。俺としても伝説の金属で作り上げた代物だ。名前がないのは少し味気ないだろ」
「あ、はい……そうですよね」
ムクチの言葉にレナは頷くと、彼は苦笑いを浮かべながら座り込む。流石に疲れたらしく、机の上に顔を預けるとそのまま寝息を立てて眠ってしまう。その様子を見てレナは最後にもう一度だけ頭を下げると、黒硬拳を手にして階段を上がる――
――それからしばらく経過した後、レナ達は競売の開催場所に向けて移動を行う。当初の予定ではゴマン伯爵の屋敷で行われる予定だったが、競売の規模が大きくなり、参加者も増えたので会場はカーネの屋敷に変更された。
しかし、先日にカーネの屋敷で騒ぎが起きた事は既に王都内で知られており、警備の面で不安を覚えた参加者も多数続出した。そのために今回の競売には貴族からの要請を受け、ヒトノ国側が派遣した兵隊が警備を行う。
ちなみに兵隊を指揮するのはジオであり、彼は競売の参加者である一方の警備を任される立場となる。最もジオが参加するといっても競売には興味などなく、あくまでも警備に集中するつもりだった。
会場に入る事が許されるのは競売の参加者、その付き添いの人間と護衛だけであるため、表向きはレナ達はダリルの付き添いであると同時に護衛として参加するため装備品を持参する。会場に入るまではドレスを着用するが、競売が始まればレナ達も着替えて護衛を勤める手はずだった。
「たく、まさかこんな形でカーネの屋敷に入る事になるとはな……まあいい、あいつの悔しがる顔が見れるなら我慢するか」
「でも、カーネ会長が参加しないという噂も流れている。何でもお腹を痛めて最近はずっと引きこもっているとか」
「腹が痛い?なんか悪い物でも食ったのか?」
「あはは……まあ、気にしなくていいと思うよ」
先日、カーネはレナに殴りつけられた一件で腹の調子が悪く、人前に姿を現さなくなった。しかし、競売の開催日には流石に顔を出さなければまずく、必ず参加するだろう。
(ダリルさんがオリハルコンのイヤリングを出品する事はカーネも知っているはず……という事は侵入者の正体が俺達だともう気づいているはず)
カーネの指示によってゴエモンが奪い取ったイヤリングはレナ達が無事に取り返したが、そのイヤリングを競売に出品する事は既に新聞記者に報告している。カーネもこの情報は掴んでいるはずであり、自分が盗んだイヤリングを奪い取った侵入者の正体がダリル商会の関係者である事は見抜いているだろう。
もしも競売がカーネの雇った私兵や傭兵、あるいは冒険者だけで護衛が構成されていた場合はレナ達の身が危ない。しかし、今回の護衛はヒトノ国が派遣した兵隊である以上、カーネも迂闊な真似は出来ない。馬車の中でレナ達はカーネがどのような顔で自分達を迎え入れるのか考えるだけで気分がいい。
(この競売には七影が動くかもしれない……油断は出来ないな)
七影が参加する可能性が高い事を知っているのはレナだけであり、他の人間にはまだ知らせていない。しかし、マドウの方も万全な態勢で迎え撃つ準備を整えているはずであり、レナは彼を信じてダリル達と共に馬車に揺られながらカーネの屋敷に到着するのを待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます