第297話 妖刀

「がはぁっ!?」

「や、やりましたわ!!」

「……いや、まだ終わってない」

「……くそがっ!!」



壁に叩きつけられたゴエモンは危うく前のめりに倒れそうになったが、どうにか踏み止まるとアリアに視線を向ける。彼女も連続して戦技を発動させた影響か身体に汗を滲ませ、追撃を仕掛ける様子はない。


ゴエモンは自分の胸元に視線を向けると、服が切れて血が滲んでいる事に気付く。咄嗟に攻撃を受ける寸前に背後に飛んだのだが回避は完全には間に合わず、皮膚が斬れぇしまう。見た目ほどは傷は深くはないが、数年ぶりに自分を負傷させる相手に巡り合えたことにゴエモンの血が滾る。



「へっ、こいつは驚いたな。まさか王都にまだ俺に傷を与える相手がいるとはな……」

「ここまでです、貴方では私に勝てません」

「舐めんじゃねえぞ……俺にはこいつがある」



アリアに対してゴエモンは自分の奥の手を披露するため、彼は腰を屈めて腰の魔刀の鞘に手を伸ばす。それを見たシノはアリアに警戒するように注意した。



「アリア!!そいつに近付いたら駄目!!」

「……居合、という剣技ですか?」

「なるほど、そういえば嬢ちゃんは俺と同郷の人間だったな……だが、生憎だが俺の「居合」はその程度では破れねえぞっ!!」



事前にシノから聞いていた「居合」という剣技は一撃必殺の威力を誇る一方、相手の間合いに近付かなければ扱えず、発動するには高い集中力と時間を要すると聞いていた聞いていたアリアはゴエモンから距離を取る。


しかし、それを予測していたかのようにゴエモンは距離が存在するにも関わらずに刀を引き抜くと、鞘から紅色の刃が引き抜かれた。その光景を見てシノは目を見開き、アリアに注意を促す。



「喰らいやがれっ!!」

「なっ!?」

「駄目、避けてっ!?」



ゴエモンが刃を引き抜いた瞬間、紅色の刃が鞭のように伸びてアリアのカトラスを切断した。その光景を見てミナは驚き、ドリスは何が起きたのか理解出来なかったが、シノはいち早くゴエモンの武器の正体に気付く。



「まさか……妖刀!?」

「ご名答!!同郷の人間なら知っているだろう?」

「妖刀……!?いったいどういうことですか?」



刃の半分以上を切断されたカトラスを握り締めながらアリアはシノに振り返ると、彼女は苦々しい表情を浮かべながら説明を行う。



「日の国で生産されている刀の中には、禁じられた加工法で作り出された「妖刀」と呼ばれる代物が存在する。妖刀は全部で7本存在して、その中の一つは鞭のように相手を切り裂く妖刀があると聞いた事がある……」

「そういう事だ。こいつは俺が国を飛び出す時に持ち出した代物でな……名前は「鞭刀」こいつを完全に使いこなすのには10年かかったぞ」



鞭刀と呼ばれる妖刀を手にしたゴエモンは笑みを浮かべ、鞭のように刃を揺らしながらアリアたちに見せつける。その様子を見てアリアは合点がいったように頷く。



「なるほど……では、夫に深手を負わせたのは貴方の剣技ではなく、その武器のお陰という事ですか」

「そういう事だ。生憎と俺は居合なんて覚えちゃいねえ……お前の夫もこいつで殺そうと思ったんだがな、あの時は完全には使いこなせなくて結局は深手を負わせる程度だった」

「そういう事でしたか……では、夫が負けたのは貴方の実力ではなく、その妖刀とやらのお陰ですか。それを聞いて安心しました、夫が素人に負けるはずがない」

「おいおい、人を知ろうと扱いとは酷い女だな……それでどうする?まだやる気か?」

「くっ……刃に当たりさえしなければ!!」

「駄目、ミナ!!」



ミナは槍を構えてゴエモンに立ち向かい、刃を回避して彼に攻撃を加えようとしたが、ゴエモンは妖刀を振り翳すと刃が本物の鞭のように不規則な軌道で放たれ、彼女の手にしていたミスリル製の槍を弾く。


動体視力と反射神経には自信があるミナだが、ゴエモンの攻撃には反応が遅れてしまい、武器を失ってしまう。武器を弾かれた時に手元が痺れたミナは悔し気な表情を浮かべ、シノも短刀を構えたまま動けない。



「攻撃を避けて俺に立ち向かうつもりだったのか?馬鹿な真似は止めときな、俺の鞭刀を見切れる人間なんて……そうそういねえよ」

「ならば私の出番ですわね!!」



近付く事も出来ないのであればドリスは遠距離からの攻撃を仕掛けるため、彼女は両手を重ねると合成魔術を発動させてゴエモンに向けて攻撃を粉う。



「喰らいなさい!!火炎槍!!」

「魔術師か!!だがっ……俺が避ければどうする?」

「あっ!?」



ドリスが放出した火炎槍をゴエモンは数歩下がると楽々と回避を行い、しかもドリスの放った魔法は隠し扉に衝突してしまう。


世界樹製の人形を破壊するだけの威力を誇るドリスの火炎槍を受けた扉が爆散してしまい、お陰でゴエモンの逃げ道が誕生してしまう。ゴエモンは鞭刀をしまうと破壊された扉を潜り抜け、去り際にミナ達に話しかける。



「じゃあな、嬢ちゃんたち!!今度会う時までにもっと女らしく成長しておけよ!!」

「し、しまった!?待ちなさい!!」

「……もう見えなくなった」



慌ててシノ達もゴエモンの後を追うが、既にゴエモンは通路の暗闇に紛れて姿を消してしまい、ここまで追い詰めながらも逃走を許してしまった――

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