第273話 予告状

「どうしたおっちゃん!?何が起きた!?」

「これ……金庫が空!?まさか、泥棒ですか!?」



倒れているダリルの元に駆けつけるとレナとコネコは金庫の中身が空である事に気付き、まさか泥棒に盗まれたのかと思ったが、ダリルは慌てて首を振って自分の握り締めている羊皮紙を差しだす。



「ち、違う……この金庫には元々何も入っていなかった。金の入った金庫は地下にある、こっちの金庫は金目の物を入れるときのために用意していた物だ」

「何だよ、驚かせるなよ……」

「それじゃあ、何で悲鳴をあげたんですか?」

「……これを見ろ」



ダリルの言葉を聞いてコネコは安堵するが、レナはダリルが差しだした羊皮紙を不思議そうに受け取り、中身を確認する。その内容を他の者達も後ろから覗き込み、羊皮紙には「予告状」と記されていた。



「これは……」

「ご、ゴエモンだ……怪盗ゴエモンからの予告状が金庫の中に入っていたんだ!!」

「ゴエモンだって!?あの有名な義賊かっ!?」

「ええっ!?あの大悪党のっ!?」

「…………」



ゴエモンという言葉にコネコは目を輝かせ、一方でドリスは悲鳴にも近い声を上げ、シノもわずかに眉を動かす。


ゴエモンという名前に関してはレナでさえも聞いた事があり、この王都では大魔導士のマドウと同様に有名な存在だった。





――ゴエモンには様々な異名を持ち、人々は彼の事を「怪盗」「義賊」「大悪党」と呼ぶ。彼の存在は一般人の間でも評価が分かれており、悪人として恐れられる一方で彼を英雄のように慕う人間も多い。


今から20年前、ある貴族の屋敷に泥棒が侵入した。その侵入者は貴族の金庫から金目の物を全て持ち出すと、その金を裏町区に暮らす貧しい人間に与えて姿を消す。この侵入者こそが「ゴエモン」であり、この事件を切っ掛けにゴエモンの名前は世間に知れ渡る。


これまでにゴエモンが起こした盗難事件は100件を超え、その殆どの相手が貴族や豪族、あるいは商人から金を巻き上げては貧しい人々に分け与えていた。そんな彼の事を人々は義賊と呼ぶ一方、金を盗まれた人間は彼を恨み、悪名を広めさせる。


実際に義賊と言われていても、ゴエモンが盗みを行う相手は必ずしも悪人というわけではなく、過去には経営難を迎えていた商人の屋敷に忍び込んで金目の物を奪った事で破産にまで追い込んだ事もある。そのために商人の間ではゴエモンの存在は恐れられ、彼から予告状が送り込まれるだけで発狂した商人も居た。





そしてダリルの元に予告状が送り込まれた。正確に言えば彼がオリハルコンのイヤリングを保管するために用意した金庫の中に予告状が入っていた。


こちらの金庫は泥棒に盗まれないように3つの錠が取り付けられているにも関わらず、わざわざ金庫を開けて予告状だけを入れた後に再び錠を施して立ち去った事になる。



「も、もう終わりだ……あのゴエモンがうちみたいな小さな商会を狙うなんて、夜逃げだ!!夜逃げするしかない!!田舎に戻って隠居するんだ!!」

「ちょ、落ち着いてくださいましっ!?気持ちは分かりますが、ここで取り乱したら終わりですわよ!!」

「レナ君、それなんて書いてあるの?」

「えっと……」



取り乱すダリルをドリスが落ち着かせ、その間に他の者達は羊皮紙の内容をレナに問うと、汚い文字で記されているので文章を解読するのに時間が掛かったが、内容はオリハルコンのイヤリングを盗み出す事が記されていた。



「明日の夜、イヤリングを頂きに参上します、華麗なる大怪盗ゴエモン……か」

「ちょっと待てよ!!なんでさっき出来上がったイヤリングの事をゴエモンが知ってんだよ!?おかしいだろそれ!?」

「確かに……それにこの文面だとムクチさんがもうオリハルコンのイヤリングを作り上げた事を知っているとしか思えない。まさか、さっきまで話を聞かれていた?」



手紙の文字が汚いのは殴り書きだとした場合、ゴエモンは何処かでレナ達の会話を盗み聞きしてオリハルコンがイヤリングに加工された事を知り、ダリルが金庫へ保管しようとしたのを知って先に行動を移した事になる。


ダリルが二階に戻って自分の部屋の金庫を開く前にゴエモンは急いで予告状を書きしたため、金庫を開錠した後に手紙を保管し、姿を消したとしか考えられない。だが、冷静に考えてダリルが金庫へ戻す事を口にしてから僅か十数秒足らずでそんな事が可能なのか疑問だった。



「ええっ!?さっきの会話が盗み聞きされてたのか!?おい、コネコにシノ!!お前等は気付かなかったのか!?」

「……屋敷の中には私達以外にも人はいる。その中に紛れ込めば気配で気付く事はできない」

「くそ、流石は大怪盗だな!!あたしさえも気づかなかったなんて……」

「なんで少し嬉しそうなのコネコちゃん?」

「だって、あのゴエモンだぜ!?あの義賊が相手だと流石にあたしでも勝てねえよ」

「コネコはゴエモンの事を知ってるの?」

「知っている、というかうちの孤児院にもゴエモンが金をばらまいた事があるんだぜ?そのお陰で孤児院の皆も久しぶりにまともな食事にありつけたからな……あたしにとっては兄ちゃん以外に唯一尊敬する相手だよ」



コネコは過去に彼女が世話になった孤児院がゴエモンのお陰で救われた事があるらしく、世間一般ではどのように言われようとコネコにとってはゴエモンは「恩人」のような存在だった。

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