第257話 トロール
――デブリたちが去ってから数分後、レナは曲がってしまったスケボの修復のために付与魔法を利用して曲がった箇所に重力を押し当てる。一か所だけが重力を受けた事で曲がっていたスケボは徐々に形を戻し、一応は元の形へと戻った。
「ふうっ……これで大丈夫かな」
「凄い!!レナ君、こんな事も出来たの?」
「まあ、あくまでも形を整えただけだから本格的な修理はムクチさんに頼まないといけないけどね。もの凄い力を込めて折り曲げているようなみたいな感じ……それにしてもデブリ君たち遅いな……大丈夫かな?」
「探すのに時間が掛かっているのかもしれませんわね。まさか、道に迷って私達を見失ったとは思いませんけど……」
「ここまでの道順はそれほど複雑じゃないから大丈夫だとは思うけど……」
それなりに時間は経過したはずだが別れたデブリ達が戻ってくる様子はなく、もしかしたら別の魔物と遭遇して交戦している可能性も出てきた。
不安を抱いたレナ達はやはり後を追いかけて合流するべきかと思った時、唐突に迷宮内に振動が走り、ミナは悲鳴を上げる。
「きゃあっ!?」
「地震!?それとも、またブロックゴーレムが現れた!?」
「いえ、これは……違いますわ!!」
地響きが通路に鳴り響き、最初は地震が起きたのかと思われたが、通路内に大きな足音が鳴り響く。そしてレナ達の前方の通路から巨大な緑色の怪物が姿を現す。
「フガァッ……?」
「こ、こいつは……!?」
「トロール!?」
ゴブリンのように緑色の皮膚に覆われているが、その体格は成人男性の倍を超え、下手をしたらブロックゴーレムよりも巨体かもしれない巨大な緑色の巨人が出現した。その姿を見てレナ達は呆気に取られる。
ドリスが「トロール」と呼んだ生物はゴブリンのように緑色の皮膚をしているが、ゴブリンが恐ろしい形相をしているのに対してこちらの魔物は何処となく愛嬌のある間抜け面である。また、豚や牛のような全身が脂肪の鎧でも纏っているように異様に太っていた。
トロールは何処から持ち出してきたのか鋼鉄の大剣を片手で軽々と持ち上げ、通路に待機するレナ達に視線を向ける。そして何かを催促するように手を差し出す。
「フガ、フガッ……」
「え、何……?」
「襲ってこない?」
「そ、そういえばトロールは餌を与えれば無暗に人を襲う事は無いと聞いていますが……」
どうやら食料を欲しているらしく、トロールはレナ達に左手を伸ばす。そのトロールの行動に対してレナは昼食用に用意していた箱に入れたサンドイッチを思い出すと、恐る恐る差しだされた掌に乗せる。
トロールは差しだされたサンドイッチを受け取ると、嬉しそうに口元に運び、そのまま咀嚼する。しばらく味わった後、飲み込むと満足した様に頷き、自分の手にしていた大剣を差しだす。
「フガァッ♪」
「え……くれるの?あ、ありが……うわっ!?」
「レナ君!?」
レナは自分の身の丈は存在するのではないかという大剣を渡されて戸惑い、仕方なく受取ると予想以上の重量がある事に気付き、身体を鍛えているレナでも持ち上げるのが精いっぱいだった。
「ふぎぎぎっ……!?」
「フガ、フガッ……」
「あ、行っちゃった……本当に餌を上げたら襲ってこないんだね」
「ふうっ……き、緊張しましたわ」
トロールは大剣を渡すと満足したのか気軽に手を振りながら立ち去り、それを見たレナ達は安堵した。明かにボアや赤毛熊を上回る巨体の相手と戦わずに済んだ事に安堵する一方、レナは手渡された大剣を見て困り果てる。
恐らくはこの大迷宮に挑んだ冒険者の所有物だと思われるが、随分と年季が入っており、所々が刃毀れを起こしていた。重量も大きいのでとてもではないがレナではつかいこなせる代物ではないかと思われ、仕方なく壁に立てかけて置いておく。
「大迷宮の魔物って、外の魔物よりも希少が荒いと聞いていたけど、あんな風に接してくる魔物もいるんですね」
「いえ、トロールは温厚ではありますけど同時に気が短い性質もありますわ。今のトロールはレナさんの与えた食べ物に満足して立ち去りましたけど、もしも気に入らない食べ物を渡されればブチ切れて暴れまわっていたはずです」
「えっ!?そうなの!?」
ドリス曰く、トロールは自分が満足する餌を与えれば人に危害は加えず、黙って立ち去る。場合によってはレナのように気に入った食べ物をくれれば恩返しとばかりに自分の持つ食べ物や道具を渡す。時には一緒に付き添う場合もあるという。
しかし、トロールが気に入らない物を与えれば怒り狂い、外見に見合った怪力で暴れまわるという。トロールはボアを一撃で葬る程の力を誇り、しかも全身の脂肪が鎧となって打撃系の攻撃は一切喰らわず、刃物でも簡単には切り裂けない。
赤毛熊だろうとトロールの縄張りには滅多に近づかず、冒険者でさえもトロールの討伐を依頼されても大抵の場合は理由を付けて断ってしまう。基本的にはトロールは雑食なので何でも食べるのだが、渡される食べ物の味に何故か拘りがあるらしい。ちなみに飼育も可能で子供のトロールを人間が育て上げて労働力として働かせるという事例もある。
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