第214話 伯爵の屋敷

「――着いたぞ、ここがゴマン伯爵の屋敷だ」

「これが……屋敷?」



馬車が出発してから30分程経過すると、目的地に辿り着いたらしく、レナは富豪区の端の方に存在する屋敷の前へ案内された。屋敷と言ってもレナが想像していた建物よりもかなり小さく、敷地の方に関してもそれほど広くはない。


馬車から下りるとレナは伯爵の私兵に取り囲まれながらも屋敷の敷地の中へ入り、建物の中に入れるのはレナと隊長の男だけなのか彼は他の者達に指示を出す。



「お前たちは周囲の見張りを任せる。いいか、何者であろうと絶対に中に入れるんじゃないぞ?」

『はっ!!』

「よし、お前はついて来い。言っておくが、くれぐれも伯爵に失礼な態度を取るんじゃないぞ」

「はあ……」



レナは隊長の男が先に入ると、自分も建物の中に入る前に振り返り、周囲の様子を伺う。想像してた貴族の屋敷と比べると随分とこじんまりした風景だが、そもそも貴族の屋敷に赴いた事がないので実際はこんな感じなのかと思いながらも建物の中に入り込む。


屋敷の内部の方は豪勢な装飾品が多く存在し、玄関には何の用途で置いているのか分からない金色で覆われた壺まで設置されていた。他にも宝石がはめ込まれた女性の石像や異様なまでに大きなシャンデリアが天井に吊るされており、正にレナの想像通りの貴族の屋敷の光景が広がる。



(敷地や建物はそんなに大きくないけど、やっぱり貴族の屋敷なんだな……あれ?でも、この壺って……)



玄関に飾られている金色に輝く壺の底の部分に視線を向けると、所々に金箔が剥がれ落ちている箇所が存在し、どうやら純金製ではないらしい。


石像の方もよくよく見ると妙に胸元の部分が大きく全体のバランスが悪く、シャンデリアに至っては大きすぎて逆に場違いな雰囲気を醸し出していた。



(何だろう……こういうのが普通の貴族の屋敷なのかな?)



レナは自分が想像していた貴族の屋敷と比べてゴマン伯爵の屋敷は随分と違う事に気付き、何処となく「質素」というか、ともかく貧乏臭さが所々感じられる。


まるで外見は貴族の屋敷に見せかけているようにしか見えず、以前に仕事で立ち寄ったカーネ商会の屋敷よりも貧相に見えた。



「ゴマン伯爵!!例の少年を連れてきました!!」

「え?」



隊長の男が屋敷に入って早々に大声を上げると、普通は使用人か誰かを呼び出して伯爵に用件を伝えるのではないかと思ったレナだが、二階の階段の方から慌ただしい足音を鳴らしながら肥え太った男性が姿を現す。



「おおっ、やっと連れて来たか!!全く、時間をかけさせおって……!!」

「あの人が……ゴマン伯爵?」

「そうだ、あの御方がゴマン伯爵だ」



姿を現したのはデブリよりも巨体で肥えた男性であり、年齢は恐らくは30代半ばだと思われ、直前まで食事でも行ったのか口元の食べかすがこびり付いていた。男が歩く旅に足元の床が軋み、階段を降りる際には両手で手すりを使わなければ降りられず、30秒近くも費やして階段を降り切る。


彼の姿を見てレナは顔に見覚えがある事を知り、すぐに昨夜のアルト王子の誕生パーティーに参加していた貴族の一人だと気付く。だが、どうして彼が自分を呼び出した理由が分からず、とりあえずは挨拶を行う。



「初めまして、レナと申します」

「ふん、お前の名前などどうでもいい!!貴様、よくも昨日は私の息子に恥をかかせてくれたな!!それに甥が捕まったのもお前のせいだと聞いたぞ!!」

「息子?甥?」

「昨夜、貴様の決闘の相手を勤めたシデ様は伯爵様の息子だ!!そして魔法学園に通っていたデキ・ゴマン様は伯爵様の甥だと知らなかったのか!!」

「シデ!?それにデキ・ゴマンって……まさか、対抗戦に出場していた生徒の!?」



隊長の言葉にレナは驚き、言われてみればシデとゴマンの顔立ちが似ている事に気付く。対抗戦で戦った「ゴマン」という生徒もどうやら親類だったらしい。


昨日の決闘で自分の息子に恥をかかせたレナに対してゴマンは不満を抱いているらしく、唾を飛ばしながらレナに怒鳴りつける。



「貴様のようなガキに負けたせいで息子は今朝から部屋に閉じこもって出てこなくなったんだぞ!!いったいどう責任を取るつもりだ!?」

「いや、そう言われても……決闘を仕掛けたのは息子さんの方ですし」

「このガキ!!貴族である僕ちんに対してなんて口を利く!!」

「僕ちん!?」

「こ、こら!!口を弁えろ!!」



30代半ばでしかも息子がいる大人が「僕ちん」という一人称を使った事にレナは驚愕し、慌てて隊長の男が割って入る。まるで小さな子供がそのまま大人になったかのような振舞いをするゴマンにレナは驚愕し、動揺を隠せない。


その一方でゴマンの方はレナの態度が気にくわないのか鼻息を荒く鳴らし、二階の方に視線を向けて閉じこもっている息子の事を心配する表情を浮かべる。但し、手元は顔にこびり付いた食べかすを口元に運び込み、無意識に肉体が食べ物に反応しているようだった。



「ああ、可哀想なシデよ……あんなに苦労してサブ魔導士の弟子にしてもらったというのに、貴様のせいで全てが台無しだ!!どう責任を取るつもりだ!?」

「お、落ち着いてくださいゴマン伯爵!!」

「責任と言われても……いったいどうすればいいんですか?」



ゴマンの言葉にレナは困り果てると、彼のその言葉を待っていたとばかりにゴマンは懐から羊皮紙を取り出す。

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