第139話 カーネと盗賊ギルド

「何度も言ったはずだ、どんな些細な用事であろうとうちのギルドに依頼をする場合、幹部に必ず話を通せとな……だが、あんたはうちの下っ端連中に直接話を付けて仕事を行わせた。大方、大金を払うのを渋って下っ端共を上手くおだてて奴等に小金を掴ませて仕事をさせようとしたんだろう?天下のカーネ商会が随分と落ちぶれたな。そんなに経営難なのか?」

「な、何の事だ!?」

「とぼけるんじゃない、警備兵に拘束された下っ端の1人を連れ出して締め上げたら吐いたんだよ。あんたの商会の人間を名乗る奴から直接金を受け取って仕事を引き受けてしまったとな……カーネさん、これがどういう事かわかるか?あんたはうちの信頼を失ったんだ」

「し、知らん!!そんな依頼をした覚えはない!!」

「見苦しいぞカーネ!!今ここで殺してやろうか?」

「ひいっ!?」



ジャックの言葉にカーネは悲鳴をあげて壁際まで後退し、そんな情けない彼の姿を見てジャックは表情を険しくさせながら短剣を握り締める。この男の過ちのせいで彼は兄のように慕っていたリッパーが死んでしまった事を考えると、今すぐにでも殺したいと思った。


しかし、腐ってもカーネ商会はこの王都の商業を取り仕切る立場であり、ミスリルの独占が出来なくなったとはいえ、カーネ商会の会長をここで殺すのは不味い。カーネは盗賊ギルドだけではなく、王国の方とも繋が蟻があるため、ここで彼を殺せば間違いなく王国が動く。



「……カーネさん、今回の件があんたの失態だと認めてくれるというのなら水に流してやってもいい。盗賊ギルドとしてもあんたの所の商会とは良好な関係を続けたいんだ」

「ほ、本当か?」

「但し、今回のような真似はこれっきりにしてくれ。うちに依頼を通すときは必ず幹部に話を通し、部下共には接触するな。仕事を行う時に誰を使うのかはうちが決めさせてもらう」

「わ、分かった!!その、今回の件は儂も悪いと思ってる。だから今日の所はこれで……」



カーネはジャックの言葉を聞いて安心した表情を浮かべ、机の中から小袋を取り出してジャックに渡す。中身を確認すると金貨が数十枚ほど入っており、どうやら賄賂を渡して今回の件を穏便に済ませようとしているらしい。


しかし、いくら大金を積まれようとジャックの怒りは収まらず、幹部としての立場上はカーネを殺すわけにはいかない。だが、親友を死なせたこの男を許す事は出来ず、一応は賄賂を受け取るが心の中でジャックはこの男をいずれ自分の手で仕留める事を誓う。



(豚が……お前が金を出し惜しみしなければリッパーは死ぬ事はなかった。決して今回の件は忘れないからな)



小袋を受け取ったジャックはそのまま立ち去ろうとした時、カーネが慌てて引き止める。



「ま、待ってくれジャック!!いや、ジャック殿……」

「何だ?まだ用があるというのか?」

「その……今回の件は本当に申し訳ないとは思っている。しかし、よく考えて欲しい!!そもそもリッパーの奴が死ぬ事になった原因はあの小僧だ!!あの忌まわしい小僧さえ素直に儂の言う事を聞いていればこんな事にはならなかったのだ!!」

「小僧だと?例のミスリルを大量に確保する事が出来るという少年の事か」



盗賊ギルドの方でもレナの噂は耳に届いており、カーネから依頼を受けて彼を捕まえようとした「カマセ」という男は過去にレナに捕まって警備兵に突き出された事をジャックは思い出す。


カーネの依頼をカマセが受けたのは金だけが目的ではなく、自分を警備兵に突き出したレナに復讐するために行動したのかもしれない。



(こいつ……リッパーの死を自分のせいではなく、その子供のせいにしようというのか?このクズがっ!!)



レナに責任転嫁しようとするカーネに対してジャックは更に怒りを募らせるが、そんな彼の態度に気付かずにカーネはペラペラとレナの情報を話す。



「あのレナという名前の小僧を抱えているのはダリルというよそ者だ。あの男は外部から来たくせに儂の商会の傘下に入らず、勝手に商売を始めおってな……最近では何処かからか小僧を呼び寄せてどのような手段なのかは分らんが、大迷宮から大量のミスリル鉱石を確保しておるのだ」

「その話は知っている、有名だからな」

「おお、ならば話早い!!どうか盗賊ギルドの方であの小僧をどうにかしてくれんか?勿論、今回は正式な依頼だ!!ちゃんと金は払うし、何ならばお前達のギルドにもミスリルを輸入してやろう!!どうだ?引き受けてくれんか?」

「生憎だが俺達は冒険者じゃない。人を殺すのにわざわざミスリル製の武器など必要ない、俺達はその気になればただのフォークで人を殺す事ができる」

「そ、そうだったな……」



ジャックの言葉を聞いてカーネは表情を引きつらせ、彼の言葉は決して偽りではない。だが、カーネとしてもこれ以上にダリル商会やレナをのさばらせるわけにはいかず、大金を支払ってでも依頼を行う。



「ならば今回の依頼金は前金で金貨100枚、成功すれば更に5倍は支払う!!それでどうにかあの小僧を始末して欲しい、もしも拘束する事が出来れば10倍の報酬を支払う!!それでどうだ!?」

「金貨100枚だと……その条件、嘘ではないな?」

「勿論だ!!契約書を記してもいいぞ!!」



法外な報酬の依頼にジャックは立ち止まり、考え込む。正直に言えば1人の少年を捕まえるだけでこれほどの大金を得られる仕事など滅多に存在せず、この依頼を成功させればカーネ商会は盗賊ギルドに大きな借りを作り、もう勝手な振舞いはしないだろう。


リッパーの件は忘れないが、ジャックも盗賊ギルドの幹部としてはこれほど上手い話を自分の一存だけ断る事は出来ず、仕方なく他の幹部に相談する事を決めた。



「いいだろう、他の幹部と話を付けてくる。依頼の期限などの詳細は後で聞かせてくれ」

「おお、頼んだぞ!!」



ジャックの言葉を聞いてカーネは笑みを浮かべ、これでやっと目の上のたん瘤であるダリル商会に致命的な損害が与えらえると確信した。


しかし、後にカーネはこの時の自分の判断がとんでもない過ちであった事を想い知らされる事になるとは、この時は想像さえできなかった。

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