第117話 サブマスターの後悔
「じゃあ、失礼しました。今回も何か騒がせたようで申し訳ありません」
「……いえ、結構ですよ」
「ルインさん!!本当にいいのか!?」
「なあ、あんた金貨100枚で売ってくるといったよな!?なら、俺の冒険者集団が支払う!!それを売ってくれよ!!」
「止めろ!!行かせてやれ!!」
立ち去ろうとするレナ達に冒険者が引き留め、どうにかミスリル鉱石を買い取ろうと交渉を持ちかけるが、それを見たルインは彼等を怒鳴りつける。
普段は人が良く、滅多に冒険者を叱りつけない彼の言葉に冒険者達は驚くが、その態度を見てレナは冒険者達に断りを告げた。
「すいませんが、ルインさんが買い取ってくれないのなら他の方は通常の価格でしか販売しない予定なんです。ルインさんには昨日、迷惑を掛けたのでそのお詫びとして低価格で販売しようと思っていたんですが……」
「そ、そんな……」
「いいのかよルインさん、こんな機会を逃して!!」
「……いいから早く出ていけ!!」
レナの言葉に冒険者達はルインを批難するが、考えは変わらないのかルインは敬語を止めてレナ達に出ていくように告げる。
そんな彼の態度を見てレナはため息を吐き出し、玄関を出ようとした時に外側の方から先にある人物が入り込んできた。
「おう、レナ!!ここに居たか!!」
「あ、ゴイルさん」
「なっ……!?」
鍛冶師のゴイルが姿を現すとルインは目を見開き、レナに親し気に話しかける小髭族の鍛冶師の姿を見て顔面蒼白となる。
報告によれば工場区で働いている鍛冶師は全員がレナ達からの依頼を断ったと聞いているのだが、どうしてレナ達の前に小髭族が現れたのかと同様を隠せない。
しかも現れたゴイルという名前の小髭族の片手に青色に光り輝く金属を手にしており、それを見たルインは目を見開く。そんな彼の反応に気づいた様子もなく、ゴイルは嬉し気にレナ達に話しかける。
「お前等に一番に伝えようと思ってな!!魔炉が完成したお陰でミスリルの加工に成功したぞ!!この調子なら明日までには予定量のミスリルを加工出来るぞ!!」
「本当かよ!?」
「やりましたねゴイルさん!!」
「凄い……本当にミスリルだ」
「なっ……あっ……!?」
「サブマスター!?」
ゴイルを取り囲んで騒ぎ出すレナ達の姿を見てルインは膝が崩れ落ち、まさか既にレナ達が鍛冶師に頼んでミスリルの加工を行わせたという事実に愕然とする。事前に工業区で働く全ての鍛冶師にはダリル商会の依頼をは引き受けないようにカーネ商会が裏で手を回していたはずだった。
それにも関わらず、レナ達の前には何処からか現れた小髭族の鍛冶師が仲親しげに話し込み、よりにもよってミスリルの加工を行えるという話をしていた。それを見たルインはどんな方法かは分からないが、無事に小髭族の鍛冶師を雇い入れた事を意味する。
(奴等はもう鍛冶師を雇っているだと……しかも、既にミスリルの加工を始めている?そんな……じゃあ、俺のした事は一体……!!)
既にダリル商会が鍛冶師を雇い入れて工房さえも手に入れていた場合、カーネ商会の計画は全て台無しとなってしまう。
当然ながらにルインも無事ではいられず、このような事態を阻止できなかった事を責任追及されるだろう。下手をしたら冒険者ギルドを解雇されてしまうかもしれない。
(もうお終いだ……い、いや!!まだだ、まだあの鉱石さえ買い取れれば挽回の好機が……!!)
ルインはダリル商会に鍛冶師がいないと判断していたからこそミスリル鉱石の買い取りを断ったが、既にダリル商会が鍛冶師を雇い入れていたとしたら話は別であり、どうにかミスリル鉱石を買い取ろうと駆け込む。
「ま、待ってくれ!!いや、待ってください!!先ほどの話、やはり受けさせてくれ!!そのミスリル鉱石をどうかうちに……!!」
「いえ、申し訳ありませんがその話は断らせて貰います。残念ですが、これらのミスリル鉱石はダリル商会の方へ委託しますので」
「えっ……」
今更ながらに縋りついてミスリル鉱石の買い取りを申し込むルインに対し、レナは冷たい態度で拒否する。その反応にルインは自分の考えがどれほど甘かったのかを思い知らされ、周囲から向けられる冒険者達の白い目に気付く。
「ルインさん……あんた、それはいくらなんでも虫が良いだろ」
「金貨100枚で売ってくれると言っていたのに……」
「今更買い取りを願い出るなんて図々しすぎない?」
「お、お前達……!!」
冒険者達はレナがミスリル鉱石の買い取りを断ったのはダリル商会の鍛冶師が現れたからであり、もうミスリル鉱石をわざわざ冒険者ギルドで売却する必要はなくなったと思い込んでいた。
実際にミスリル鉱石よりもミスリルに加工した方が高く売却出来るため、わざわざ貴重なミスリル鉱石を渡す必要がない。
そもそもレナは最初に提示した買い取りの金額は「金貨200枚」この時点で相場の半額近くの低価格だが、更に「金貨100枚」を申し出た。それにも関わらずにルインは断り、それで機嫌を損ねたレナは彼への売却を断ったようにしか見えない。客観的に見ても好条件で売却を申し出たのに追い払われ、帰ろうとした時に急に掌返しをして買い取りを求めるルインの姿は滑稽だった。
「ルインさんと取引で出来なかったのは残念ですが、仕方ありません。今回は縁がなかったという事で……」
「ま、待て!!待ってくれ、どうかそれを売ってくれ!!頼む、でないと俺は……!!」
「ルインさん、もう諦めろよ……」
「惨めすぎるぜ……」
みっともなく縋りついて引き留めようとするルインを見て居られずに他の冒険者達が抑えつけ、それを後目にレナ達は冒険者ギルドを後にした――
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