第116話 サブマスターの屈辱

「……確かに証明書は確認させて貰いましたが、買取価格に関してはどうして金貨200枚を請求されるのでしょうか?理由を聞いても?」

「この金額では不満ですか?ミスリルが50キロですよ?むしろ、少ない方だと思いますが……」

「それはそうなのですが……」



ルインはミスリルが50キロ相当のミスリル鉱石を見て喉を鳴らし、これだけの量のミスリル鉱石ならば価値は金貨400枚を超えるだろう。それにも関わらずにレナは「金貨200枚」の買い取りを申し込み、ルインに尋ねる。



「強いて理由があるなら昨日は少しサブマスターのルインさんに失礼な態度を取ったので、その埋め合わせという事で本来の価格よりも低価で買い取って貰いたいと思いました」

「そうそう、昨日はあたしたちもちょっと態度が悪かったよな。お詫びだよ、お・わ・び」

「そうだね、どうぞ遠慮せずに受け取ってください」



レナの言葉にわざとらしくコネコとミナも続き、周囲の冒険者達が騒ぎ出す。まさか本来の価値の半額の値段で大量のミスリル鉱石の買い取りを願う人間などおらず、誰もがレナ達が何かを隠している事を悟る。しかし、これだけの量のミスリル鉱石を最小限の価格で受け取る絶好の好機を逃すわけにはいかない。


ここでもしもルインが真っ当な冒険者ギルドの職員ならば即座に取引を交わしただろうが、どんなに好条件を提示されようと彼はこの取引を引き受ける事は出来ない。そんな真似をすれば後で身を滅ぼす事になるのなは重々承知の上、ルインは内心で腸が煮えくり返る思いをしながらも断る口実を考えた。



「ルインさん、早く買い取ってくれよ!!俺達も丁度ミスリルが欲しかったんだ!!」

「そうよ!!早く買い取って加工しましょう!!その子達の気が変わらない内に!!」

「何だったら俺の冒険者集団が買い取ってやろうか!?」

「静かにしたまえっ!!」



冒険者達は騒ぎ出すが、当のルインは喜んではいられず、怒気を露わにして彼等を黙らせた。そんなルインの態度に冒険者達は戸惑うが、レナ達は予想していたように笑みを浮かべる。



「ルインさん、この買取価格では不満ですか?なら、おまけして金貨150枚でもいいんですよ」

「ぐっ……!?」

「嘘っ!?マジで!?」

「これだけの量の鉱石が金貨150枚なんて……!!」



追い打ちのようにレナが言葉を掛けると冒険者達は信じられない表情を浮かべてルインに視線を向け、レナの気が変わる前に買い取るように促す。だが、ルインの方は脂汗を滲ませながら言葉を絞り出す様に答えた。


その様子を見てレナ達はわざとらしくにやにやとした表情を浮かべ、ルインは彼等が自分の立場を知っている上での発言だと見抜く。


こんな子供たちに自分が踊らされているという事実にルインは怒りを抱くが、あくまでも表面上は冷静を装って対応する。



「生憎ですが……当ギルドでは出所が不明な品物の買い取りはお断りしています。どうかお引き取り下さい」

「……そうですか」

「はああっ!?」

「サブマスター!!あんた、何を言ってるんだ?」



まさかのルインの拒否の言葉に冒険者達は騒ぎ出し、本来の価格よりも安価で購入できるはずのミスリル鉱石の買い取りを断ったルインに全員が信じられない表情を抱く。


そんな冒険者達の反応にルインは苛立ちを覚え、何も知らない癖に口出ししてくる彼等に憤るが流石にここで怒鳴りつけるのはあまりにも不自然だった。



「ルインさん!!こいつらは大迷宮からミスリル鉱石を持ってきたんだ!!俺達はそれを確認している、出所が不明というなら俺達が証明するよ!!」

「そうよそうよ!!この子たちが大迷宮からミスリル鉱石を持ち帰ってきたのは兵士達も知っているわ!!証明というのなら兵士達をここへ呼んでくればいいじゃない!!」

「だいたい、今までは出所なんて碌に尋ねずに買い取りを行っていたじゃないですか!!」

「……何と言われようと、冒険者ギルドではこのミスリル鉱石は買い取れない!!」



冒険者達の反感の言葉に対してルインは腸が煮えくり返る思いをしながらも断言した。ここでミスリル鉱石を買い取ってしまえばダリル商会は契約の罰金を支払い、商会の解散は免れてしまう。そうなればカーネ商会が黙っているはずがなく、当然ながらにルインが一人で責任を負うだろう。


ここで取引を受けたとしても損をするのはルインだけのため、何としても断らなければならない。だが、何も事情を知らない冒険者からすればルインが意味もなく大きな取引を勝手な判断で断ろうとしているようにしか見えない。



(このガキが……よくも舐めた真似をしてくれたな!!だが、ここで断ったら困るのはお前達の方だ!!どうやってミスリル鉱石を集めたのかは知らんが、鍛冶師が居なければお前達はミスリルの加工など出来ないはず……!!)



ルインは自分が堪えればミスリル鉱石の買い取りを断れば追い詰められるのはレナ達だと信じ、いくらミスリル鉱石が大量に存在しようとダリル商会が必要としているのは加工済みのミスリルである。仮にミスリル鉱石を差し出した所でダリル商会と契約を結んだ冒険者ギルド「赤虎」が納得するはずがない。


ここまで自分を虚仮にしたレナ達に対してルインは断固として拒否の態度を示し、決して取引には応じないことを示す。そんな彼の態度を見てレナはわざとらしくため息を吐いて立ち上がった。



「……そうですか、分かりました。残念です」

「じゃあ、帰ろうぜ」

「そうだね……買い取ってくれないなら仕方ないよね」



冒険者達の前ではっきりとルインがミスリル鉱石の買い取りを断ると、レナ達は残念そうな表情を浮かべて木箱を持ち上げ、外へ向かおうとする。その光景を冒険者達は勿体なさそうな表情で見つめ、どうしてルインが買い取らないのかと睨みつける。



(こいつら……事情を知らないとはいえ、自分達の首を絞めようとしているのか分からんのか!?ここでミスリル鉱石を買い取らな方が最善なんだ!!まあいい……恐らく、奴等は他の商会でミスリル鉱石を売り込もうとするだろうがそれを阻止させればいい。俺を嵌めようとした報いを受けさせてやる!!)



立ち去っていくレナ達の姿をルインは憎々し気に見つめるが、そんな彼を見て戸惑うのは冒険者達の方であり、わざわざ自分から断った癖に恨みがましくレナ達を睨みつけるルインに疑問を抱く。

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