第90話 ダリルの危機

「ともかく、もう裏街区の方へは近づかない方が良いよ。あそこは兵士の人達も入ってこれない危険な場所だからね」

「分かった。そうしておく……あれ、おかしいな?」

「どうした兄ちゃん?」

「いや、手紙によるとここ等辺にダリルさんの店があるはずなんだけど……」



手紙に記されていた住所を頼りにレナ達が辿り着いた場所には大きな建物が存在したが、どう見ても商人の屋敷というよりも、寂れた宿屋のような建物にしか見えなかった。



「あれ?道を間違えたかな……でも、手紙だとここみたいだけど」

「え~?ここが兄ちゃんの知り合いの店なのか?なんか、随分と古い建物に見えるんだけど……」

「でも、看板は付いてるよ。元々は宿屋だった場所を買い取って営業してるんじゃないかな?」



ミナの言うとおりに出入口の扉には「ダリル商会」という看板が取り付けられ、この場所で間違いないようだが予想以上に年季の入った建物に戸惑いながらもレナ達は扉を叩く。だが、幾ら待っても返事はなく、鍵も掛けられていた。



「あの、ダリルさん!!レナです、中に居ますか?」

「……返事がないな」

「留守なのかな?でも、商会の建物に誰もいないなんて有り得るのかな……」



扉をもう一度叩いてレナは話しかけるが返事はなく、事前に手紙で王都へ立ち寄った時は会いに行く旨を伝えていたのだが、反応がない事にレナは不安を抱く。


もしかしてダリルの身に何か起きたのではと考えた時、コネコが何処からか針金を取り出して扉の鍵穴に差し込む。



「へへ、こういう時はあたしの出番だな……ちょっと待ってくれよ兄ちゃん」

「コネコ?」

「ここをこうして……よし、開いたぞ!!」

「えっ!?嘘!?」



針金を使用してコネコは鍵穴に差し込み、数秒も経過しない内に鍵を開けて扉を開く。現実世界でいうところの「ピッキング」だが、コネコは誰に教わらずとも自然と身に付けていた技術だった。


恐らくこの技術も暗殺者の技能の一つだと思われるが、勝手に扉を開いて中に入ろうとしたコネコを慌ててレナとミナは止める。



「ちょ、駄目だよコネコちゃん!!勝手に扉を開けるなんて……」

「何だよ、兄ちゃんの知り合いの店なら問題ないだろ?」

「いや、問題だらけだよ!!ああ、もう……あれ?誰も居ない?」



レナ達は扉を開いて建物の中を覗き込むと、人の気配が感じられない事に気付き、恐る恐る中に入り込む。基本的には商会の建物には常に誰か在中しているはずであり、使用人の一人さえ見かけない事にレナ達は疑問を抱く。


この建物に人が住んでいた事は間違いなく、掃除は行われているのか屋敷の外見と比べて内部の方は清潔感が感じられた。また、机の上には書類や食事を終えた後の食器が並べられ、少し前まで人が存在した痕跡はあった。



「どうなってんだ?こんなに大きい建物に誰も居ないなんて……」

「あの、ダリルさん!!レナです!!居るなら出てきて下さい!!」



中に入ったレナがもう一度だけ呼びかけを行うと、二階の方から物音が鳴り響き、慌てて誰かが駆けつけてくる音が聞こえた。その人物は階段の所まで移動すると、勢い余って階段を踏み外し、一階まで転げ落ちてしまう。



「あいでぇっ!?」

「うわっ!?何だ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「いでで……そ、その声はもしかしてレナか?レナなのか!?」

「ダリルさん!?どうしたんですかその恰好!?」



レナ達の前に現れたのは40代程度の無精ひげを生やした男性が現れ、その顔を見たレナは相手がダリルだと気づく。


だが、何があったのかイチノ街で別れた頃と比べると一気に老け込んだように感じられ、髪の毛の方も白髪が増えていた。



「おおっ!!やっぱりレナか、もう王都へ来てたのか!!久しぶりだな!!」

「はい、お久しぶり……臭っ!?」

「ちょ、おっさん臭いぞ!?何日風呂入ってないんだよ!?」

「あ、ああ……悪いな、最近はちょっと色々とあって風呂どころか水浴びも出来なかったんだ」



ダリルの身体から異臭を感じ取ったレナ達は距離を取り、恥ずかしそうにダリルは頭を掻くと、大量のフケが折角綺麗に掃除されている床に落ちた。一体彼の身に何が起きているのかレナは尋ねる。



「ダリルさん、何かあったんですか?それに他の人達は……」

「ああ……まあ、そこにかけてくれ。一から説明するよ」



ダリルは疲れた表情を浮かべながらレナ達を近くのソファに座るように促し、彼等のために自らお茶を用意する。


イチノ街に居た頃のダリルはお茶など自分で用意せずに使用人に任せていたはずだが、現在の彼は慣れない手つきで全員分のお茶を用意した。



「ほら、飲んでくれ。一応は一番良い茶葉で入れたお茶だ」

「あ、どうも……熱っ!?」

「あちちちっ!?ちょ、こんな熱いの飲めねえよ!!あたしは猫舌なんだぞ!?」

「だ、大丈夫!?」

「す、すまん……どうもこういう仕事は使用人に任せてばかりで慣れてなくてな」



机の上に置かれたお茶を持とうとしたレナ達はコップに触れた時点であまりの熱さに手を離し、必死に冷ますように腕を振る。そんなレナ達に対してダリルは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪した。

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