第76話 戦闘職専用能力『気合』

「おっしゃあ、一週目ぇえええっ!!」

「えっ!?もう!?」

「うわ、凄い……まだ30秒ぐらいしか経過してないのに」

「そんな馬鹿な……あんなガキが俺達より早いってのか!?」

「信じられねえ……」



先ほど出発したばかりのコネコが反対側の街道から現れると、彼女は全身に汗を流しながらレナ達を前を駆け抜ける。双子もミナもコネコのあまりの足の速さに動揺を隠せず、その様子を見たレナは戦闘職の人間から見てもコネコの足の速さは普通ではない事を知る。


その様子を確認したレナは砂時計に視線を向け、まだ半分も落ちきっていなかった。本当に30秒足らずで500メートルの距離を駆け抜けたのかと疑問を抱くが、コネコが不正を行うとは思えない。




「この調子なら試験の合格は余裕なんじゃ……」

「いや、どうかな。あの娘は明らかに体力の配分を間違えている」

「え?」



レナの呟きに試験官のゴロウが反応し、飛ばし過ぎているとはどういいう意味なのかとレナは尋ねようとしたが、どうにも話しかけづらい雰囲気を纏っているので質問を辞める。




――やがて試験の開始から70秒が経過した頃、レナは不安を抱き始める。最初は30秒で半分の距離を走り切ったコネコだが、80秒経過しても街道には姿が見えず、時間がどんどんと過ぎていく。



「コネコ……遅いな、どうかしたのかな」

「う~ん……多分、最初に飛ばし過ぎて疲れて速度が落ちてるんじゃないかな?前半に体力を使い過ぎて今頃は走るのも苦しい状態だと思うよ」



レナの呟きにミナが反応し、彼女も姿を現さないコネコを心配していた。他の者達も全員が街道を覗き込み、やがて制限時間が85秒を迎えた頃に息も絶え絶えな状態のコネコが姿を現した。



「はあっ……はっ……き、きついっ……!!」

「コネコ!!あと少しだよ、頑張って!!」

「あと10秒ぐらいあるよ!!もう少しだよ!!」

「あ~あ、こりゃ駄目だな」

「前半に体力を使いすぎなんだよ」



冒険者ギルドの出入口の前まで100メートルの距離の所で疲れ果てたコネコが現れ、彼女は脇腹を抑えながら走り続けるが、既に時間は10秒を切ろうとしていた。


そんな彼女の姿を見てレナとミナは声援を送るが、先ほどは驚いていたはずの双子は小馬鹿にしたような態度を取る。


しかし、コネコは身体をふらつかせながらも決して足を止めず、自分に声援を送るレナとミナを見て何かを決意したように叫び声をあげた。



「このぉっ……『気合』!!」

「何だ!?」



コネコは叫び声をあげた瞬間、彼女の髪の毛が逆立ち、一気に速度を加速して門の前で駆け抜ける。砂時計が完全に落ちきる寸前、コネコはスライディングの要領で身体を飛び込み、終着点に辿り着く。



「ど、どうだぁっ!!」

「……合格だ」



試験官のゴロウにコネコは顔を上げると、砂時計が落ちる寸前に彼女が到着した事を確認したゴロウは合格を宣言する。その返事を聞いてコネコは安心したように横たわり、全身から汗を流しながらも安堵した表情を浮かべる。


最後の最後で力を取り戻したように加速したコネコだが、到着した途端に身体の力が抜け落ちた様に倒れ込み、動く事も出来ない様子だった。それを見て慌ててレナが駆けつけ、彼女を抱き起そうとした。



「はぁ~……疲れた、やっぱり最初に飛ばし過ぎたのが悪かったか」

「凄いよコネコ、よく走り切れたね」

「へへ、ありがとな兄ちゃん……でも、焦らなければ余裕で辿り着いたんだけどな」

「試験だからといって張り切り過ぎだ。体力の配分を考えて行動を心掛けろ……1日の使用回数が限られている『気合』を当てにするな」

「……気合?」



レナがコネコを抱えるとゴロウは彼女に注意を行い、もしもコネコがちゃんと自分の体力を計算して走っていた場合、もっと時間に余裕を持たせて合格出来ていた事を告げる。そんなゴロウの言葉に言い返す事も出来ないのか猫耳のような癖っ毛をしおらせる。



「くうっ……足の速さが自慢だったけど、やっぱり長く走ると遅くなるな」

「でも、凄かったよコネコ。正直、もう駄目かと思ったよ」

「何だよ兄ちゃん、あたしが落ちると思ってたのか?」

「そういうわけじゃないけど……そう言えば最後、いきなり凄く早くなったけど、もしかして何か能力を使ったの?」



試験の終盤、コネコが「気合」という言葉を叫んだ途端に体力を取り戻したかのように加速した光景を見てレナは尋ねると、コネコよりも先にミナが答えた。



「あれは『気合』という名前の戦闘職専門の能力だよ。発動させると一時的に体力と気力を回復するけど、1日の使用回数が限られている能力なんだけど……知らないの?」

「あ、そう言えば前に聞いた事があるような……」

「私語は慎め、次の試験を始めるぞ」



レナは格闘家のバルや剣闘士からそのような能力がある事を学んだが、二人が使用する場面を見た事ないので今の今まで忘れていた。だが、戦闘職の人間にとっては基本的な能力らしく、それを知らないレナにミナはますます疑い深い視線を向ける。


コネコに手を貸して立ち上がらせたレナに対してゴロウが次の試験を始める事を告げると、職員の一人がレナの元へ砂袋を運び込み、彼に背負わせる。しかも外れないように紐同士を括り付け、背中に固定を行う。



「試験中はどのような事があろうと砂袋は外す事は出来ません。もしも砂袋を外したり、あるいは袋の中身を捨てた場合は即刻失格とさせていただきます。試験が終了次第、砂袋の計測も行うのでご注意ください」

「あ、はい……気を付けます」

「ねえ、レナ君……だったよね?本当に試験を受けるの?」

「えっ……」



職員に砂袋を固定されたレナに対し、既に砂袋を背負ったミナが試験を本当に受けるつもりなのか心配そうに尋ねる。


既に彼女の中ではレナが「戦闘職」の人間ではないという確信を抱いており、このまま試験を受けてもレナの体力では合格する事は出来ないと確信していた。



「レナ君がどうして試験を受けているのか分からないけど、今なら辞められるよ?正直に話して試験を棄権した方が良いと思うけど」

「おいおい、ミナちゃん。それはいくらなんでも可哀想じゃないか?例え、言っている事が事実でも人を傷つけるのは良くないなぁっ」

「ほらほら、そんな事を言うからレナ君が困ってるだろ?あははっ!!」

「うるせえ、兄ちゃんをからかうなこの馬鹿双子!!それにそっちの姉ちゃんも兄ちゃんの事を馬鹿にしてんのか!?なあ、兄ちゃんも何とか言い返せよ!!」



ミナの言葉に他の受験者も反応し、双子の受験者は小馬鹿にした態度を取るが、当のレナはミナの言葉に対して黙り込む。

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