第42話 緊急事態

キデルは全ての冒険者が集まった事を確認すると、真剣な表情を抱いて昼間に訪れた「赤蛇」の冒険者集団の身に何が起きたのかを説明した。



「全員、集まったな。既に事情を知っている者もいるが、改めて赤蛇の冒険者達に何が起きたのかを説明しよう。赤蛇はある山村の住民から魔物の討伐依頼を受け、その山村へ向かった。名前は「ガオン鉱山」だ」

「ガオン鉱山だって?」

「確か良質な魔石が発掘される採掘場が存在する鉱山だよな……」



ガオン鉱山の名前は冒険者達もよく耳にする有名な鉱山らしく、赤蛇が依頼を受けた山村の住民は魔石が発掘される採掘場を保有している。村の若手の男性は採掘場で働いて魔石を発掘し、それを他の街や村に販売している事で生活の基盤を立てているという。


赤蛇がガオン鉱山の山村に暮らす住民からの依頼を受け、最近になって採掘場に現れた魔物の討伐のためにガオン鉱山を目指したという。彼等は山村の住民から事情を聞き、採掘場に赴いて魔物の討伐を行おうとしたが、返り討ちにあい、全員が逃げ帰って来たらしい。



「赤蛇の冒険者はこの依頼を果たせれば全員が銀級に昇格するための評価点を入手出来た。しかし、結果として赤蛇は採掘場に出現した魔物に敗れ、リーダー格を務めていたガイルは他の冒険者を守るために奮闘したそうだが、重傷を負って現在も意識が目覚めん」

「ちょっと待てよ、ガイルは盾騎士の称号持ちだろ!?防御力に関してなら全ての職業の中でも一番高いんじゃなかったのか!?」

「あのガイルさんがやられるなんて……」



盾騎士の称号を持つ人間は防御に特化した能力を持ち合わせ、しかもガイルと呼ばれる男性冒険者は銅級冒険者の中でも1、2を争う実力者だった。


将来的には銀級冒険者に昇格すると噂されていた程だが、そんな彼が重傷を負って生死の境に彷徨っているという情報に冒険者達は信じられず、赤蛇の冒険者達がどれほどの化物と遭遇したのかと戦慄する。



「ギルドマスター!!勿体ぶらずに教えてくれよ!!赤蛇は一体何の魔物と交戦したんだ!?」

「……赤蛇の冒険者の話によると、彼等は採掘場で遭遇したのは「赤毛熊」らしい」

「赤毛熊……!!」

「あの凶悪な魔獣か!!」



赤毛熊の名前が出た瞬間に冒険者達に戦慄が走り、レナもカイから一度だけ話を聞いた事があった。先日にレナが討伐した「ボア」でさえも捕食対象にする狂暴で凶悪な魔獣であり、外見は名前の通りに赤毛の体毛を持つ熊型の魔物だという。


獣系の魔獣の中でも赤毛熊は5本指に入る程の危険性を誇り、その戦闘力はボアを凌ぎ、あまりの大食漢なので餌を食い尽くして他の地域に転々と住処を移す習性を持つ。生態系を乱すという点でも脅威な存在として国からも認識され、赤毛熊の目撃情報が出ただけで討伐の依頼が殺到する。



「赤毛熊の恐ろしさはお前達も知っているだろう。奴は頭はそれほど良くはないが、非常に獰猛で執念深く、自分の縄張りを侵す存在は決して許さない。しかも人間の味を覚えた赤毛熊は好んで人間に暮らす地域に足を運び、容赦なく襲い掛かる。一刻も早く討伐せねばならん存在だが……」

「だが?」

「……実は赤毛熊以外にも魔物の発見報告が届いておる。こちらは赤蛇の冒険者が逃走の際に見かけたらしいが、逃げるのに夢中で記憶が定かではないのではっきりとは分からなかったらしいが、何でもゴブリンらしき姿を採掘場で見かけたと言っている」

「ゴブリン……なんでゴブリンが採掘場に?」



ギルドマスターも困惑しながら答えた情報に冒険者達は訝しみ、何故人間が管理している鉱山にゴブリンの姿が見かけたのか理由が分からずに首を傾げる。最もギルドマスター自身もこちらの情報に関してはたいした情報ではないと考えているらしく、話を戻した。



「ともかく、赤毛熊が採掘場に現れた事で鉱夫も被害を受けておる。それに魔石が発掘出来なくなればガオン鉱山から魔石を輸入している街や村からも早急に討伐するようにギルドに苦情が来るだろう。我々は一刻も早く、採掘場を占拠した赤毛熊の討伐を行わねばならん」

「なるほど、そういう事なら金級のあたしの出番という事だね!!」

『おおっ!!』



バルが名乗り上げると冒険者達は歓声を上げ、このギルドの中で最強の実力者である彼女ならば誰よりも赤毛熊の討伐も果たせる可能性がた高く、ギルドマスターも彼女が名乗り出る事を予測していたのか頷く。



「うむ、赤毛熊の討伐はお主以外には務まらんだろう。だが、念のために後方支援として何人か同行してもらう必要がある。まずは回復役として医療長のアイリにも同行して貰う」

「ええ……そんな危険な任務に就きたくないんですけど」



ギルドマスターの言葉にバルとは打って変わって面倒そうな表情でアイリが反応を示し、彼女は正確にはギルドの職員であっても冒険者ではないが、回復魔法を扱えるのは彼女だけなので呼ばれたらしい。動向を面倒くさがる彼女だが、立場上は断る事は出来ない。


魔物の討伐隊を派遣する場合、回復役は必要不可欠といっても過言ではなく、治癒魔導士のアイリが同行するだけでも心強い。また、彼女の護衛役としても他に冒険者を同行させる必要があり、キデルは護衛を依頼した人物を紹介する。



「それと補助役としてもう一人同行させる……既に引退はしているが、今回の件で強力を申し出てくれたキニクだ」

「やあ皆!!久しぶりだね!!」

「き、キニクだ!!」

「キニクさんが戻ってきてくれたぞ!?」

「キ・ニ・ク!!キ・ニ・ク!!」



現在は質屋の店主を務めるが、一時期は冒険者として活動していた「剣闘士」の称号を持つキニクが現れると古株の冒険者達は湧き出し、彼を迎え入れる。


どうやらキニクは冒険者時代は人望があったらしく、彼が同行すると知った冒険者達は安心した表情を抱く。



「うむ、このバル、アイリ、キニクの3名に赤毛熊の討伐を命じる。それと念のために注意しておくが、他の冒険者はガオン鉱山に接近する事は認められん。手柄を焦って赤毛熊を倒そうなどと考えてはならんぞ、もしも言いつけを破った者がいれば即刻冒険者の資格を取り消す!!」

「……いや、赤毛熊が住み着いている鉱山なんかに誰も寄り付きませんよ」

「あんな化物に挑むなんて馬鹿居るわけねえだろ……」



用心のためにギルドマスターは他の冒険者達に注意勧告を行うが、そもそも危険種である赤毛熊が占拠している鉱山に腕が未熟な冒険者達が挑むはずがなく、誰もが冷めた反応を示す。だが、そんな中で一人だけ黙り込んでいる冒険者が一人だけ存在した。



(ゴブリン……)



レナは先ほどギルドマスターが告げた「鉱山で見かけたというゴブリン」の存在がどうしても気になり、赤毛熊の討伐を命じられた面子に視線を向けた。

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