第15話 少年の決意

「くそ、くそくそくそっ……!!」



誰かの助けを求める事しかしていない自分にレナは怒りを抱き、居ても立っても居られずに客室を飛び出すと、そのまま屋敷を出てレナは街中を走り抜ける。


自分の行為が無意味である事は分かっていても足を止める事は出来ず、レナは何時の間にか街の端の方まで辿り着く。



「はっ、はっ……!!何で、俺は弱いんだ!!」



人気のいない路地に移動するとレナは我慢できずに今は誰も住んでいないと思われる廃墟の壁に向けて拳を叩きつけ、鈍い痛みが走るが構わずに何度も拳を叩きつけた。煉瓦製の壁にレナの拳が何度も叩きつけられ、血が滲んでも構わずにレナは壁を殴り続ける。


遂には我慢できずに壁に向けて頭を叩きつけると、昨日の内に怪我していた箇所に激痛が走り、レナは痛みに耐えかねてその場に腰を下ろす。あまりにも馬鹿げた自分の行為にレナは怒りを通り越して呆れてしまい、仰向けになって空を見上げた。



「……綺麗な青空だな」



頭に上がっていた血が怪我した箇所から流れた影響か冷静さを取り戻したレナは空を見上げ、雲一つ見えない美しい青空を見て心を落ち着かせる。


ここで自分がやけになった所で状況は好転するはずがなく、冷静になったレナは最初に考えたのは世話になったダリルへの感謝だった。



「ダリルさんに謝らないと……あんなに世話になっているのに怒鳴りつけるなんて何してんだろう俺」



ダリルはカイの知人ではあるが、レナとはそれほど面識はなかった。だが、草原で彷徨っているレナを拾い上げ、さらに怪我の治療や食事の面倒まで見てくれた。


今更ながらにダリルに対して恩義を感じたレナは彼に謝罪するために屋敷へ戻ろうとした時、不意に自分が殴りつけていた壁を見て違和感を抱く。



「えっ?これって……!?」





――レナの視界に映し出されたのは煉瓦製の壁に「拳」の形をした凹みが存在する事に気付き、しかも壁にはいくつもの亀裂が広がっていた。慌ててレナは壁に近付いて調べてみると、自分が殴りつけていた箇所に知が滲んでいる事に気付き、この拳の跡は自分が生み出した者だと気づく。


硬い煉瓦の壁を自分の拳で凹ませたという事実にレナは戸惑いを隠せず、最初はただの勘違いではないかと思ったが、壁の跡には真新しいレナの血液が滲んでおり、間違いなくレナが殴りつけた時に出来た痕跡だった。



「まさか……!?」



レナは自分の拳に視線を向け、試しにもう一度だけ壁に目掛けて勢いよく拳を叩きつけるため、今度は助走も加えて殴りつける。


勢い良くレナの拳が壁に向けて衝突すると、しばらくの間はレナは壁に拳を抑えつけた状態で動かず、やがて顔を真っ赤にさせて右拳を抑えてその場に転がり込む。



「いっ……たあっ!?痛い痛い痛い……!!」



骨に罅が入ったのではないかと思う程の激痛が襲いかかり、しかも殴りつけた箇所に関しては何の変化も起きず、壁が凹む所か亀裂すら入っていない。


それを確認したレナは右手を抑えながら涙目で壁を確認し、やはり自分の勘違いで最初からこの壁には亀裂も拳のような形をした凹みがあったのかと考えてしまう。


だが、幾らなんでも壁を殴りつけるときに拳が凹んだような箇所が存在すれば気付かないはずもなく、しかも壁に染み込んだ血の跡の事を考えてもレナが殴りつけた時に出来上がった痕跡としか思えず、冷静にレナは考察を行う。



(さっき殴りつけた時は壁に傷跡が残ったのに、何で今は壊れなかったんだ?知らず知らずに手加減していた?いや、そもそも僕の力だけで煉瓦の壁を壊すなんて……僕の、力?)



先ほどやけになって無我夢中に拳を壁に叩きつけた時の事を思い返したレナは両手に視線を向け、そして壁を振り返る。


もしもレナの推測が外れていれば今度は左手が怪我してしまうかもしれないが、レナは構わずに拳を握り締めた。



地属性エンチャント



意識を集中させ、普段は地面に触れた状態でしか使用した事がなかった「魔法」の力を発動させたレナは左手に紅色の魔力を滲ませると、覚悟を決めたように壁に目掛けて拳を放つ。



「せいやぁっ!!」



カイがゴブリンを殴り飛ばしたときの事を思い返し、彼の様に拳を突き出して壁に叩きつけた瞬間、強烈な衝撃が煉瓦の壁に走って砂埃が舞う。そしてレナの目の前には壁にめり込む自分の拳の姿が映し出された。


レナは壁にめり込んだ自分の拳を見て呆然とした表情を浮かべ、ゆっくりと拳を引き抜くと、そこにはレナの拳の形に凹んだ壁が存在した。しかもそれだけでは収まらず、拳の跡から亀裂が発生してやがて壁一面に広がった瞬間、壁が剥がれ落ちて崩れてしまう。


目の前で壁が崩壊した光景を見届けたレナは自分の両手に視線を向け、今までは土砂を操作する事しか出来ないと思い込んでいた自分の魔法が実は他の使い道があった事を知る。10年間気付く事が出来なかった真実を知ったレナは興奮を覚え、この力があれば魔物にも十分に対抗出来ると確信した。



「……やってやる」



両手に魔力を滲ませた状態でレナは崩壊した壁の瓦礫を見下ろし、ある決意を抱く。それは誰の力も借りずに自分の力で故郷を取り戻すという決意を固めた。



「けど、今は駄目だ……もっと、強くならないと」



悔しいがレナは今の自分一人では故郷を取り戻す事は出来ない事は自覚しており、村を襲ったゴブリンに対してレナは逃げる事しか出来ず、あれほど強かったカイも殺されてしまった。今のレナは自分がカイよりも強いとは到底思えず、ゴブリンから村を取り返す自信はない。


だが、今の自分には無理な事だとしても一年後や二年後、あるいはもっと年齢を重ねて身体も成長し、魔法の力を磨いたレナならば村を支配したゴブリンを殲滅出来る程の力を身に着けているかも知れない。ならば昨日の自分よりも強くなるため、レナは行動を起こす事にした。



「この街で暮らせるようにダリルさんに頼もう……まずは自分一人で生き抜く力を身に付けないといけない」



ダリルに迷惑を掛ける事にはなるが、レナはまずはこの街を拠点にして生活を行い、魔物と戦うために必要な道具や装備を整えるための資金稼ぎ、及び当面の衣食住を整えるために商人のダリルに頼る事にした。


出来る事ならば恩返しも兼ねて彼の元で働けないのかを尋ねるためにレナは屋敷へと急ぐ――

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