紅い秋桜

荒井 文法

1008号室

 「いらっしゃいませー」

 「すいません、四月から大学行く関係で、アパート探しているんですけど、ネッ」

 「あ、新入生の方ですねー?」

 「はい、そ」

 「おめでとうございますー! どちらの大学ですか?」

 「法治大学なんですけど、ぼ」

 「わあすごい! 私もそういうとこ行ってみたかったですー」

 「あの」

 「お部屋ですよねー、どうぞこちらへ、パソコンでいろいろお見せできますー」

 「実は、ネットで内覧予約した木野なんですが」

 「あ……あー! そうでしたー! すいません、すっかり忘れてましたー! 実はー、あの部屋、えーと五〇四号室でしたっけー、ついさっき契約決まっちゃったんですよー! もうホントすらすらすらーって。すいません、木野様に連絡する時間無くてー。あ、でもでも、同じような部屋あるかもなので、ソッコー探しますんで、ホントごめんなさい」

 「そうでしたか、ありがとうございます」

 「いえいえー、ホントすいませーん……えーとー、同じような部屋だとー……あ! これなんかどうですー? 千八号室」

 「あ、ほんとにまったく同じですね、間取りも、住所も……五〇四号室と何が違うんですか?」

 「天井の高さが二倍なんですよー」

 「それは……いいこと……なんですか?」

 「とっても広く感じると思いますよー」

 「そうですね……あれ?……家賃……」

 「二倍ですねー」

 「……二倍は、厳しいですね……」

 「そうですかー。だと、ほかには、えーと、んー、あ! これなんかどうです? 二百五十四号室です!」

 「……間取りが同じで、住所も同じで、値段が二分の一……もしかして、天井の高さ……」

 「二分の一ですねー」

 「……もしかして、百六十八号室とか七十二号室とかもあります?」

 「よく分かりましたねー! ネットには出てないんですよー?」

 「天井の高さが三分の一と七分の一で」

 「すごいですー! もしかして理系ですかー?」

 「どちらかといえば……。あの、大体分かりましたので、このへんで……」

 「そうですかー、残念ですー、やっぱ五〇四号室がいいですよねー」

 「そうですね」

 「シュレーディンガーの猫って知ってますー?」

 「えっ? シュレーディンガー、ですか?」

 「量子力学ですー」

 「えっと、えー、はい、大雑把になら……」

 「なんかー、木野様を見てるとー、シュレーディンガーの猫みたいだなーって」

 「……えっと、アパートの話ですか?」

 「はい、つまりですねー、今まではー、五〇四号室に住める木野様と住めない木野様が同時に存在していたわけですよー。それがー、私という観測者の存在でー、五〇四号室に住めない木野様が確定してしまったんですー」

 「……宗教の話ですか?」

 「私がいなくなれば、たぶん、五〇四号室に住める木野様と住めない木野様が同時に存在している状態に戻れると思うんですよー。もしかしたら、それはそれで幸せなことかもしれないんですけどー、やっぱ、マクロな視点では不自然ですよねー」

 「なんか、僕よりずっと理系ですね」

 「専門学校卒ですー」

 「少し見直しました」

 「ありがとうごさいますー」

 「でも、煙に巻こうとするのはいけないと思います」

 「えへへ」

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