第84節・神代の終わり
それはまさしく創世記であった。
空に大地が生み出され、それをマグマが焼き払う。
悪神が竜巻を放てば女神が海で呑み込もうとする。
創世の力を得た者同士の戦いはもはや人智の及ばない領域に達しており、両者の戦場は神域と化する。
デミウルゴスは数多の星を生み出し、星の始まりと終わりを再現しようとするが、それに対して女神は迫る隕石群を空間ごと押し潰して消滅させる。
(小手先の勝負では決着がつかんか)
力の源は同じ。
互いに根源を最大限に利用しているため能力は拮抗している。
ならば勝敗を分けるのは出力だ。
タンクが同じならばより多くの水を放出できたほうが勝つ。
技量だの能力だの下らないものは圧倒的な力で無理やり押し潰してしまえばいいのだ。
ならばとデミウルゴスは世界を作り変え始めた。
彼を中心に闇が広がり、周囲を呑み込んでいく。
この身では放出できる力の量に限界がある。
ならば世界そのものを自分とし、肥大化する。
ようは外付けの魔力タンクだ。
あとは変化した空間に穴を開ければ━━。
「消えてしまえよ、女神!!」
噴き出した。
世界を三度焼き尽くせるマナの濁流。
純粋なエネルギーの津波を女神に叩きつける。
対する女神も巨大な光の翼を展開すると無数の紅き腕を生み出し、押し寄せるマナを食い止めた。
万象を破壊する女神の力。
それをもってしても光の津波を押し留めるのが精一杯であった。
ならばと女神は己の翼でマナを吸い始める。
破壊しきれないのならば自分のモノにしてしまえばいい。
そして吸った力は再び放出し、デミウルゴスが作った世界を書き換えていく。
闇と光。
白と黒が入り混じり、空間を歪めていく。
やがて力のぶつかり合いは終わり、莫大な魔力はデミウルゴスの頭上に収束する。
「……」
女神は眉を顰めた。
悪神が生み出したのは壊れかけの太陽。
それがもたらす結果はすぐに予想できる。
放たれた太陽は瞬く間に崩壊し、溜め込んでいたエネルギーを爆発させる。
星の終わりを再現した超新星爆発。
対する女神はもう一つの星の終わりを再現した。
光すら歪曲し、飲み込む超重力により恒星のエネルギーを吸い込み、無効化していく。
しかし咄嗟の防御行動であったため、超重力を十分に展開できず爆発の衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。
そこにデミウルゴスは億を超える光弾を叩き込み、女神の姿は爆炎の中に消える。
闇を炎が紅く照らし、デミウルゴスは女神の姿を探す。
すると炎を振り払いながら女神が爆炎の中から飛び出し、足場を生み出すと着地した。
「流石にしぶとい。だがそろそろ限界なのではないか?」
女神は傷つき、美しかった法衣は焼け焦げている。
表情は変わらず人形のように無表情だが僅かに肩で息をしていることが消耗を証明している。
優勢である。
そうデミウルゴスは確信した。
出力では自分が勝っている。
だがそれは当然のことだった。
女神は戦いが始まるのと同時に空間を隔離し、外が巻き込まれないようにしていた。
他者を優先し、自らを犠牲にするその姿には呆れを通り越して怒りが湧いてくる。
愚かだ。
どこまでも愚かである。
貴様もあの女と同じ愚者だ。
その力があればもっと素晴らしいことが出来るだろうに!!
「その姿、見るのも耐え難い。これ以上醜態を晒す前に俺が終わらせてやろう」
デミウルゴスは異空間より剣を取り出す。
女神の器、その失敗作で出来た排骸の剣。
六合の杖に比べて性能は幾分か劣るが出力を更に上げることは可能だ。
そして更に強化された力で放つのはかつて駒たちに与えた力だ。
全てを焼き尽くす業火。
果てまで届く漆黒の轟雷。
音よりも早く届くかまいたち。
決して防げない純粋な熱の塊。
それらを同時に放ち、圧倒的な物量と火力で敵を蹂躙を開始した。
対して女神は千を超える障壁を展開し、破壊の嵐を防ごうとした。
だが瞬く間に百の障壁が砕け、五百層目に攻撃が達する。
そして九百層の障壁に亀裂が生じると━━。
「終わりだ!!」
排骸の剣の先端から凝縮された魔力が放たれた。
女神の盾は硝子のように砕け散り、死が彼女に迫る。
デミウルゴスは己の勝利を確信し、女神は逃れられない死から飛び退こうとする。
そしてついに死の先端が女神の胸に突き刺さろうとした瞬間━━弾かれた。
「━━━━これは、まさか!?」
盾だ。
いや、盾と言うにはあまりにも大きいもの。
光の城壁が女神を守るように現れた。
「光耀城塞……!! 光の精霊王!! 貴様ァ!!」
直後、デミウルゴスの陰より刀が現れ、彼の左腕を断ち切った。
宙に舞うのは鴉の羽根。
それはかつて己の弱さに負け、しかしそれを受け入れた求道者の一太刀。
デミウルゴスは舌打ちしながら左腕を再生し、再び弾幕を放った。
しかし無数の弾幕はそれを超える数の矢にて迎撃され、爆発が夜空の星の如く闇の中で輝く。
女神に付き添うように浮かぶのは大弓。
自らの主を守れなかったことを悔い、その帰還を信じて待ち続けた忠義者が放つ射撃。
ありえない。
そうデミウルゴスは驚愕した。
奴らは既に還っている。
死者の魂は根源に還り、浄化され白紙に戻る。
そして新たな命へと変り、循環するのが世の理。
「亡霊共が━━!!」
"使徒"たちだけでは無い。
女神の後ろに浮かぶ幾つもの淡い光。
二人の少女が背負ってきたものが彼女たちを守るかのように現れては消えるを繰り返していた。
「死者が阻むなッ!!」
怒りに身を任せ再び太陽を生み出そうとする。
どれだけ集まろうが所詮は塵芥。
星の力の前にはなすすべなく消え去る存在だ。
根源より力を吸い出し、収束させていく。
そして再び超新星爆発を放つ。
それに対して女神は正面突破を選択した。
光り輝く杖は剣へと変化し、二対の城壁と共に主人を守ろうとする。
爆発を城壁で受け止めながら前進をし続け、城壁が崩壊するのと同時に爆発を空間ごと叩き斬る。
それはまさしく女神の殉教者の一太刀であった。
真っ二つに割れた空間の狭間を女神が突撃し、デミウルゴスに肉薄しようとした。
(接近戦は危険か……!?)
光の精霊王。
奴の剣の危険性は知っている。
リスクは可能な限り避けるべき。
そう判断するとデミウルゴスは女神から距離を取り、遠距離戦に持ち込もうとした。
しかし後ろに退がるのと同時に足元から幾つもの鎖が現れ、絡みついてくる。
「貴様も我が邪魔をっ!!」
それは己を偽り、しかし愛を求めた女の決意であった。
貴様は決して逃さない。
愛する男の生きる世界を終わらせないと必死に縛り付けようとする。
そんな決意をデミウルゴスは強引に引きちぎり、どうにか逃れると舌打ちをする。
(肉を断たせるしか無いか……!!)
女神は目前まで迫っている。
今からではとうてい逃れられない。
ならば代償を払ってでもここで決着をつけるのみ。
光の剣と魔力で保護した排骸の剣がぶつかり合う。
切り結び合うのは三度。
刃が三回の火花を散らし、互いに大きく体勢を崩した。
そして両者強引に剣を突き出し、刃が二人の身体を同時に貫くのであった。
※※※
「ぐっ……」
腹に感じる激しい痛みに表情を歪めながらデミウルゴスは目の前にいる女神に対して勝ち誇る。
彼女の胸には排骸の剣が突き刺さり、背中から貫いた刃が見える。
致命傷だ。
いかに女神といえど呪詛を込めた刃で貫かれれば一溜まりもない。
まもなく彼女は内側から破壊されて、消え去るだろう。
「俺の……勝ちだ!」
「…………いえ、貴方の負けです」
初めて喋った女神の言葉にデミウルゴスは目を見開く。
この女、何を言っている?
確かに自分は腹を刺されて深傷を負った。
だがこの程度の傷ならすぐに修復できる。
対して女神は身体の崩壊が始まっており助からない。
勝敗は明らかであった。
しかし━━。
「ぐっ!? ガァァァァァッ!?」
体内に直接電撃を流されたかのような激痛に叫びをあげる。
体内の魔力回路に莫大な魔力が流れ込み、破壊していく。
「き……さまっ!! これが狙いか……っ!!」
剣を通じて流れ込むのは女神の力。
この女は自らの存在と引き換えにこちらを消し去ろうとしているのだ。
「だが惜しかったなぁ! 今の貴様では俺を殺し切れない!! 俺の勝ちは揺るがないっ!!」
「確かに貴方を倒すことはできない。ですが"私たち"の行いにケリをつけることはできる」
女神の目的が何なのかはすぐに判明した。
体内を流れる彼女の力。
それはある一箇所に集中し始めた。
「これは……まさか!?」
敵は最初からこちらを倒す気が無かった。
彼女の狙いは根源との繋がり。
長い年月を掛けてこの肉体に構築した魔力器官だ。
「"私たち"はあの子たちの願いに応え、手助けをするだけ。人の未来は人の手によって切り拓かれるべきなのです」
壊れる。
このままでは根源との繋がりが断たれてしまう。
それは駄目だ。
それは嫌だ。
やっと手に入れたのだ。
やっと還れると思ったのだ。
「おのれぇぇぇぇっ!!」
女神の胸に突き刺さった剣を更に押し込む。
左手で彼女の顔を何度も殴打する。
だが女神は傷つきながらもじっとこちらを見つめ、申し訳なさそうな顔をする。
「デミウルゴス。あの時、ちゃんと貴方と向かい合えばよかった。貴方を追い詰めたのは"私"。全ては貴方の真の願いを知りながらも無視した"私"の責任です」
「……お前は……まさか……」
微笑む女神に"彼女"の姿が重なる。
ふざけるな!
今更何を言う!
何もかもがもう遅いのだ!!
これ以上私の心を掻き乱すな!!
女神が光に包まれこちらの体内へと消えていく。
それは暖かく優しい慈愛の抱擁。
私が最も求め、拒絶した感情。
「アル……テミシア……!!」
そして壊れた。
私と世界の繋がりが。
原初より生じた我が妄執が断たれた。
視界が白く染まる中、声が聞こえた。
二人の女神。
彼女たちの最後の声が。
『さあ、人の子たちよ。自らの足で立ち、自らの意志で歩みなさい。未来という無限の可能性を掴むのです』
闇が割れ、根源が閉じる。
それは神々の時代の終焉を意味するのであった。
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