第63節・祝勝の夜


「えー。では内戦の終結と平和の時代を祝いまして……乾杯!!」


「乾杯!!」


 エドガーの音頭に合わせて店内にいた人々は一斉にジョッキを掲げた。


 今日は将兵隔てない祝勝会が王都中で開かれており、白銀騎士団も王都一の酒場を借りて宴を始めた。

店には騎士団の他にもエルやクロエなどの古参兵も多く参加しており、満席状態だ。


「おいあまりハメを外すなよー」


 一応注意したが聞いてなさそうだ。

とりあえずフランツと共にカウンター席に座ると酒を手にした。


「今日は諦めろ! 何せ誰もが望んだ日が来たのだからな!」


 フランツの言葉に頷く。

やっとだ。

やっとこの内戦が終結した。

まだまだ問題は山積みだろうが自分たちは大きな一歩を踏み出せたのだ。


「はいはーい! メリナちゃん踊ります! 舞台設置よろしくぅ!」


 メリナローズが阿呆なことを言い始めると数人の騎士が店の中央にテーブルを配置した。

それにメリナローズが飛び乗り、器用に踊り始めると歓声が湧き上がる。

慌てて店員に謝罪すると踊っている馬鹿とそれに集まる阿呆たちにため息が出た。


「それで? 何か進展はあったのか?」


「何のだ……」


「メリナローズ殿とのだよ。お前たちのことは荷運びの兵まで伝わっているぞ?」


 そんなところにまでか……。

確かに自分でも大胆なことをしたと思っているがみんな人の事を気にし過ぎだろう。


「お前たちの間には複雑な事情があるのは知っている。だがそれでも俺はお前たちを応援しよう」


「はいはい、ありがとよ。というかそう言うお前はどうなんだ? 誰か気になる奴でもいるのか?」


「はは! いない! 何せ俺の心は正義と槍で満たされているからな!!」


 いや、それはそれでどうなんだ?

呆れながら酒を飲んでいると店に若い女たちが入って来た。

香水を付け、露出の多い服を着ているためすぐに彼女たちが商売をしに来たのだと分かる。


「おい誰だ。彼女たちを呼んだのは」


「えっと……皆様がお喜びになるかと思いまして……」


 カウンターの向こうで店主が心配そうにしている。

どうやら店側のサービスらしい。


 女たちの登場に皆喜んでいるがハメを外しすぎて恥を晒さなければいいが……。

そんな事を考えていると女たちが近くの兵士に何かを訊ね、兵士がこちらを指差した。


 嫌な予感がする。

面倒なことになる前に離脱すべきか?

そんな事を考えている間に囲まれた。

フランツは別の女に連れていかれ「お? おお?」と戸惑っているし、エルやクロエは興味深げにこちらを見ている。

というかエルよ。

お前の足元にいくつも酒瓶が転がっているがまさか一人で飲んだのか……?


「エドガー様ですよね。お会いできて光栄ですわ」


「あ、ああ……」


「高明な騎士様とお話しできて嬉しいです」


「お、おう……」


「噂では王軍の猛者を打ち破り、ドラゴンすらも平伏したとか」


「ん、うん……?」


 王軍はともかくドラゴンとは戦ったことないぞ?

むしろ味方だ。

それよりも━━。


(━━近い!?)


 手慣れた感じで此方の肩や腰に手を回して来た。

嬉しいというよりもまるで狼の群れに囲まれた兎のような気分だ。


 助けを求めるように周りを見ると踊っている最中のメリナローズと一瞬だけ目が合った。


「!?!?」


 笑っていない。

いや、営業用のスマイルを浮かべてはいるのだが目が全然笑っていない。

いや、お前、そういうことするタイプじゃ無かっただろう!?


「どうかしました?」


「い、いや。少し気分が……」


「まあ大変! だったら私たちと休みましょう? 店の部屋は全て貸し切りですし」


 どこまで準備がいいんだ、この店主!

というかまずい。

この女たちと部屋に行くとか飢えた狼の巣穴に飛び込むようなもの。

なんとかして逃げなければ━━。


「とぅ!!」


 メリナローズがテーブルから飛び降り、目の前に着地した。

そして女たちを強引に押し退けるといきなり抱きついてきた。


「お、おま!?」


「人の男に手を出さないでくれるかにゃあ?」


 その言葉に店内が盛り上がった。

「おお!」だの「やはり!」だの仲間たちは愉快そうにこちらを見ている。


 女たちは「本当なの?」という表情でこちらを見ているがどうしたものか。

少し悩んだ末、このまま囲まれ続けるのも面倒だと思って「悪いな。先約がある」と頷いた。


「言ったぞ!」


「羨ましい!」


「祝杯だ!」


 外野、うるさいぞ。

女たちは「あーあ、しらけた」と言いながら去って行き、とりあえずの窮地を脱したことに安堵する。

まあ今度は別の問題が発生したが。


「……なんだその表情は」


「べっつにー? メリナちゃんは狼の群れに囲まれた兎ちゃんを助けてあげただけ出しぃー?」


 凄いな。

考えていたこととまったく同じことを言いやがった。


 メリナローズは先ほどまでフランツが座っていた席に着くと店主にエールを頼んだ。


「もう踊らないのか?」


「優しいメリナちゃんは同業者に仕事を譲ったのでした」


「ついさっき仕事を奪ったがな」


 そう返すとメリナローズは「それはそれ。これはこれ」と言いながらエールを受け取る。

彼女に向かって自分のジョッキを突き出すと「平和に乾杯」と言った。


「……うん、乾杯」


 少し躊躇いながら二人で乾杯する。

そして疲れ果てた様子のフランツが戻ってくると三人で酒盛りをするのであった。


※※※


 昼過ぎから始めた祝勝会は夜まで続いた。

屈強な騎士でも流石に半日も酒を飲んで騒げば限界が訪れ、次々と意識を失っていく。


 店内ではフランツはカウンターに突っ伏し、クロエはテーブルの上で大の字に寝ている。

エルは挑んできた男たちを全て撃退し、敗北者たちに囲まれながら悠々と酒を飲んでいる。

その光景を見て絶対にアイツとは飲まないぞと固く決意をするのであった。


「エドガーくぅん、のんでまひゅかー?」


 そして最後はコレだ。

完全に出来上がった馬鹿。

頬は赤く上気し、非常に色っぽく感じる。


「ああ飲んでるよ! お前が酔っぱらっている間にな!」


 面倒な絡み方をしてくるメリナローズを軽く押すと彼女は「きゃん」とワザとらしくカウンターに倒れる。


「……お前そんなに酒に弱かったか?」


「そーいう日もあるってことで」


 突っ伏しながら横目で此方を見てくる馬鹿にため息を吐く。

するとメリナローズは起き上がり、此方に向かって両腕を広げてきた。


「連れてって」


「……どこに?」


「部屋に」


「……馬鹿か?」


 馬鹿が頬を膨らませた。

いや、部屋に連れて行けってお前……。

周りを見渡すとエルと目が合い、彼女は無言でサムズアップしてくる。


「……言っておくけど連れて行くだけだからな」


 エルに向かってそう言うと彼女は「ごゆっくりー」と笑みを浮かべる。

この女、楽しんでいるな……?

もう一度大きくため息を吐くとメリナローズを背負って店主に空いている部屋を訊ねると二階へ向かう。

そして教えてもらった部屋に入るとメリナローズをベッドに腰掛けさせた。


「ほら、さっさと寝ろ」


 そう言い、彼女から離れようとすると服を摘まれる。

上目遣いの潤んだ瞳。

赤い頬。

思わず息を呑んだ。


「おい、なんのつも……!?」


 引っ張られた。

ベッドに倒れ込み、メリナローズが覆いかぶさってくる。

鼓動が早まる。

ドクンドクンという音が鼓膜の奥から鳴り響いているような感覚。


 暫くお互いに無言で見つめ合っているとメリナローズがゆっくりと口を開いた。


「もし全部投げ捨てて一緒に逃げようっていったらどうする?」


「それは……」


 自分は騎士であることを捨て、彼女は"蛇"である事を捨てる。

ただの男と女になって二人で誰も居ない地に逃げる。

それは非常に魅力的な提案だ。

きっと二人っきりになったら爛れた生活を送ってしまうだろう。

だが━━。


「━━それは」


 答える前に口を塞がれた。

一瞬だが長く感じた接吻。

メリナローズの顔がゆっくりと離れて行くと彼女は悲しそうな表情を浮かべている。


「言わなくていい。エドガー君ならどう答えるかは分かっていたの。それでもアタシは……」


「ジュリエッタ」


 その名で呼ぶと彼女はビクリとした。

コイツは何かに怯えている。

それが何かは分からないが惚れた女が怯えているならすることは一つだ。


 ゆっくりと起き上がり、彼女を抱きしめる。

そして再び口づけを交わすのであった。


※※※


 蝋燭の灯りだけが部屋を照らす中、天井を見つめていた。


 なんというか……凄かった。

リードするつもりが終始リードされた。

正直情けなかったのではと思うが……。


「……」


 腕の中でスゥスゥと寝息をたてるメリナローズ。

その顔を見ていると「別にいいか」と言う気持ちになる。


(こいつ、こんな顔でねるんだな……)


 メリナローズがこんな風に寝ている姿を見るのは初めてであった。

穏やかな表情で寝ている姿を見ると普段より幼く見える。


「……ん」


 メリナローズが少し動き、羽毛布団の隙間から豊満な胸が見える。


(落ち着け。落ち着けエドガー。流石にそれは恥ずかしいぞ)


 心を落ち着かせ、布団を掛け直す。

するとメリナローズが「……ごめんなさい」と小さく寝言を言うのが聞こえた。


「……」


 自分は彼女のことをまだ何も分かっていない。

彼女がなぜ別の名を使っているのか?

なぜ"蛇"の一味になったのか?

なぜそんなにも辛そうなのか?


(俺はどうしたらいい?)


 彼女のために何が出来る?

何をしたら最善なのか?

分からない。

分からないが一度彼女を守ると決めたなら守り抜く。

ただそれだけだ。


 そっと彼女を抱き寄せ、決意を込めて天井を睨むのであった。


「絶対に守ってみせるさ」


※※※


 翌朝。

目を覚ますと隣にメリナローズは居なかった。

どうやら彼女の方が先に目を覚ましたらしい。


 昨夜脱ぎ散らかした服は綺麗に畳まれており、テーブルの上に置かれている。

一晩経って色々と冷静になると自分がすごい事をしたのだと自覚する。

なんというか……男になってしまった。

そのことが誇らしくもあり、同時に恥ずかしい。


「……というかエルにはバレてるよな」


 男女が二人で部屋に入って戻って来なかったのだ。

あの酒豪エルフは全てを察しているだろう。


(あとで良い酒を買って口止めしよう)


 そう考えながら立ち上がる。

すると服の上に書き置きがあることに気が付いた。

何だろうかと手にすると目を見開く。

短い言葉。

だがそれは心臓を鷲掴みするかのような恐ろしい言葉。


 書き置きにはこう書かれていたのであった。




『私を許さないでください』

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