~アルヴィリア内戦・黒曜の英雄編~

第48節・英雄の地


 エスニア暦千年冬。

アルヴィリア全土を巻き込んだ内戦は佳境を迎えていた。


 メフィル家を打ち破り、不穏分子の粛清を果たしたルナミア・シェードランは新生アルヴィリア同盟を結成。

内戦を終結させるべく王領へと進軍を開始した。


 対して王国軍は破竹の勢いで進撃してくる新生同盟軍を迎え撃とうとしたがガルグル家の戦争からの離脱やキオウ家が改めて中立を宣言したことにより圧倒的な劣勢となった。


 新生同盟は次々と王国軍の砦や城を攻め落とし、瞬く間に旧オースエン領の大半を占領する。

そしてルナミア・シェードランは王国軍にとどめを刺すべくアルヴィリス平原に軍を集結させるのであった。


※※※


 王城内にある大聖堂にエリウッド・アルヴィリアは居た。

女神アルテミシアの像の前で跪き、祈りを捧げ終え顔を上げると女神像を照らすステンドグラスを見る。

そこには建国の祖である六人の英雄が描かれており、中央には初代国王であるジーク・アルヴィリアが漆黒の剣を掲げている。


 かつての王国は団結を国是としていた。

しかし時が経つにつれ消えていき分断・対立が進んでいった。

そしてついに国は二つに割れ、王国は滅亡の危機に瀕している。


「おや? ここにいらっしゃいましたか?」


 背後から嗄れた老人の声が聞こえたため振り返ると大聖堂の入り口にトーマスが立っていた。


「ああ。軍議が終わって一人になりたかったからな」


 「左様で」と頷くとトーマスは歩き出し、こちらの横に来た。

二人でステンドグラスを見上げると「静かだ」と呟く。


「ふむ。大聖堂はいつも静かですな」


「いや、違う。ここのことでは無い。城が、王都が死んだかの様に静まり返っている。本来なら今ごろ千年祭で街は賑わい、人々は明るい表情を浮かべている筈だった」


 皆不安なのだ。

新生同盟軍とやらが王都を目指して進撃してきている。

王都が戦場となり、暴虐の限りを尽くされるのでは無いかと怯えているのだ。


「全ては不甲斐ない王のせい。父上が生きていればさぞ嘆かれるだろう……」


 軍議の間に使う円卓も随分と寂しくなっていた。

かつては王家に忠義を尽くした勇士たちは半数しか残っていない。

多くの者が戦場で死ぬか王家を見限って同盟軍に寝返った。

もはや王家の威光など地に堕ちている。


「クリスが━━弟が俺を討つというならばいい。王族同士の争いであるならばどちらが勝とうとも王家は残る。だがあの女だけは駄目だ。あの女に負けるということは王家そのものの敗北を意味する。それだけは認められない……!!」


 偽りの血筋であろうとこの国を治め、反映させてきたのは王家だ。

民あっての王。

だが王あっての民だ。

王家亡き後、あの娘に魍魎が蔓延るこの国を纏められるか?

更に酷い内戦へと突入するのではないか?

新しき風というのはそのリスクを負ってまで迎えるべきなのか?


「……トーマス。お前はどうする? 逃げるなら今の内だ」


 そう横で見ながら訊ねるとトーマスは首を横に振りながら苦笑した。


「長年王家に仕えて私もこの国に愛着を持っている。それにこの歳になると新しい風というのについていけません。変革はきっと魅力的で重要な事なのでしょう。ですが私のように枯れた木の枝には革命の風は強すぎる。きっと耐えきれずに折れてしまう。どのみち朽ちるのであれば私は王国という大樹と運命を共にしましょう」


「……そうか」


 そう思ってくれる人間がいてくれるとなんだか救われた気分になる。

自分は最後の王になるのだろうか?

後の歴史では暗愚と罵られるのであろうか?


(クリス……お前は何を考え、そっちにいる?)


 敵となった弟の顔を思い出す。

アイツはそんなに自分が、王家が嫌いだったのだろうか?

戦場で相まみえることがあれば訊ねよう。

どちらかが死ぬにせよ互いの本心を語り合いたい。

そう考えていると大聖堂に大股で鎧を着た男が入ってきた。


「陛下も此方にいらしてましたか!!」


 ダークブラウンの髪をオールバックにし、右目に眼帯を着けた中年の男性。

上等な衣服の上にマントを羽織り、腕には幾つもの傷跡が見える。


「エルメドール卿か。お前が大聖堂に来るとは珍しいな」


 そう言うと眼帯の男性━━エルメドール卿は「がはは!」と笑う。


「私は神頼みというのをしない主義なんですがな。次の戦は文字通り天下分け目の戦い。流石に今回ぐらいは女神様の機嫌を取っておこうかと。おっと、トーマス神父。別に女神様を冒涜している訳じゃありませんぞ?」


「ええ、分かっておりますよ。女神は常に我らを見守ってくださっています。きっとエルメドール卿の祈り応えてくださるでしょう」


 「そうだといいのですが」とエルメドール卿は肩を竦めると女神像の前に跪いた。

そして黙祷を捧げると立ち上がり、此方を向く。


「陛下、先ほどの軍議の通り私は明日先に発ちます。我が盟友ファルジアン卿の軍をはじめに約八万の兵が集結する予定です。敵は我らの二倍いますがご安心を。烏合の衆である奴らと違い我らは王家に忠誠を誓う猛者たち。それに聖アルテミシア騎士団が加われば負けることはありえません」


 エルメドール卿も次の戦が非常に厳しいものであることは理解している。

だがそれでも王家の勝利を信じているのだ。

ならば王として自分がすべきことは笑みを浮かべて頷くことだ。


「私も三日後に出る。私が到着するまでに先走るなよ?」


「がはは! それは保証できませんなあ! まあ、いい気になっている反乱軍どもにキツイ灸を据えてやりましょうぞ!」


 陽気に去っていくエルメドール卿を見送ると肩を竦める。

彼のおかげで重苦しい空気は吹き飛んだ。

さて、では自分も準備をしなくては。

アヴィリス平原。

英雄の名を冠する地にて雌雄を結するとしよう。


※※※


 オースエン領南部に広がるアヴィリス平原。

この地は王都への玄関口と呼ばれており、平原北部には双子山と呼ばれる二つの低山が存在しており、南東部にはアヴィリス湖と呼ばれる小さな湖がある。

この地はかつて帝都攻略のためにジーク・アルヴィリアが陣を構えたと言われている場所であり、そこからアヴィリスという名になったとされる。


 そんな英雄由来の地でアルヴィリア王国軍とアルヴィリアの末裔であるルナミア率いる新生同盟軍が激突しようとしていた。


※※※


 アルヴィス平原北部の街道沿いにイルミナ・ルウェイドは聖アルテミシア騎士団と共に布陣していた。

見張り用の櫓から南方を見つめ、時折り吹く冬の冷たい風に眉を顰める。


 ここからでは見えないが視線の先に反乱軍が集結している。

敵の兵力はおよそ十七万。

対して此方は八万に届くかどうかと言ったところだ。

まさに王国存亡の危機。

この一戦で全てが決まるだろう。


「……ま、どうでもいいのですけれども」


 王国の存亡など自分にとってはどうでもいい。

王家や大公などに忠誠は誓っていないし、むしろあんな連中滅べばいいと思っている。

私が忠誠を誓うのはただ一人。

神聖にして不可侵。

真の英雄。

聖女レグリアだけだ。


 今でも彼女に出会った時のことを思い出す。


 貧しい家に生まれた娘というのは悲惨なものである。

自分も例外では無く、私は両親に奉公という名の人身売買で売られた。

私を買ったのはメフィル家傘下の弱小貴族であり、とんでもないゲス野郎だった。


 幼児性愛者でサディストの男は私の様に捨てられた子供を買っては壊していたのだ。

私も他の子と同様に暴行を受け続けた。

泣いて許しを請うても男は興奮するだけであり、私は男の屋敷で早く殺されて楽になるのを待っていた。

どんな酷いことされても涙一つ流せなくなった私に男は飽き、地下牢に捨てられた。

食事も水も与えられず、このまま朽ちていくのだと思った。


 彼女に出会ったのはそんな時だった。

 

 闇に差す光。

冷たい刃から滴る血。

女神の如き美しい騎士。

生きる事を諦めていた私に聖女は手を差し伸べてくれた。


 それから私の人生は激変した。

私は自分を救ってくれた聖女に尽くすと決め、聖アルテミシア騎士団に志願した。

幸い私には武芸の才があり文字通り決死の鍛錬を行い、戦場では常に先陣を切った。

何度も死にかけ、だがそれでもあの方の部下として相応しくなろうとした。


 だが鍛錬すればするほど、戦場に出れば出るほど格の違いを思い知る。

あの方は完成された存在。

私たち如きが支えようなどと思い上がった考えだ。

あの方の歩みを止める障害となってはいけない。

障害は排除しなくてはいけない。

それ故に━━。


「……っち」


 舌打ちする。

ルナミア・シェードラン。

あの方の前に立ちはだかる大罪人。

あの女の事を考えると苛立ってしょうがない。

次の一戦で必ず捕らえ、償わせよう。

生きたまま全身の皮を剥ぎ、至高の存在に敵対した事を後悔させてやろう。


「ふふ……。楽しみですわ」


 その時のことを想像し、笑みを浮かべると櫓を降りて至高の方のもとへ向かうのであった。


※※※


 そよ風が吹く草原にルナミア・シェードランは居た。

馬上から地平線を眺め、青空を流れる雲を見送る。

一人になる時間が欲しくなり護衛も付けずに陣を抜け出して来てしまった。

あとでヴォルフラムに死ぬほど嫌味を言われるだろうが来てよかった。


「静かね」


 ここは静かだ。

兵士たちの騒めきも諸将の視線もない。

これから戦場となるとは思えないほどに静かで長閑な地だ。

ジーク・アルヴィリアも決戦前にこうして青空を見上げていたりしていたのだろうか?


「……あと少し」


 あと少しで全てが終わる。

血で血を拭う争いに終止符を打ち、平和な時代がやってくる。

だからこそ気を抜けない。

甘えを捨て、徹底的に終わらせなければいけないのだ。


 深呼吸をする。

肺が冷たい空気で満たされ、心の芯まで冷たくなったような気がする。


 王軍に勝つだけでは駄目だ。

戦争を終結させたあとの"処理"が重要になる。

そのための布石は既に打ってある。

ミカヅチの忍びを利用して同盟軍に参加している諸侯の動向を探らせている。

もし"私が目指す未来"の妨げになりそうな奴がいるなら"処理"しなければいけないのだ。


「……処理、か。私はきっとろくな死に方をしないでしょうね」


 自虐的な笑みを浮かべると首を横に振る。

邪念だ。

今更後悔しても遅い。

不要な感情は捨て機械の様になり、より良い世界を目指す。

それが私の責務だ。


 馬の手綱を引き反転すると同盟軍の陣に向かう。

さあいよいよだ。

この地で決着をつける。

敵を悉く討ち滅ぼし、王都へ進軍するのだ。

そう強い決心を秘めながら私は馬を駆るのであった。

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