第72節・異形の城


 ガーンウィッツの町の正門前は避難する人々で溢れかえっていた。

反大公軍の兵士だけではなく投降した大公軍の兵士たちも避難活動に協力しており、町の人々の避難が完了するまで辺りを警戒していた。

正門以外からも人々を脱出させているが避難が完了するまでまだ時間が掛る。

そしてこうやっている間にも敵が防衛線を突破しようとしているのだ。


「おい! 荷馬車が倒れた!! 誰か退かすのを手伝ってくれ!!」


 反大公軍の兵士の言葉に大公軍の兵士が頷き、共に倒れた荷馬車を退かしていく。

どうにか荷馬車を道の端に動かすと兵士たちは一息吐き、ここからでも見える巨獣の方を向く。


「……どうしてこうなっちまったんだ?」


「さあな。でも俺たちがやるべきことは分かっているはずだ」


 兵士たちは頷く。

今は敵味方も無い。

過去の因縁などは忘れて一致団結する時だ。

でなければあの化け物たちによって全滅させられてしまうだろう。


「よし、取り敢えず見張りを続け━━」


「敵に突破されたぞ!!」


 遠くからの声に兵士たちはハッとする。

慌てて声の方を見れば多数のテンシモドキたちが防衛線を突破し、避難中の民に向かって突撃を行っていた。


 迫りくるテンシモドキを見た民はパニックを引き起こし、我先に逃げようと押し合いになってしまっている。

一部ではドミノ倒しのようになってしまいこのままでは互いに押しつぶしあって犠牲者が多数出てしまうだろう。


「陣形を組め!! 一匹たりとも通すなぁ!!」


 避難の指揮を執っていた騎士の指示のもと兵たちは通りを塞ぐように陣形を組む。

敵は凄まじい再生力と身体能力を持つ怪物だ。

この数の兵では防ぎきれないかもしれない。

だがそれでも、例え全滅したとしても敵を後ろに通すわけにはいかないのだ。


「覚悟を決めるぞ!!」


「応!!」


 兵士たちが槍を構え、テンシモドキたちを迎え撃とうとする。

その瞬間━━氷塊が降ってきた。

多数の氷塊が上空より敵に降り注ぎ、敵を押しつぶしていく。

突然のことに驚き見上げるとドラゴンが居た。

青黒い鱗を持つ大きなドラゴン。

それが羽ばたきながら多数の魔方陣を展開し氷塊を放っている。


「ドラゴン……だと?」


 更にその背中から何かが飛び降りた。

それは光の翼を生やした少女だ。

彼女は着地の直前に風を身に纏い減速すると兵士たちの目の前で静かに着地する。

そして氷塊を突破してきた一匹のテンシモドキの首を右手の剣で刎ねると同時の左手から炎を放ち敵を焼き払う。


「ルナミア・シェードランか……!!」


 ルナミアだ。

ルナミアがドラゴンのから飛び降り、目の前に現れた。

敵を倒した彼女の後姿はまるで絵画の中の女神のようであり兵士や民は歓声を上げるのであった。


※※※


 私は自分が焼き払った敵を確認すると剣を構えなおす。

フェリアセンシアの言う通り敵は魔獣ではなく別の何かのようだ。

こいつ等を倒すには核をピンポイントで破壊するか全て吹き飛ばすような攻撃をするしかない。


「……厄介な相手ね!」


 そう言うと隣にフェリアセンシアが着地し、氷塊を次々と突破してくるテンシモドキに向かって口から冷気を放って一気に凍らせた。


「総員! 今のうちに敵を破壊しなさい!!」


「は、はい!!」


 後方にいた兵士たちが私の指示を受け突撃を開始する。

そしてフェリアセンシアが凍らせた敵を次々と砕いていった。


 その光景を見届けると後方にいる民たちの方を見る。

彼らは避難誘導を行っている兵士たちの指示に従って町からの脱出を再開している。


(間一髪だったようね)


 最初は辺境伯軍のところに着地しようと思ったのだが敵が防衛線を突破したのを上空から見て気がつき、慌てて正門の方に向かったのだ。

押し合いになったことで犠牲者が出てしまったようだがアレに襲われて虐殺されずに済んだ。


「ルナミア様!!」


 脇道の方から知った声が聞こえてきたためそちらを向くとエドガーたちが慌てて此方に駆け寄ってきていた。

彼は私の背中から生えている翼にぎょっとすると「どうしたんですか!? それ!?」と訊ねてくる。


「いや……私も良く分からないわ。なんか気がついたら生えていた━━あ、消えた」


 エドガーと話している間に私の背中から光の翼が消えた。

それと共に先ほどまで感じていた妙な感覚が消えたため私は首を傾げる。


(翼が出ている間、魔力が高まっていた?)


 着地の際に使用した風の魔術も、敵を焼き払った炎の魔術も本来よりも力を増していた。

あの翼、自分で制御できないだろうか?


「……駄目ね。自分の意志では出せなさそう」


 そう言うと肩を竦め、それからエドガーや彼から遅れてやってきた他の仲間たちの顔を見た。


「状況は?」


「現在民を逃がすため防衛線を敷いております。敵の攻撃は激しく、徐々に後退していますがどうにか持ち堪えられています」


 この通りの隣にある通りを辺境伯軍は防衛しているとのことだ。

敵の数は多く、しかも通常の攻撃では倒せないため大苦戦しているとのことだ。

あと懸念すべきことは一つ。


「ベヘモスね」


 あの巨獣が動き始めたら大変なことになる。

その前に何としてでも奴を倒さなければ。

そしてその方法は━━。


※※※


「ガンツ兵士長、ランスロー卿。軍のことを任せます。可能な限り時間を稼いでください」


 私は辺境伯軍に合流するとすぐにこれからのことを話した。


 ベヘモスを倒すには奴の核を破壊するしかない。

そしてあの魔獣の核を破壊するには奴の体に張り付き、体内に入るしかないだろう。

ベヘモスの核は本体側ではなく奴と一体化しているガーンウィッツの城の方にある。

奴に取り込まれたときに……奴の記憶と混じった時に私は核がどこにあるのかを理解していたのだ。


 ベヘモスに対する攻撃は少数精鋭で行う。

フェリアセンシアの背中に私とエドガー、メリナローズにエル、そしてアーダルベルトとクロエを乗せて一気に敵に取り付く予定だ。

その後はベヘモスの体内へと突入し、核を破壊しに向かう。


「ルナミア様、御武運を」


「ここは我らの正義で敵を1匹たりとも通さぬ!」


 ガンツ兵士長とフランツに「武運を」と返すとフェリアセンシアの尻尾を伝って背中に登った。

最後にクロエが登るとフェリアセンシアが『お、重……』と呟いたため私たちは小さく笑う。


「さて、決死隊になるわよ。みんな、覚悟はいい?」


 私の言葉に仲間たちは頷く。

これからやることははっきり言ってリスクが高すぎる作戦だ。

だが私は信じている。

必ず作戦は成功し、誰一人欠けることなく帰還できると。


 フェリアセンシアが翼を大きく広げて羽ばたき始める。

そして私たちはガーンウィッツの町から飛び立ち、巨獣へと向かうのであった。


※※※


 町の上空に出ると私たちは改めて敵の巨大さを認識した。

ガーンウィッツの城よりも一回りも大きいのだ。

あれが動き出したらどれだけの被害が生じるのか……。


「前方! 何か来ますわ!!」


 エルが指さす方向を見ればベヘモスの背中から多数の魔獣が飛び立っていた。

あれはベールン会戦の時にも表れたワイバーン型の魔獣だ。


 ワイバーンたちは此方に向かって一斉に赤い光線を放ってきたためフェリアセンシアが『突破しますよ!』と翼を畳み、急降下を行う。

そして光線が頭上を通過すると再び翼を広げ、急上昇を行いワイバーンの群れの中に突入した。


「ちゃんとしがみつくのよ!!」


 アーダルベルトがエルの腕を掴みながらフェリアセンシアにしがみつき、そう言ってきたため私たちは頷き振り落とされないようにする。


 フェリアセンシアはワイバーンの群れを突破することに成功したがすぐに敵も反転し追撃してくるのが見える。

後方から放たれる光線を必死に避けながらベヘモスに接近するが突如ベヘモスが身震いを始めた。


『!!』


 直後、ベヘモスの背中から生えている巨大な触手の先端からワイバーンたちの比では無い凄まじい出力の光線が放たれる。

フェリアセンシアはそれを体を捻ってどうにか避けるが僅かに掠めたようで翼の先端が

焼け焦げていた。


「大丈夫!?」


 慌ててそう訊ねるとフェリアセンシアは頷く。


『大丈夫ですがー。ちょーっと近づくのは難しいですねえ』


 後方からはワイバーンの群れ。

前方からはベヘモスによる攻撃。

触手は頭部に向かうほど増えているためあの巨大な魔晶石付近に降下するのは難しいかもしれない。


 私はフェリアセンシアの身体から身を乗り出しベヘモスの方を見るとベヘモスの後方、ちちょうど奴の尻の上あたりが敵の死角になっていることに気がついた。

あそこは城の正門があり、胸壁に着地できるようになっている。

また背中の中央には城があるため触手による砲撃がし辛いはずだ。


「フェリアセンシア! あそこに私たちを降ろして!!」


『承知しましたー!』


 フェリアセンシアは後方からの攻撃を避けつつ降下を行い、正門の上空に到着する。

その瞬間であった。

城の影から一匹のワイバーンが突如現れフェリアセンシアに体当たりを行おうとする。

それをフェリアセンシアはどうにか避けようとするがそれよりも早く敵の尾が私の胴に巻き付いた。


「ちょ!?」


 そしてそのまま私はワイバーン型の敵に連れ攫われて行くのであった。


※※※


「こ、こいつ! 離しなさい!!」


 私は敵に攫われ必死に藻掻くが体に巻き付いた尾が外れない。

どうにか鞘から剣を引き抜きワイバーン型の尾を斬ろうとするが気がつく。


(こ、ここで斬ったら落ちるわ!?)


 どうにか足場がある場所に移動できないだろうか?

というかこいつは私を攫ってそのまま何もしてこない。

私を殺すのならばこのまま尾を離してしまえばいいのに。


「……運ばれている?」


 ワイバーンから敵意を感じないことに気がつき、運ばれながら辺りを見渡すと城の東側にある尖塔へと向かっていることに気がついた。

そしてワイバーンは塔のテラスの上に到着すると私を離して飛び去ってしまう。

放り投げられるようになった私はテラスを転がり、ゆっくりと起き上がると飛び去って行ったワイバーンを見る。


「そう、サシでやり合いたいわねけ」


 これは彼からのメッセージだ。

決着は私たちだけで着けようという。


 テラスから正門の方を見ればフェリアセンシアがどうにか敵の追撃を振り切ってベヘモスの左前足の方に降下していくのが見えた。

恐らくエドガーたちは無事だ。

彼らも降下後、すぐにベヘモスの核へと向かうだろう。

ならば私もこんなところで突っ立て居ないで動くとしよう。


 そう考えると私は一人で頷き、テラスから尖塔の中へと歩き始めるのであった。


※※※ 


 尖塔からベヘモスの背中を伝い、城の中に入ると私は直ぐに息を呑んだ。

城の中は異界と化していたのだ。

壁はベヘモスの体表と一体化しつつあり、白い膜のようなもので覆われている。

天井も変質しつつあり、ところどころおぞましい触手のようなものが蠢ていた。

そして何よりも驚愕したのが……。


「……人、よね」


 壁や床と一体化した人間がそこら中にいた。

彼らは助けを求めるように手を伸ばし、体が壁や床と一体化している。

きっとこの城の中に居た人々なのだろう。

城がベヘモスと一体化したときに巻き込まれ、共に取り込まれたのだ。


 私は城の中の惨状に眉を顰めながら慎重に進む。

城は魔獣と一体化したり崩れていたりしているが構造は以前訪れた時と変わらない筈だ。

この廊下をずっと進み、階段を昇れば━━。


『逃げずに一人で来たのか』


 声が聞こえた。

壁から、床から、あらゆる方向から声が聞こえて来る。


「貴方のお望みでしょう? わざわざ私だけを攫って」


 警戒しながら歩き続ける。

何かを仕掛けて来る気配は無いが油断は出来ない。


『ヒトの心にずけずけと……。相変わらず腹の立つ奴だ』


「それはお互い様でしょう? 貴方も私の心を見たはず」


 通路を塞いでいた壁が動き始め道が出来る。

自分のところまで来いと言うことか。


『確かに見た。そして再認識したよ。貴様とは決して相容れない』


「それは良かった。私も貴方とは相容れないと思っていたから」


 全方向から視線を感じる。

ここは彼の体内。

彼は私の動きを全て把握しているのであろう。


 階段に到着した。

ここを登れば領主の間。

そしてそこは決戦の場になる。


 私はゆっくりと階段を登り始め、その度に辺りからの圧が強まって来る。

いつかこんな日が来るとは思っていた。

だがこんな形になるとは思わなかった。

それはきっと彼も同じだろう。

人の姿を捨ててでも縋りつこうとした玉座、権力━━いや、彼にとって彼であるための全てを私はこれから奪う。


『貴様は━━━━俺が思っていたよりも歪んでいたな』


「それはお互い様でしょうね。私も貴方がそこまで歪んでいたとは思わなかったわ」


 私にも”歪み”はある。

だがそれはリーシェが、他のみんなが居たから表に出ないで制御ができていた。

だが彼にはそれが無かった。

彼には必要だったのだ。

本音を言える相手が、全てをぶつけられる人間が。

そうすればこんなことには━━。


「”たられば”の言葉は不要ね」


 過去は変えられない。

起きてしまったことは受け入れるしかない。

そしてだからこそ私は現在を、未来を常に選ばなければいけないのだ。


「…………」


 領主の間の扉に到着する。


 大きく息を吸い、勢いよく扉を開けると彼が居た。

大公のみが座ることを許された玉座。

力と権威の象徴に大きく姿を変えた彼が居た。


 顔はまるで髑髏のようであり眼窩の中に赤い光を輝かせている。

体の大きさは人間だったころよりも一回り大きくなっており、胴体は純白の鎧と一体化したかのようになっている。

そして背中にはまるで天使のような翼を生やしており、その姿は得体のしれない不気味さと威圧感を放っている。


「レクター……。随分と不細工になったわね。貴方の内面が表に出たかのようよ」


『減らず口を。今、俺は力に満ち満ちている。お前には分かるまい、この感覚が。俺は知った。俺は力を得た。望みを叶えたのだ! 全てのものを畏怖させる絶対的な力。ああ、だがなぜだ? なぜ叶えたというのにこの空虚感は消えない?』


「━━それは貴方が一番良く分かっているはずよ」


 そう言うとレクターはカラカラと喉を鳴らして笑い頷く。

そしてゆっくりと立ち上がると漆黒の剣を手に私と相対した。


『よお、我が従妹。いい加減目障りだ。終わらせようじゃないか』


 私はゆっくりと構える。

分かる。

レクターの力は圧倒的だ。

今、私の目の前にいるのは憎らしい従兄でも、小心者の大公でもない。

正真正銘の魔人が立っているのだ。


「そうね、我が従兄。終わらせましょう。貴方の苦悶も、私の苦悩も」


 互いに剣を構え合い、敵意をぶつけ合う。

そして僅かに風が吹いた瞬間、ほぼ同時に突撃を開始するのであった。

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