第44節・塔上の狙撃手


 町の中心である大市では連合軍と反大公軍による激しい戦闘が行われていた。

両軍とも大市を制圧しようと死に物狂いで戦っており嘗て人で賑わった大通りには無数の屍が積み重なっていた。


 大市に続くある通りでは大市に向かおうとする反大公軍とそれを阻止しようとする連合軍の間で一進一退の攻防が繰り広げられていた。

連合軍は通りを塞ぐように陣を組み、接近を試みようとしている反大公軍に矢を放ち続け、そしてそれを突破した敵軍を槍で突いて討ち取っていた。

反大公軍は連合軍の堅固な守りに攻めあぐね、被害が増える一方であった。


「よおし! このまま押し返し続けろ!!」


 連合軍の指揮を執っていた貴族がそう言うと兵士たちが「応!!」と拳を振り上げる。

連合軍の士気は高い。

対して反大公軍は此方の部隊を突破できず焦りと苛立ちから士気が低下し始めている。

このままならば敵軍は潰走するだろう。


(所詮は烏合の衆よ! 足並みが揃わなければこの様だ!!)


 一斉に町になだれ込んだ連合軍と違って反大公軍は各部隊がバラバラに動いたため味方と連携が取れず各所で連合軍に押されている。

連合軍はこのまま反大公軍を各個撃破し壊滅させる。

それがヴォルフラム・ブルーンズとミクローシュ・メフィルの戦略であった。


「敵が下がります!!」


 前列で槍を持っていた兵士が前方を指さすと先ほどまで必死に前進しようとしていた反大公軍が後退を始めていた。


「奴らめ!! これ以上の被害を出せぬと退いたか!! 全軍、前進!! このまま押しつぶ━━」


「べ、別の敵が来ました!!」


「なぁにぃっ!?」


 再び前方を見れば退いた部隊と入れ替わる様に別の部隊が前進してきた。

その部隊を見た兵士たちは「な、なんだアレは……?」と動揺し、思わず一歩下がる。


 鉄塊だ。

鉄塊が列を成して進軍してきていた。

非常に強固な板金鎧を身に纏った一団が通りを塞ぐように列を成し、体がすっぽりと収まるような大盾を持ちながらゆっくりと前進してきている。


『総員!! たーてー、構えっ!!』


 列の中央に居る一際重厚な鉄塊が指示を出すと敵部隊は一斉に大盾を構える。


『はーいぃ! よく出来ましたぁ!! じゃあ……進めー、前!! いっちにーさっん、しっ!!』


 間の抜けた号令と共に鉄塊が再び前進してくる。

それを見て慌てて「矢を放て!!」と指示をすると弓兵隊が鉄塊目掛けて矢を放った。

しかし矢は全て鉄塊の大盾や鎧に弾かれ地面に落ちていく。

まるで鉄の壁だ。

鉄の壁が此方を押しつぶそうと前進してきている。


「だ、駄目です!! 弓じゃ止められません!!」


 兵士の報告に歯ぎしりをすると「火炎魔術師隊!! 攻撃を開始しろ!!」と後方にいた魔術師部隊に指示を出す。

それにより魔術師たちは一斉に火球を放物線を描くように放ち始め、火球は鉄塊部隊に降り注ごうとする。


『来ましたぁ!! みなさーん!! 陣形行きますよぉ!!』


『おおぉ!!』


 敵部隊は号令と共に即座に陣形を変えた。

前列が正面に盾を構え、後列の兵士たちは頭上に盾を構えることで前方と頭上からの攻撃を防ごうとする。


「馬鹿め!! 矢ならばまだしも魔術による火球を防げるはずがあるまい!!」


 火球が敵部隊に着弾する。

爆発が次々と起こり、敵部隊はあっと言う間に炎の中に消えた。

重装甲の部隊で此方を突破しようと考えていたみたいだが甘い考えだ。

此方には魔術師隊がいる。

足の遅い板金鎧の兵士はいい的である。

奥の手を潰された反大公軍は今度こそ撤退するはず。

そう思い再び前進の指示を出そうとした瞬間、炎の中に幾つもの影が現れた。


「……ま、まさか」


 鉄塊だ。

鉄塊が先ほどの陣形のままゆっくりと進軍してきている。


「あ、ありえん!? どうやってあの炎を……!?」


 気が付いた。

奴らの盾。

その表面がうっすらと光の膜で覆われていることに。

あれはまさか━━。


「━━魔術障壁だと!?」


 聞いたことがある。

盾や鎧に魔術障壁を付与する技術をドワーフたちが持っていると。

彼らと長年対立しているエルフ族が魔術に長けているため、その対抗策として魔術付与の技術をドワーフの技師や鍛冶師たちは持っていると言う。

だがそれをどうして反大公軍が……。


「奴ら……シェードラン辺境伯軍か!?」


 シェードラン辺境伯家は内戦の戦火から逃れた亜人種が集まっている。

奴らにドワーフの鍛冶師たちが味方していてもおかしくはない。


(い、いかん!! どうにか止めねば!!)


 そう思った瞬間、炎から完全に脱出した鉄塊隊がぴたりと止まった。

そして盾を構えるのを止めた瞬間。


『総員、吶喊!! 全力疾走ーっ!!』


『突撃ぃー!!』


 鉄塊が一斉に走り始めた。

その姿からは想像ができないほど俊敏に動き、物凄い速度で突撃を仕掛けてくる。


 味方の兵士たちは完全に虚を突かれ、大重量の板金鎧兵の体当たりを喰らったことによって前列が吹き飛ばされる。

そしてあっと言う間に陣形が崩れると鉄塊隊が二つに分かれ道を作り上げた。


「勝機あり!! コーンゴルドの騎士よ!! 俺に続けぇっー!!」


 鉄塊隊が切り拓いた道をシェードラン辺境伯軍の騎兵隊が突き進む。

そして此方の陣形を更に大きく崩し、前列は完全に崩壊するのであった。


※※※


 エドガーは敵の前列を突破すると敵の指揮官と思わしき貴族を見つけ突撃を行った。

貴族は突撃をする此方を見ると大いに動揺し、落馬しそうになっていた。


「悪いが容赦なく討たせてもらう!!」


 槍を構え態勢を大きく崩している敵の貴族を狙うが、貴族の護衛と思われる騎士が彼を庇うように前に出てきた。

敵も槍を構え、此方に向かって突撃をしてきたため互いに激突するように槍を突き出す。


 槍の先端が互いに触れ、狙いが逸れると鎧の肩当てを掠める。

互いにそのまますれ違うとすぐに馬を反転させ、再度突撃を行った。


 敵も反転をし終え、再び槍を突き出して突撃を仕掛けて来たため咄嗟に姿勢を低くして槍を横に構える。

すると敵の槍は背中のすぐ上を通過し、こちらの槍は敵の腹を殴打する形になり敵がひっくり返るように落馬した。


 頭から落ち、首の骨を折った敵が動かなくなるのを見るとすぐに最初に狙っていた貴族の姿を探す。


「……逃したか」


 あの貴族の姿は無い。

恐らく自分が戦っている間に逃げたのだろう。

通りに陣取っていた敵軍は潰走を始めており、辺境伯軍の兵士たちが逃がすまいと追撃を行なっている。


「エドガー!」


 後方から馬に乗ったルナミアがやって来ると彼女はこちらの横に並ぶ。


「よくやってくれたわ。敵は後退。私たちはこのまま後続のためにこの通りを確保します」


「分かりました。兵には深追いをしないように伝えます」


 大市は乱戦状態だという。

不用意に突っ込めば大きな被害を受けてしまうかもしれないだろう。


 兵に追撃を止めるように指示を出すのとほぼ同時に反大公軍に参加しているウィーラ男爵家の伝令がやって来た。


「ルナミア様! ただちに港へお向かい下さい!!」


 伝令の言葉にルナミアは眉を顰めて首を傾げると「バードン伯爵には大市への通りを確保しろと言われていますが?」と伝令に言う。


「は! 通りは我らが確保しておきます! 港に向かった部隊がクルギス軍に苦戦しており至急救援を請うとのことです!!」


「……男爵は救援に向かわないので?」


「え? あ、その、我らは戦いで負傷者が多く……足手纏いになる可能性がありますので……」


 伝令の歯切れの悪い言葉にルナミアは不機嫌そうにため息を吐く。


「まあいいわ。我らはこれより港に向かいます。この通り、何がなんでも死守するように男爵にお伝えください」


「か、かしこまりました!!」


 伝令が慌てて去って行くとルナミアは大きくため息を吐く。

そして横目でこちらを見ると「良いように使われているかしらね?」と苦笑した。


 恐らくウィーラ男爵は通りの確保を己の手柄にするつもりだ。

手柄は安全に手に入れ、危険な場所には別の部隊を向かわせる。

汚い奴だ。


「……しかしクルギス軍に苦戦、ですか。油断でもしましたかね?」


 町にいるクルギス家の兵の数は少ない。

更に反大公軍と連合軍の奇襲を受けたため戦わず逃げている兵もいると聞く。


「港はクルギス家にとっても生命線。あそこだけは死守しようとしているのかも」


 そう言うとルナミアは南の方を見た。

そちらには港方面を見渡せる塔があり、ルナミアは少し思案すると頷く。


「エドガー、兵の一部を率いてエルと一緒にあの塔を制圧しなさい。制圧後はエルに上から援護射撃をしてもらいます。その間に私は他の兵を率いて港の制圧に加わります」


 大弓使いのエルが高所に陣取れば狙撃による援護が出来る。

ルナミアはそう判断したのだろう。


「分かりました。すぐに兵を率いて塔を制圧します。そちらはお気をつけて」


「そっちこそ気をつけて。塔が制圧出来なさそうならすぐに諦めて私たちに合流しなさい」


 ルナミアに頷きを返すと彼女は「またあとで」と言い、ガンツ兵士長に部隊を二つに分ける事を話しに行った。


「よし、エドガー。気合いを入れ直せ」


 戦いはまだ始まったばかりだ。

緒戦で勝利したことに気を緩めず塔の制圧を行うとしよう。

そう考えながら馬の手綱を引っ張り、他の騎士たちのもとへ向かうのであった。


※※※


 北門から港に続く大通りでの戦いはクルギス・民兵軍優勢で進んでいた。

反大公軍側は指揮していた貴族が矢傷を負い後退したため士気が大いに低下したのだ。


 ミリは敵に態勢を立て直す隙を与えてはならないと考え、味方の弓兵にこのまま激しい攻撃を加え続けろと指示を出す。


 弓を構えて狙うのは仲間に指示を出していそうな騎士や兵士。

指揮をする者が次々と討たれれば敵の動きは更に鈍くなるだろう。


(いけるわ……!!)


 反大公軍は既に逃げ腰だ。

あともう少し押せば逃げ散るであろう。

そう思い更に矢を放とうとした瞬間、それを感じた。

尖った耳がピンと張り、嫌な風を頬で感じた。

ほぼ直感でその場を跳ね退くと風を切り、何かが先ほどまで立っていた場所に突き刺さる。


(……矢!?)


 それは矢であった。

自分が扱うものよりも数倍大きな矢。

それが建物の屋根に突き刺さり、砕いている。


「大弓か!?」


 それもとんでも無く大きいタイプのだ。

再び風を感じ、二発目が放たれたのだと気がつくとすぐに屋根の上にいる兵士たちに逃げるように叫ぶ。

だが兵士たちが動くより先に二発目の矢が屋根の端にいたクルギス家の弓兵を貫いた。


(……どこから!?)


 近くにあった煙突の影に隠れると撃たれた兵士や自分が最初に立っていた場所を見る。

矢は二つとも斜め上かは突き刺さっている。

つまり矢は上から降ってきたということだが曲射でこれ程までの精度で当てられるとは思えない。

ならば……。


「あそこね……」


 遠くの方にある塔。

あそこからなら屋根の上にいる兵士を狙撃できる。


 じっと様子を伺うと予想通り塔から矢が放たれ、物陰に隠れようとしていたエルフの民兵を貫く。

あの距離からこれだけの命中率。

相手は凄腕だ。


(やるしかない……か)


 塔にいる狙撃手のせいで下の援護が出来なくなってしまった。

このままでは反大公軍が態勢を立て直し、リーシェたちが危なくなる。


「私が接近してあの狙撃手をやる! みんなはリーシェたちの援護を!!」


「危険だぞ! 近づく前にやられちまう!!」


 クルギス家の兵士の言葉に私は「危険は慣れっこよ」と笑みを浮かべると兵士はやや躊躇ってから「こっちは任せろ」と頷いた。


 私はしばらく待つ。

敵が次に矢を放った瞬間、一気に駆け出すつもりだ。


「さあ、撃ちなさいよ」


 待つ。

息を呑み、様子を伺い。


(来た!!)


 矢が放たれた。

別の煙突に隠れていた兵士が頭を出した瞬間に矢が放たれ、私はそれと同時に駆け出すのであった。


※※※


 塔の上で大弓を構えたエルは「ふぅ」と静かに息を吐いた。

二発放ったことにより屋根の上にいた敵兵は逃げ出し、煙突などの影に隠れた。

これで通りにいる味方も少しは戦いが楽になるだろう。


(それにしても妙な敵ですわね)


 敵はクルギス家の兵士以外にもエルフやドワーフ、ゼダ人までも混じっている。

クルギス家が傭兵を雇ったのだろうか?

いや、それにしては動きがぎこちない。

クルギス兵以外はまるで素人だ。


(わたくしたちは何と戦わされているのでしょうか?)


 どうにも反大公軍は信用ならない。

辺境伯軍は奴等に良いように使われているだけじゃないだろうか?


「……まあ、反大公軍とどう接するかはルナミア様次第ですわ、ね!」


 三発目の矢を放つ。

煙突の影から不用意に顔を出した敵を狙った射撃だ。

すると矢を放つのと同時に別の煙突から敵が飛び出して来た。


 エルフだ。

弓を持ったエルフの娘が此方目掛けて走ってくる。


(あのエルフは最初の……)


 一発目の矢を避けたエルフだ。

私が矢を外すことは滅多に無い。

故に避けられた時は非常に驚いたが……。


「手練れですわね」


 恐らく矢が飛んできた方向などから此方の位置を割り出したのだろう。

周りをよく見ている。

そういう奴は非常に厄介である。

故に。


「……潰させて貰いますわ」


 大弓の弦を引き向かってくるエルフを狙う。

敵が遮蔽物の無いところまで来るのを待ち、放った。

大弓から矢が放たれ、風切り音を出しながら敵の頭に向かって一直線に飛んでいく。

それに対して敵は咄嗟に身を屈めた。


「!!」


 避けた。

敵は此方の放った矢の下を潜り突破して来たのだ。

矢を撃つタイミングを読まれていた?

いや、それはありえない。

ならば放たれた矢を見ていた?

それもありえない。

大弓から放たれた矢は目で追うことができないほど速い。

ではいったいどうやって……?


(考えている場合じゃありませんわね!)


 これ以上敵の接近を許してはならない。

矢筒から矢を三本取り出すと大弓に番える。


「さあこの連射、躱せますかっ!!」


 そう言うと三本の矢を高速で連射するのであった。


※※※


 ミリは駆け続けながら狙撃手が矢を連射したことを察知した。


(あの大きさの矢を連射できるの!?)


 とんでもない筋力だ。

思わず感心してしまうが今はそれよりも……。


「躱しきれるかっ!」


 敵の矢は速い。

一本一本を大きく躱していては躱しきれない。

ならばと矢の軌道を予測しまず首を右に大きく傾げた。

すると一本目の矢が左肩のすぐ上を通過する。

そのまま今度は思いっきり跳躍すると足の裏の下を矢が通過する。

そして最後に着地と同時に塔に対して体を横に向けた。

三本目の矢は胸の前を通過し、三本目の矢を避けると口元に笑みを浮かべた。


「リーシェには出来ない回避!!」


※※※


「貧乳で避けられた……!?」


 三本目の矢はそれなりの大きさを持っていれば命中した筈だ。

あのエルフ……自分の身体を良く理解している!

己の胸の無さに自信があるからこその回避方法。

自分には出来ない避け方をしたあのエルフを内心で称賛しつつ弓を構え直す。


 敵はどんどん迫ってきている。

いい加減止めないと危険だろう。


(普通の射撃では止めらないのであれば……)


 矢を一つ取り出す。

他の矢とは違い鏃が魔晶石になっている。

発射時に鏃に魔力を込め、着弾と同時に爆発する矢であり本来は攻城戦などで使用するものだ。

人に撃つにはあまりにも威力があり過ぎるが……。


「加減して止められる相手じゃありませんわね!」


 魔力を矢に込め、薄っすらと目を開ける。

狙うは敵では無くその一歩手前。

矢が躱されるなら躱せない場所に撃てば良い。


「さあ! これにはどう対処しますの!」


 そう言うと限界まで引いた弦から手を放し、矢を放つのであった。


※※※


(また来た!)


 今度は一発だ。

連射を回避されたのを見て一発一発を正確に撃つ方に変えたか?

なんであれあともう少しで塔に辿り着く。

この矢も落ち着いて避ければ……。


「!?」


 矢が刺さった。

自分より一歩前の屋根に。

偏差撃ちをしようとして外したか?

いや、違う。

この敵はそんなミスをしない。

ならば……。


「しまった!!」

 

気がついた。

矢に魔力が込められていることに。

これは森のエルフが使う魔力矢だ!

そう判断した瞬間飛び退くがそれより早く矢が爆発する。

そして私はそのまま爆風で吹き飛ばされ、建物の屋根から落下するのであった。

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