第21節・轟雷の白象


 野営地中央ではヨシノとジグザの一騎討ちが行われていた。

両者は既に何度も斬り結び、月光に照らされた刃が交差する。


 手強い。

それがヨシノがこの敵に思ったことである。


 この男は巧みに大斧を扱い、此方の攻撃を弾いている。

太刀を上から振り下ろすと敵は体を逸らして避け、そのまま大斧を横に薙いで来る。

それをしゃがんで避け、頭上を敵の刃が通過すると立ち上がりながら太刀を下から上に向けて振った。


 太刀の攻撃を後方への跳躍で躱し、着地と同時に踏み込んできた。

振り下ろされた大斧を太刀で受け止めるが体が大きく押される。


(やはり力負けするか!)


 どうにか踏み止まり、競り合うと敵の武器を弾くように後ろへ逃れる。

そして太刀を構え直し、息を整えると敵も同様に武器を構え直した。


「一つ、訊き忘れていることが御座いました」


 ヨシノがそう言うとジグザは首を傾げた。


「お名前をお聞きしたい。我が名はヨシノ・キオウ。そちらは?」


「……ジグザ。ジュズ族のジグザだ。キオウと言うことは……」


 ジグザの言葉にヨシノが頷く。


「私はリョウマ・キオウの娘だ」


「どうりで手強いわけだ。キオウ大公の子が相手ならば全力を出して戦わねばならぬ!」


「こちらも、持てる力を全て出そう!」


 ヨシノが敵との間合いを詰める。

彼女が太刀を下段に構え、敵の足を狙った斬撃を放つとジグザは大斧を縦にし、太刀の刃を大斧の柄で受け止める。

そのまま体重を武器に乗せ、ヨシノを押し飛ばすと彼女はあえてその力を利用してジグザから距離を取ったのであった。


※※※


 ジグザは目の前の娘の腕前に感嘆していた。

あの若さですでに剣術の基礎を全て己のものにしている。


 世の中には武術を極めるために生まれてきたのような素質を持つ者がいる。

そういった人間はわずかな時間で業を学び、自分用に昇華していくのだ。

そして気が付けば凡人が到底辿り着くことができない境地に達している。


(羨ましき事よ)


 自分の一族はジュズ族の中でも特に優れた戦士の一族であった。

父も、祖父も、曾祖父もジュズの戦士たちを率いてきた。

自分はそんな一族でも稀代の戦士になると期待された。

その期待に応えるため死ぬ気で努力し、力を着け、業を学んだ。

そして一人前の戦士になると期待通りジュズ族では稀代の戦士となり、皆から称賛された。

他の部族との戦いでは百戦百勝。

名実共に最強の戦士となり、驕り高ぶった。


 しかし。


(凡人がどうあがいてもたどり着けぬ領域にいるものがいる)


 あの日。

ディヴァーンが攻めてきた時、自分は戦士団を率いて迎え撃った。

奴隷兵を主体としたディヴァーン軍など容易く打ち破ってみせ、勢いに乗り逃げる敵を追撃していた時にその女が現れたのだ。


 銀の髪を持つ大女。

鍛え抜かれたその姿を見たとき、生まれて初めて心の底から震えた。

あれは駄目だ。勝てない。逃げろ。


 本能が危険を必死に伝えるが最強の戦士と持て囃されたことによるプライドが逃走を許さず女に戦いを挑んだ。

その結果、惨敗した。

女は此方を赤子の手をひねるかのように相手し、完膚なきまでに叩きのめされた。


 今でも思い出す。

あの時の女の目、言葉。


『なんだい。最強の戦士と聞いていたけど、全くの期待外れだねぇ』


 あの女に負け、ディヴァーンに囚われてから自分は牙を抜かれた。


 凡人は天才には敵わない。

その現実を知り、ただひたすら部族を生き残らせることだけを考えるようになったのだ。

戦士の誇りなど投げ捨て、汚いこともいっぱいした。

そんな自分がこの娘の敵として対峙しても良いのであろうか?


「……どうされた? 迷いが見受けられるぞ?」


 太刀を構えたヨシノがそう声を掛けてきた。

それに苦笑すると大斧を握りなおす。


「なに、俺のような卑劣漢がお前さんのような誇り高い武人と相対していいのかと思ってな」


「…………」


 ヨシノが目を細める。

此方の胸の内を探るような視線だ。

それに対して首を横に振ると大斧を上段に構える。


「下らんことを言った。これ以上のおしゃべりは不要だ!」


 ヨシノに向かって突撃を行い、大斧を振り下ろす。

力任せの一撃を敵は軽く躱して見せるが振り下ろした大斧を途中で止めると即座に突きを撃ちこむ。

それを敵は太刀で弾くと右足を軸として回転斬りを放ってきた。


「ぬう!」


 横に思いっきりステップを行い刃を何とか回避するが僅かに太刀の先端が此方の左肩を裂く。


 互いに再び距離を取り、様子を伺い合う。

先ほどから動悸が激しい。

息が荒れる。

これは恐怖によるものか、否、これは……。


「なんとも……懐かしき感覚よ」


 死力を尽くした戦い。

あの女に負けて以来、そのような戦いはしたことが無かった。

忘れかけていた、いや、忘れようとしていた感情。

一人の戦士として強敵に挑む高揚感。

ああ、なんと━━━━愉しきことか!!


 ヨシノの懐に飛び込むと腰を落とし、大斧を横に薙ぐ。

ヨシノは後退り、それを避けると太刀で連続の突きを放って来た。

突きは首や心臓など急所を的確に狙い、それをどうにか躱し続けるが右肩に太刀が突き刺さった。


「ぬぅ!」


 鋭い痛みに眉を顰めるが動じず、正面に蹴りを放つ。

蹴りはヨシノの腹に直撃し、彼女は吹き飛ぶが空中で体勢を立て直して着地した。

蹴りを喰らうのと同時に後ろへ跳び、ダメージを軽減したか……。


 次はこっちの番だという風にヨシノが駆け出し、太刀を振るう。

それに対して此方も大斧を振るい、両者の刃が火花を散らしながら激突するのであった。


※※※


 マフムードは目の前で仁王立ちをする幼い少女に絶句していた。

なんだこいつは? なぜこのようなガキがここにいる?


 少女は倒れている此方を見るとニヤリと笑った。


「大将にしては随分と間の抜けた顔をしておる。お主、こんなところで何をしておる? まさか部下を置いて逃げようとしていたのではあるまいな?」


 こ、こいつ、ディヴァーン語を話せるのか!?


 マフムードは慌てて立ち上がると身構える。


「き、きき貴様ぁ! 何者だ! 私が誰か分かっているのか!?」


「小心者のダメ人間」


「ちがーう! 私はマフムード! この軍の指揮官だ!」


 そう言うと少女は「ふむ、なるほど」と頷き、後ろに振り返るとアルヴィリア語で何か大声をあげた。

するとアルヴィリアの兵士と思われる数人の男女が現れ、周囲の兵士を斬り倒していく。


(ま、不味い!? まずいぞぉ! これはぁ!!)


 さっさと逃げ出すつもりが敵と鉢合わせてしまった。

忍足でその場を離れようとするが背後に雷が落ちる。


「おっと、逃さんぞ。貴様を討てばこの戦は儂らの勝ちじゃ。大人しく討たれよ」


「ふ、ふざけるな! 討たれてなるものか! 私は、私はぁ!!」


 安全に出世するのだ!

私はこんなところで危険な目に会うべき人間ではない!

アルヴィリアを適当に蹂躙し、城を手に入れ、老後はそこで穏やかに暮らす予定なのだ。

我が人生をこんな小娘に邪魔されてなるものか!


「小娘! そこを退け! 退かぬというなら……」


「いうなら?」


「力尽くでどかすまでよ!」


 そう怒鳴ると周囲の石を魔術で浮かばせ、小娘に放つ。

それを小娘は「ほい」と言いながら避けると口元に笑みを浮かべる。


「お主、魔術師か! ほれ! 他に何ができる?」


「馬鹿にしおって!」


 子供だからといってもう容赦はしない。

徹底的に痛めつけてやる!


 今度は石の槍をいくつも作り、放つ。


 それを小娘は横に駆け、回避すると次の魔術を放った。

小娘の足元が隆起し、彼女は宙に打ち上げられる。


「ほう! 土の精、ノームの力か! なかなかやるではないか!」


 小娘が空中で受け身を取り、落下しながら雷撃を放って来る。

それを石の盾を召喚し防ぐと己の有利を確信した。


 あの小娘の魔術は雷。

対して自分は土だ。

魔術師同士の戦いでは属性による相性が大きく影響してくる。

土は雷に対して圧倒的に有利。

これは魔術師見習いでも分かることだ。


(余裕そうな顔をしているが内心焦っておろうよ!)


 奴の攻撃は此方には届かない。

だが此方の攻撃は届くのだ。


 小娘が着地した瞬間を狙って再び石の槍を生み出し放つ。

敵は指先から雷撃を放ち石の槍を迎撃しようとするが石の槍は雷撃を弾く。


「ぬう、これだからノームは嫌いなのじゃ!」


 敵が槍を避けている間に一つ魔術を仕込む。

これが発動すればあの小娘はおしまいだ。

あとは……。


「貴様ら! 邪魔が入らぬようにしろ!!」


「は、はい!」


 部下たちが小娘の仲間と交戦を始める。

これで横槍が入ることも無くなった。


 巨大な岩を召喚し、それを敵目掛けて放つ。

それを「わお! デカイの!」と右に飛んで避けようとしたのを見て口元に笑みを浮かべた。


(勝った……!)


 小娘が着地した瞬間、彼女の周囲の岩が隆起し取り囲む。

そしてそのまま石の壁の中に閉じ込めた。


「ふははは! どうだ、我が石棺は!! もはや貴様になにもできまい!! そのまま押しつぶされて死ぬがよい!!」


 この魔術を喰らって逃げ延びたものは今まで誰もいない。

完全に敵を拘束し、そして押しつぶして殺すのだ。

発動にはあらかじめ地面に仕込んだ魔方陣を踏ませなければいけないが、そこは上手く誘導してしまえばいい。

一度発動すれば必殺の攻撃となる。

これであの小賢しい小娘も……。


『……むむ……む』


 石棺の中で小娘が何かを言っている。

己の置かれた状況を理解し、助けを求めているのか?

だが駄目だ。お前はここでミンチになって死ぬのだ!


『むむむむむ!?』


 石棺が揺れたような気がした。

いや、そんなはずはない。

中で何をしようがこれに傷をつけることなど出来るはずが……。


『むむむむむむむむ!! むっはぁ━━━━━━!! 魔力! 大! 爆! 発!!』


 直後、石棺が中から爆発し、光の柱が天を貫くのであった。


※※※


「は、はひ!?」


 突如生じた爆発によりマフムードは尻餅をつく。

いったい何が起きた!? これは、この光はなんだ……!?


(ま、まさか……この光は……魔力だとぉ!?)


 天を貫く光の柱は魔力の塊だ。

とんでもない量の魔力が放出され、夜だというのに辺りを昼のように明るくする。

その柱の根元にはあの小娘がいた。

彼女は瞳を黄金に輝かせ此方を見下ろす。

その瞳はまるで蛇のようであり、見つめられるだけで体の奥底から恐怖が湧き上がる。


「久方ぶりの戦いで少々戯れが過ぎたようじゃ。喜べ若造よ、お主は我が記憶に残してもよい存在と判断されたぞ?」


「ば、化け物が!!」


 石の槍を放つが槍は小娘の前で見えない壁に弾かれて砕けた。

魔術障壁か!?

ならば大技で障壁ごと敵を砕けば……。


「さて、お主に本当の魔術というのを教えてやろう」


 小娘が一歩前に出る。

それだけで周囲に稲妻が落ち、大地が砕けた。


「魔術とは精霊と契約し、力を借りることにより使う人の理を超えた力。故に魔術の強さは”どの精霊”と契約できたかによって大きく変化する。貴様の力の源であるノームは大地の精としては中級。なるほど、それなりの力だ。属性差もあり、普通の雷を扱う魔術師相手なら圧勝できるであろうよ」


 「だが」と彼女は笑みを浮かべる。

それは先ほどまでの飄々とした笑みではない、背筋の凍るような冷酷な笑みだ。


「精霊王と中級精霊ではその相性差も意味を成さない」


「馬鹿な!! 精霊王だと!? 精霊王が人間と契約などするわけが……!?」


 小娘の背中に雷が降り、雷撃が彼女の背中に広がる。

それはまるで翼だ。

巨大な二対の翼を生やしたかのように見え、その姿はまるで……。


「ま、まさか……貴様!?」


 小娘がにやりと笑うと鋭い牙が見えた。

蛇のような目、巨大な翼、そして鋭い牙。

間違いない、こいつは、こいつは人間ではなく……!!


「さあ、刮目せよ!! 人の身では到底見ることが能わぬ存在の姿を!! 契約に従い出でよ、軍神! 雷を扱いし帝王━━━━インドーラ!!」


 天を裂き、それは現れた。

雷を纏う巨大な魔力の塊。


 象だ。


 巨大な白い象が現れ、轟雷の如き咆哮を上げる。

その姿と咆哮に誰もが戦意を失い、これから起きることに絶望する。


「は、は……は、は……」


 初めて見る精霊王の姿に息が詰まる。

これが、これが魔術の頂点に立つ存在!!

嘗て女神に付き添いし大精霊の御姿!


 小娘の手にインドーラから放たれた雷が収束していく。

それは大剣だ。

軍神が振るいし雷の大剣が形成され小娘はそれを振りかざす。


「くふふ!! 雷帝の一撃、喰らうが良いわ!!」


 大剣が振り下ろされる。


 雷の塊は周囲を焼き尽くしながら頭上に迫り━━━━。


「私の、出世街道がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 マフムードは大剣に飲み込まれ、文字通り塵残さず砕け散るのであった。


※※※


 私は空に浮かぶ巨大な精霊を見て驚きのあまり口を大きく開けてしまった。

これが……精霊王。

この世界の理、属性を支配する存在。

その中でも頂点に立つモノだ。


 インドーラが此方を見た。

白い巨象は目を細めると鼻を鳴らす。


『ほぉ……面白いものを内に秘めているねぇ。なるほど、シアの名を冠する娘たちが執着するわけだ。古き契約に未だ従うとは律儀とみるべきか哀れとみるべきか』


 話しかけてきた!?

慌てて回りを見るとみんな、固まっている。

これは……。


『今はお前さんだけに話しかけているよ。いや、お前さんの中にいる存在にだねぇ』


 それって、レプリカのこと?


『レプリカ? ほう? 今はそう名乗っているのか? その方はだねぇ……』


「インドーラ!! それ以上は無用じゃぞ!!」


 時が止まった空間でクレスが動いた。

彼女だけじゃない。

後方にいたフェリも動き、二人は並ぶとインドーラを見上げる。


「精霊王よ。未だ時にあらず。不要な情報は運命を歪めましょう」


 フェリの言葉にインドーラは目を細める。


『それはフェンリルも同意見かね?』


「ええ、氷精王も同じ意見です」


 フェリがそう言うとインドーラは『そうかい』と目を閉じる。


『何も知らぬまま道を進ませ、たどり着いた先で真実を知らせるのも酷だと思うがねえ』


「そのために儂らがおるのじゃ。儂らはあの方の願いを、祈りを成就するための存在。こやつを支えてみせようぞ」


 クレスは力強い笑みを浮かべ、己の胸を叩くとインドーラは『成程』と頷く。


『我らは見守る存在。お前さんたちの好きにするがよいぞ』


 そしてインドーラは私の方を見た。

巨大な白い象の鼻が此方に迫り、鼻先が私の顔に触れる。


『次に言葉を交わすのは運命の頂きに辿り着いた時。その時までしばしの別れだ』


 ま、待って!?

結局何が言いたかったの!?

やっぱり貴女たちはレプリカのことを……!!


 疑問は言葉にならずインドーラに手を差し伸べると雷の精霊王は光となって消えた。

そして次の瞬間、目の前が真っ白な光に包まれるのであった。


※※※


「リーシェ! リーシェってば!!」


 ミリに肩を揺らされ意識が戻る。


(あれ? 私、意識を失っていた……?)


 何か重要なことを見た気がする。

だがそれが思い出せない。

というか、今、私は何をしている?


「私、気絶していた?」


 そうミリに訊ねると彼女は呆れたようにため息を吐く。


「精霊王が現れてそれを見てたらあんた、立ったまま意識を失ってたのよ。もしかして精霊王の魔力にあてられた? まあ、私もビビったけど……」


 そうなのだろうか?

確かに精霊王が現れ、クレスが敵を吹き飛ばしたところまでは覚えている。

そうだ! 敵だ! 敵はどうした!?


 慌てて辺りを見ると周囲にいた敵兵は全て焦げて死んでいる。

クレスの放った雷撃の剣により一網打尽にされたようだ。


 私たちの前にはクレスが立っており、彼女は「ふむ」と私のことを目を細めて見てきた。


「な、なに?」


「いや、何でもない……。気にするでない。それよりもどうじゃ! 儂の力は!!」


「どうって……もう脱帽したとしか言いようがないな」


 ロイの言葉にクレスは満足そうに頷く。

これこそがアルヴィリアの誇る魔女の力だと得意げに言った。

確かに、こんな力を持っているのであれば王が協力を頼みこむのも分かる。

ということは、”西の魔女”である彼女と同格とされる”東の魔女”もこのようなことができるのか?


「ええ、できますよー。私の方がもっと強いですよぉー。面倒くさいから頑張りませんけど」


「はぁ!? 儂の方が上じゃし!! 魔術も儂の方が派手だしぃ!」


「はっ! 氷の美しさが分からぬとは相変わらず可哀そうな目をしてますねぇー。だいたい派手というよりもうるさいだけ、ただの騒音ですねぇ。これから騒音の魔女と名乗ったらいかがですかぁー?」


「あーん!? やんのか!? やんのか! このぐーたら魔女が! ここで長年の決着をつけるか!!」


「はぁ? 馬鹿ですか? あほですか? 老化で脳が腐りましたか? 貴女と戦うわけないじゃないですかぁ」


 魔女たちが取っ組み合いを始める。

先ほどまでの威厳はどこに行ったのか、まるで子供のように喧嘩をしている。

私たちはその様子に苦笑するとアーちゃんが私の肩をつついてきた。


「ほら、号令。敵の大将討ち取ったんだから」


「え? 私でいいの?」


 首を傾げ訊ねるとアーちゃんは頷く。

他のみんなも頷いたため、私は槍を地面に突き立て大声を上げた。


「ディヴァーン軍の指揮官は私たちが討ち取った!! だから━━━━はい、逃げよう!」


 そう言うと私たちは敵が集まる前にその場を離れるのであった。


※※※


 ヨシノは数十度目の刃の激突が生じると横へ跳躍する。

それを追いかけてジグザが迫ってきた。

先ほどから何度も刃を交わしているが互いに決定打を叩き込めないでいる。


(手強いな……だがそれでこそ戦い甲斐があるというもの!)


 これ程までに打ち合うのは父との稽古以外では無かった。

不謹慎かもしれないが、今自分はこの戦いを楽しんでいる。


 横から迫る刃を太刀で受け、太刀の刃を滑らせる様に弾くと武器を上段に構えた。

そこから渾身の振り下ろしを放ち、敵はそれを大斧の柄で受ける。


「まだまだ!」


 攻撃を受け止められた瞬間、一歩前に踏み出し何度も刃を叩きつける。

上段からの連続振り下ろし攻撃を受け、敵はじりじりと後退りするが……。


「っ!!」


 此方が太刀を振り上げだ瞬間に敵は前に出てきた。

大斧の柄をまえに突き出し、急いでそれを太刀で受けると後方に押し飛ばされる。


 これにより両者の間に再び距離ができたため、互いに体勢を整えた。


「お見事」


「……そちらこそ」


 ゆっくりと息を吸い、昂っている己の感情を落ち着かせる。


 昔、父が言っていたことを思い出す。

刃には人の心が映される。

敵と刃を交わせばその敵がどんな人物なのかが自然に分かってくるという。

当時はいまいち理解できなかったが、なるほど、今なら分かる。


 このジグザと言う男の刃には最初は迷いが見えたが何度も打ち合う間にその迷いは消え、研ぎ澄まされた闘志が映されていた。


「一つ、あなたの言葉を訂正させていただきたい」


「ほう?」


「私の様な若輩者が言っていいのかは分かりませぬが、あなたは卑劣漢では無い。素晴らしい戦士だ。あなたの様な武人と手合わせができて光栄だ」


 そう言うとジグザはすこしキョトンとし、それから笑った。


「こちらこそ俺に戦いの愉しさを思い出させてくれた貴公に感謝の言葉しかない!」


 武器を構え直した瞬間、ジグザの後方から巨大な光の柱が立った。

周囲の兵士たちは何事かと戦いを止め、そちらを見るが自分たちはそちらに見向きもせず対峙する。


「そろそろ決着の時と見た」


「ええ、互いに次の一撃に全てを込めましょうぞ」


 ジグザが足を前にズラす。

辺りの喧騒は聞こえなくなり、自分の呼吸、敵の呼吸、砂利を踏みしめる音のみ耳に入って来る。


 ジグザがまた僅かに前進した。

相手の一挙手一投足に集中する。

全身が刃物になったかの様な感覚だ。

人生でここまで集中したことがあったであろうか?


 ジグザの体が一瞬揺れた。

それに総毛立ち、本能が危険を察知する。


(━━━━━来るっ!!)


 ジグザが一気に間合いを詰めてきた。

頭上に構えた大斧を振り下ろし……たかのようにみせて構えを変える。

振り下ろし攻撃は一瞬で突きに変わり、眼前に大斧の先端が迫って来た。


(フェイント……!)


 後ろへ跳ぼうとしていたため敵の攻撃から逃れ切るのは無理だ。

そう判断すると強引に体を逸らした。

背筋を酷使し、筋肉が悲鳴を上げる。

だがそれでも腰を軸に上体を逸らし、攻撃を回避した。

大斧の鋭い刃が額を掠め、鮮血が飛び散る。

そしてそのまま太刀の柄をしっかりと掴み体を捻ると横薙ぎの斬撃を放つ。


 太刀は敵の脇腹に吸い込まれるように叩き込まれ、ジグザの背骨に達するまで深く断つのであった。


※※※


 ジグザは己に太刀が突き刺さっているのを見るとゆっくりと息を吐いた。


「見事……」


 口の中から血が吹き出し、腹と口から大量の血がこぼれ落ちる。

立つ力はもはや失われ、大地に両膝を着いた。


(我が武、若き力に及ばぬか……)


 だが不思議と悔しさは無い。

全力を尽くした戦いで死ねるのだ。

戦士としてこれほど誇らしい事はない。


 ヨシノが太刀を引き抜いた後、内臓が飛び出ないように腕で傷口を押さえる。


「若き武士よ……介錯を頼めるか……」


「……承知した」


 ヨシノが太刀を振り上げる。

月明かりに照らされ輝く刃のなんと美しきことよ。


 ふと、故郷の風景が思い浮かんだ。

美しき草原。穏やかな風。戦士たちを率いて戦った山。

里にいる妻と娘の姿が見えた気がした。

最後に娘を抱きしめてやれなかったが、あの子は強い。

きっと母を支えてくれるであろう。


「…………我が人生。悪くは無かった」


 目を瞑った直後、太刀が振り下ろされる。

そして首が綺麗に絶たれ、ジュズ族の戦士は息絶えるのであった。


※※※


 ヨシノはジグザの首を撥ね、彼の体が地に伏すと大きく息を吐いた。

そして彼の亡骸に深々と頭を下げる。


 自分は誇り高き戦士と戦い、斬った。

そのことを今後一生背負っていかなければならない。

己が死した時、彼に胸を張って会えるように生きていかねば。

だが、今は……。


「敵将ジグザ、討ち取ったり!! 皆の者、勝鬨を上げよ!!」


 太刀を振り上げ、高らかに叫ぶ。


「えい! えい! 応ー!!」


 味方の兵士たちが勝鬨を上げ、敵兵はジグザを討たれたことにより戦意を喪失する。


 これにより戦いの趨勢は決した。

右翼、左翼の両翼も戦線が崩壊し敵が潰走しているのが見えた。


「これより追討戦に移る! 戦意を失ったものは捕らえよ! 抵抗するものは討ち取れ!」


 号令とともに味方が敵を捕らえ、野営地の奥へと進撃する。

こうして辺境伯軍が敵陣内を次々と占領するのであった。


※※※


 ジグザが討たれたことによりジュズの戦士たちは次々と辺境伯軍に投降した。

一部のディヴァーン軍は抵抗を続けたがもはや数の差は覆すことはできず次々に撃破されていく。

そして指揮官のマフムードが戦死したという報が入ると抵抗していた者たちも諦め、ついに辺境伯軍は敵の野営地を陥落させることに成功した。


この戦いによりディヴァーン軍は二百名以上が戦死し、対して辺境伯軍の戦死者は五十名以下であった。


 こうしてルナミア・シェードランの初陣は圧勝という形で幕を閉じ、他の野営地を襲撃していたアルヴィリア軍も次々と勝利を収めるのであった。 


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