第20節・氷睡の魔女
ルナミアたち辺境伯軍が奇襲攻撃を仕掛ける数十分前、ディヴァーン軍の野営地にある男がいた。
細身の中年男性でやや派手なローブに身を包み、鼻の下には尖った髭を生やしている。
ディヴァーン軍前線指揮官の一人、マフムードだ。
彼は野営地の中を落ち着き無く行ったり来たりとし、やがて立ち止まると振り返った。
「ジグザ! 本当に見張りは万全なのであろうな!」
その質問に答えたのは顎髭を生やした大柄の中年男性だ。
白髪の混じった髪に無精髭を生やした男━━━━ジグザはじっとマフムードを見つめると頷いた。
「常に歩哨を出しております。更に万全にするとなれば追加で兵を……」
「そんなことをしたら、ここが手薄になるではないかぁ!」
マフムードの言葉にジグザは眉を顰めた。
「何をそんなに恐れているので?」
「アルヴィリア軍に決まっておろうが! 敵はベールン川に進撃したから此方に来る可能性は低いと言っていたが、それが陽動であったらどうする! もし、いまこの時も森の中からあのケダモノどもが私を狙っているかと思うと……」
マフムードは己の肩を抱きしめ震えた。
その様子にジグザは内心ため息しか出なかった。
敵の奇襲を警戒するというのには賛成だが、この男は慎重すぎる。
いや、慎重を通り越してただの臆病者だ。
指揮官がこの様に怯えている姿を見せれば全体の士気に関わって来るであろう。
「もしもの時は……分かっているであろうな!? 貴様ら三等民は命懸けでこの私を守るのだぞ!?」
「…………」
三等民。
ディヴァーンにおけるジグザたちの立場である。
ディヴァーン朝は国民を明確に等級分けしており、まず特権階級であるディヴァーン人が一等民。次にディヴァーンに古くから従う非ディヴァーン人が二等民。比較的最近ディヴァーンに加わり、厳しい扱いを受けている三等民。
そして、ディヴァーンに逆らったものもしくは最近ディヴァーンに加わったものは四等民とされ、家畜と同等の扱いを受ける。
三等民は貧しい暮らしを強制され、厳しい軍役があるが、戦で手柄を立てれば二等民になれることがあるという。
「なんだ、その目は! まさか逆らう気ではないな!」
「その様なことは決して……。我らジュズの民、ディヴァーンのため喜んで矢面に立ちましょうぞ」
そうジグザが頭を深々に下げるとマフムードは不愉快そうに鼻を鳴らし、「私は寝る! 何かあったら許さんぞ!」とテントの中に消えていった。
それを見届けると近くにいた兵士がジグザに話しかける。
「あの様な男に従わねばならぬとは……」
「言うな。暫しの辛抱ぞ。この戦で我らは手柄を立て、二等民になるのだ」
三等民であるジュズの民は皆貧しく常に飢えや病に怯えながら暮らしている。
国で待っている者たちのためにもなんとしてでも活躍しなければいけないのだ。
「……捉えた娘たちは?」
「奥の檻で怯えております。あの娘たちを本当に大帝陛下に献上するおつもりで?」
「陛下は暇つぶしを御所望だ。致し方あるまい」
ガッハヴァーン大帝は若い娘を"壊して"遊ぶ悪癖がある。
あの狂人の下に送られて生きてかえって来た者は殆どおらず、仮に生き残っても廃人になっている。
(捉えた女の中には我が娘とそう変わらぬ幼子もいたな……)
きっと自分は地獄に堕ちるだろう。
だが、これもジュズの民を生かすため。
裁きの時がいずれ来るのなら、その時は喜んで裁きを受けよう。
そう思っていると何やら遠くの方が騒がしいことに気がついた。
何事かと兵士と顔を見合わせると叫びに近い大声が聞こえて来る。
「敵襲! 夜襲だ! 敵が夜襲を仕掛けて来たぞ!!」
「なんと!?」
やはり歩哨の数が少なかったか?
マフムードのことなど無視して森にもっと兵を置くべきであった。
(今更後悔しても遅いか……!)
とにかく早急に混乱を収めなければいけない。
このままでは一気に壊滅してしまうであろう。
「お前は兵を何人か連れて砦に迎え! 救援を求めるのだ! 俺は前に出て態勢を立て直させる」
先ほどまで話していた兵士に指示を出すとすぐそばに置いてあった大斧を手に取る。
そして戦闘が行われている方に行こうとするとテントからマフムードが飛び出して来た。
「ジグザ! これはいったい何事だぁ!?」
「アルヴィリア軍が攻めて来たのです。既に陣地に入られています」
「な、なんだと!? 見張りはどうした!? なぜ敵を発見できなかったのだ!」
貴様が兵を出さなかったのだろうがと言いそうになったが堪える。
今は1秒でも惜しい。
この男を無視して前線に向かおとすると後ろから肩を掴まれた。
「ま、待て! 何処に行く!? 私の守りはどうする気だ!?」
「……貴方を守るために戦いに行くのです! マフムード様は後方で部隊の再編成の指示をお願いいたします!」
マフムードは再度「待て!」と言うが相手にしない。
迫りくる敵を迎え撃ち、生き残らねばならぬのだから。
「さあ、手柄の立てどきだ!」
※※※
私たちはクレスに先導してもらいながら敵陣に突入していた。
既に此方に気がついた敵兵が向かって来ていたが傭兵たちがそれを斬り倒して行く。
「この辺りのテントのどれかじゃ!」
クレスがそう言うと私たちは辺りを見渡す。
周囲には幾つかテントがあり、この中のどれかに人質がいる。
「手分けするわよ!」
ミリの言葉に頷き、私は近くの一番大きいテントの中に飛び込む。
するとそこには沢山の武器が並べられており、武器を運び出そうとしていた二人の敵兵と鉢合わせる。
敵は突然飛び込んできた私に驚き、聞いたことがない言葉で何かを叫んだ。
「ごめん! アルヴィリア後で喋って!」
私は即座に槍を突き放ち、まず一人目の胸を貫いた。
そして槍を引き抜くとそのまま剣を抜こうとしたもう一人の顔面に石突を叩き込み、顔の骨を砕く。
骨を砕かれた敵は倒れ、激痛からのたうち回ったのでトドメを刺そうと槍を構える。
そして槍で突き殺そうとした瞬間、敵が「マテ!」と片言で言葉を発した。
「タス……ケテ!」
「…………ッ!?」
突然の言葉に思わず体が止まってしまった。
その隙に敵はナイフを引き抜き、飛びかかってきた。
「こいつ……!!」
咄嗟に体を逸らしナイフを交わすとナイフが腹のあたりの布を僅かに切り裂いた。
そのままがら空きになった背中に槍を突き刺し、敵を仕留めると槍を引き抜いて穂先に付着した血を振り払う。
血だまりの中に倒れた敵の姿を見るとほっと一息つき、それから自分の頬を力強く叩く。
「しっかししろ! リーシェ! ためらっちゃ駄目!!」
気合を入れなおし辺りを見渡すとそこには人質の姿はなく、ただ大量の武器があるだけだ。
ここは恐らく敵の武器庫なのだろう。
テントから出るとほぼ同じタイミングで別のテントを調べていたミリが現れる。
彼女が「そっちは?」と訊ねてきたので首を横に振ると、違うテントを突き破って血まみれ兵士が出てきた。
兵士はそのまま地面に倒れると遅れてロイがそのテントから出てくる。
「こっちも駄目だ!」
と、なるとあと残っているのは……。
(あのテント!)
少し遠くにあるテント。
あそこに恐らく人質がいる。
私たちは顔を見合わせると駆けだし、テントへ向かう。
だがその途中で敵の援軍がやってきた。
ミリが咄嗟に矢を放ち、敵の一人を射抜く。
そしてそこに段平を構えたアーちゃんが突撃した。
「うおおおおりゃああ!!」
アーちゃんの一撃で敵が数人吹き飛び、土煙と血しぶきが宙を舞う。
「ミリ! アタシたちで喰いとめるわよ!!」
「了解、団長!!」
敵の援軍に対して傭兵団が突撃するのを見ると私とロイはテントに向かって再度突撃する。
するとテントの中から五人ほど敵兵が現れ、慌てて身構えた。
それに対して私たちはためらわず、武器を構えると背後からクレスの声がした。
「小童ども!! 頭を下げておけ!!」
「!!」
私たちは咄嗟に伏せると頭上を稲妻が走った。
稲妻は敵の軍団に直撃し、敵は一瞬で消し炭になる。
「す、すげえ威力……」
ロイの言うとおりだ。
人間を一瞬で消し飛ばすとは、とんでもない力だ。
「ほれ、お主ら! 行くぞ!!」
クレスが私たちの横を通り過ぎテントに向かって走っていく。
それに続き私たちも立ち上がると走り出すのであった。
※※※
「押し込み続けなさい!! 敵に反撃の隙を与えるな!!」
ディヴァーン軍との戦闘の最前線でルナミアは兵士たちに指示を出し続けていた。
奇襲は勢いが大事だ。
故に総大将である自分が先陣に立つことによって攻撃の勢いを衰えさせないようにしている。
戦いは今のところ順調であった。
ヨシノ率いるキオウ軍の勢いが凄まじかったこともあり敵陣の奥深くまで斬りこむことができ、敵軍は大混乱に陥った。
あまりの混乱に敵は最初の方は同士討ちをしていたほどだ。
そこに追い打ちをかけ、かなりの被害を与えることができたが……。
(思ったよりも立て直しが早いわね。的確に指示を出している奴がいる)
未だ此方が優勢であるが既に態勢を立て直した敵兵が現れ始めている。
特にヨシノが斬りこんだ中央は迅速に立て直しが行われ、膠着状態になり始めている。
(……包囲させている兵も使うべきかしら?)
野営地には全軍で奇襲を掛けてはいない。
敵陣から逃げ出そうとした兵を討ち取るため一部の兵を野営地の包囲に回しているのだ。
(いや、敵に逃げられ砦の防御を固められては意味がないわ)
これはペタン砦を強襲するための前哨戦なのだ。
砦には気づかれず、そしてなるべく損害を抑えて勝利しなければいけない。
何か策はないかと戦場を見渡す。
戦場左翼ではガンツ兵士長率いる部隊が敵に猛攻を掛けているが敵も必死で抵抗している。
中央はやや膠着状態に。
そして右翼はウェルナー卿が率いる部隊が戦っており、敵が崩れそうになっているのが見えた。
「エドガー!! 兵を率いてウェルナー卿を支援しなさい! 一気に右翼を突き崩すのよ!」
「は!! 全員! 俺に続け!!」
後ろで控えていたエドガーが兵を率いて敵右翼に突撃を開始する。
崩れかかっていたところにエドガーたちが更に現れたため敵の右翼が崩壊し始めた。
(好機!!)
ルナミアは手を振りかざし、号令を出す。
「敵の一部が崩れた!! 一気に畳み掛けるわよ!!」
「応!!」
敵右翼が完全に崩壊したのと同時にルナミア率いる本隊が突撃を敢行するのであった。
※※※
「味方、右翼が崩れました!!」
兵士の連絡にジグザは舌打ちをした。
あちらは練度の低い兵士が多かった。
敵の猛攻に耐えられなかったのであろう。
「マフムード様は何をしておる! 援軍が無ければ総崩れぞ!!」
「そ、それが……マフムード様のお姿が先ほどからどこにも見えなくて……。側近の兵士たちもおりません!」
(あの臆病者が!!)
恐らく逃げ出したのだ。
よくよく見てみると今敵を喰いとめているのは自分たちジュズの兵ばかり。
ディヴァーン人の兵士の姿があまり見えない。
「……我らを捨て石にするつもりか!!」
「い、いかがしますか?」
この状況では引くこともできない。
まずは敵をどうにか押し返し、気を見て後退するしかない。
そう思った瞬間、敵の一部が味方を突破してきた。
それは竜巻だ。
月明かりを反射させ、刃を振るい立ちはだかるものを切り裂いていく。
そしてその竜巻はこちらの眼前まで来ると立ち止まった。
周りにいた兵士たちが慌てて敵に飛びかかろうとするがそれを手で制する。
少女だ。
竜巻の正体は太刀を持った若い娘であった。
彼女は「ふぅ」と息を整えると此方を見る。
「大将とお見受けする」
「……残念ながら俺は大将ではない。ただの捨て駒だ」
そう言うと少女は一瞬驚いたように目を丸くする。
「アルヴィリア語を話せるので?」
「うむ。昔、アルヴィリアに住んでいたことがある」
「成程」と少女は頷くと構えを解いた。
「先ほど捨て駒とおっしゃられたな? 投降なされよ。抵抗しないのであれば無駄に命は奪いませぬ」
「申し出はありがたいのだがな。俺たちが投降したら国に残った者たちが酷い目にあう。我らには戦って勝つか死ぬかの二択しか無いのだよ」
そう言うと少女は「左様ですか」と目を閉じ、それから太刀を構える。
「ならばこれ以上の言葉は無用。あとは刃を交えるのみ!」
「応よ! 娘子とて容赦はせぬぞ!」
此方も大斧を構え、この少女と対峙する。
そして互いに間合いを詰め合いつつ……一気に飛び込むのであった。
※※※
私たちはテントの中に警戒しながら入った。
テントの中には敵兵の姿が無く、私は警戒しながらそっと槍の構えを解く。
「俺は出入り口を見張る」
ロイの言葉に無言で頷くと私とクレスはゆっくりとテントの奥へ向かう。
するとそこにはいくつもの檻があり、檻の中には若い娘たちが入れられている。
「ひい!」
彼女たちは私を見ると怯え、互いを守る様に檻の中で身を固めあった。
「落ち着いて、アルヴィリア軍です。助けに来ました」
「わ、私たち助かるの!?」
「はい。貴女たちのことはシェードラン軍がお守りします」
私の言葉に娘たちは安心し、喜び合う。
中には助かったと涙を流す人もいた。
「……鍵は」
檻の鍵がどこにあるのか探そうとしたら娘の一人が「いつもあの机の上にあったわ」と指差した。
その方向を見るとそこには机があり、鍵束が置かれているのが見える。
(よし! あとは……)
「クレスさん、フェリさんは見つかった?」
そうクレスに訊ねると彼女は頷き、「おったのだがな?」と困った様に眉を下げた。
何か問題があったのだろうかと彼女のほうに行くと檻の中で寝ている少女がいた。
見た目の年齢はクレスと同じくらい。
青みがかった黒いセミロングの髪を持ち、青色のドレスの様なローブを着ている。
この子が"西の魔女"フェリアセンシア・ベルナデッタだろうか?
「寝てるの?」
「うむ。こやつめ、自分の置かれている状況を本当に理解しているのかのぅ。ほれ、鍵を寄越せ」
クレスに言われ私は慌てて机の上にある鍵束を取り、彼女に渡す。
鍵を受けとったクレスは「どれが檻の鍵じゃ?」と首を傾げてから片っ端から鍵を差し込み始める。
「おい、まだか? ミリたちの方に敵が群がっているぞ!」
外の様子を伺っていたロイがそう言うとクレスは「ええい! 急かすでない!」と急いで鍵を開けようとする。
そして何度か試すと檻が開いた。
クレスはすぐに檻の中に入り、「ほれ! 起きんか痴れ者!」とフェリを揺さぶるが一向に起きる気配がない。
「むにゃ…背負ってください……むにゃむにゃ……」
「…………」
ん? これ、起きている?
クレスの方を見れば彼女は額に青筋を浮かべ、眉をひくつかせている。
「ほーう? 良いだろう。そんなに寝たいのなら永眠させてやるわ!」
クレスが稲妻を身に纏う。
まさか、さっきのをこの子にやる気なのか!?
私は慌ててクレスから距離を離すと彼女は寝ているフェリに電撃を放った。
だがそれと同時にフェリが目を開き……。
「はい、魔法反射」
「ぎゃあああああ!?」
フェリの前に魔法の障壁の様なものが展開され、障壁に触れた電撃が反射されクレスに直撃する。
少し焦げたクレスが倒れるのとほぼ同時にフェリが立ち上がり、スカートに付着した埃を手で払う。
「寝ている人間に魔術を使うとは、相変わらずですねー。酷い人です」
「お、おのれ、どの口が言うか……」
フェリは倒れているクレスを踏んで檻から出ると私の顔をジロジロと見てきた。
「ふぅむ。確かに似てますねぇー」
何にだろうか?
そう言えばクレスも最初に同じことを言っていた気がする。
「ところで、早く他の方を助けてあげては?」
そうだった。
人質を救出し、すぐにこの場を離れなければいけない。
私は倒れているクレスから鍵を回収すると他の檻を開け始めた。
なお、鍵を回収する際にクレスを踏んでしまったのは内緒である。
※※※
テントの外では傭兵団とディヴァーン軍の戦闘が行われていた。
倒しても倒しても敵が次々と現れ、キリがない。
ミリは片目を瞑り、迫って来る兵士に次々と矢を撃ち込み倒して行く。
そして十何人目かの敵を射抜き終わり、矢筒から矢を取り出そうとすると……。
(矢を撃ち尽くした!!)
敵から矢を回収している時間はない。
敵が槍を構え、此方に向かって来ているのを見ると即座に弓を地面に放り投げ、拳を構える。
勢いの乗った敵の刺突を体を僅かに横に動かし避けると敵の顎にアッパーカットを叩き込む。
鉄板を仕込んだグローブによる一撃を喰らい、敵の顎は砕ける。
地に倒れた敵に止めの踵落としを首に叩き込み、首の骨を砕くとすぐに拳を構え直す。
此方をただの弓兵と思い、接近して来ていた敵が動揺したのが見えた。
「今度はこっちから……!]
ミリは正面の敵に突撃し、敵が慌てて槍を振った。
その槍を拳で弾くとそのまま懐に飛び込み正拳突きを叩き込む。
そして即座に横に跳ぶと回し蹴りを放ち、別の敵のわき腹に全力で叩き込む。
(よし、このまま……!)
敵を倒そう、そう思った瞬間横からタックルされた。
「!?」
自分の死角。
視力を失った目の方から敵が来ていたのだ。
不意打ちであったため地面を転がってしまい、受け身が取れなかった。
タックルをして来た敵は地面を転がり仰向けになった此方に馬乗りし、ナイフを振り下ろしてくる。
「やば!!」
咄嗟に敵の腕を掴むが力負けしている。
ナイフの刃がゆっくりと心臓目掛けて下がってくる。
団長たちが此方を助けようとするが敵に阻まれ動けないでいた。
(こ、これ……死ぬ……!?)
ナイフの先端が胸に当たりちくりとした痛みが生じる。
死を覚悟し、目を瞑った瞬間……敵が横から蹴りを受け吹き飛ぶ。
「大丈夫か!!」
目の前にはロイが立っており、彼は先ほど蹴り飛ばした敵を剣で突き刺し仕留めると此方に手を差し伸べる。
「え、ええ……」
ミリは彼の手を取ると引き起こしてもらい「ありがとう……」と感謝の言葉を述べた。
そしてテントの方を見るとリーシェとクレスが若い娘たちを引き連れて出てくるのが見えた。
その中にはクレスと見た目が同い年くらいの少女もいた。
まさかあれが”東の魔女”なのか?
「さっさとずらかりたいところだけど……、この状況じゃ難しいな」
ロイに助けて貰った間にも敵が続々と押し寄せてきている。
傭兵団にまだ死者は出ていないが怪我を追っているものは確実に増えていた。
このままでは全滅してしまうだろう。
「ガイア!! 何人か連れて人質と一緒に脱出しなさい!! アタシたちは時間を稼ぐわ!!」
団長がそう指示を出すと数名の傭兵たちが即座に動き、人質の若い娘たちを誘導し始めた。
それに気が付いた敵が追いかけようとするが団長がその敵のもとに飛び込み腕を振り上げる。
「漢女ラリアットォォォォォ!!」
団長のラリアットで敵が吹き飛んだ。
敵兵は段平を担ぎながら兵士を薙ぎ倒しまくっている団長に完全に動揺し、怯えていた。
そしてそこに雷が落ちた。
落雷により敵兵のいる場所が爆発し、周囲のテントが燃える。
「くふふ! どうやら苦戦しているようじゃな!! どれ、儂らが手伝ってやろう!!」
「え……? 私も手伝うんですか? 帰っちゃだめですか……?」
「駄目に決まっておろう!! ほれ、少しはやる気を出せ!!」
クレスに背を押され”東の魔女”フェリアセンシアが前に出ると彼女はやれやれと面倒くさそうに首を振る。
「では、仕方ありませんね。さっさと終わらせて寝たいので━━━━━凍てつけ」
直後、フェリを中心に周囲の空気が一気に冷えた。
そして敵軍に突風が吹いたかと思うと次々と敵が凍っていった。
あっという間に敵兵の半数が氷像と化し、凍らなかった者たちは慌てて逃げ出そうとするがそこにクレスの雷撃による追撃が叩き込まれる。
(これが……”魔女”の力!!)
多少魔術の知識があるから分かる。
あの二人は先ほどからとんでもない魔法を連発しているのだ。
普通なら二、三発使えば魔力が尽きるような大技を軽々と扱ってみせている。
まさしく、次元が違う存在であった。
「ほら! あなた達! ぼさっとしてないの! 戦いはまだ続いているわよ!!」
団長の言葉にハッとしロイと顔を見合わせると頷く。
あの魔女たちの力で戦況は大分マシになったがそれでも敵はまだまだ沢山いるのだ。
人質を逃がすためにももう少し時間を稼がなければいけない。
「よし、行くぞ!」
ロイはそう言うと駆けだし、ミリもそれに続くのであった。
※※※
大混乱に陥っている野営地の中をマフムードは少数の護衛に守られながら逃げていた。
状況はどう見ても劣勢。
ジグザは応戦のため前線に出たが恐らくもう死んでいるであろう。
(私はぁ! 死なぬぞ!)
今まで無理をせず、安全な道を進んで出世して来たのだ。
今回の戦でそれなりの働きをすればやっと城持ちになれるはずであったのに……!
「これも全てあの無能なジュズ人のせいだ! 私の足を引っ張りおって!!」
ここから逃げ出したら今回の失態を全てジグザのせいにしよう。
私を庇えるため汚名を被れるのだ、名誉なことである筈だ。
そう考えていると先に退路を確保するように命じていた兵士と合流する。
「退路は! 退路は確保できているのであろうな!?」
マフムードの言葉に兵士は焦ったように首を横に振る。
「そ、それが敵の別働隊と交戦状態になってしまいまして……」
「別働隊!? て、敵は何人だ!?」
「恐らく五十人以下です」
「ええい! その程度の数に何をもたもたしているか! 数で押しつぶせ!」
「先程からそうしようとしているのですが……」
退路の方から何やら落雷のような音が聞こえ、兵士たちの悲鳴があがる。
あっちで何が起きているのか……。
マフムードへ兵士の両肩を掴み、睨みつける。
「いいか! 私に何かあったら一族郎党酷い目に会うと思え! 死ぬ気で退路を切り拓け!!」
「は、はい!」
兵士が突撃の号令を出そうとした瞬間、近くに雷が落ちた。
轟音と共に地面は砕け、爆風により衝撃波が生じる。
マフムードはその衝撃波でひっくり返ると「ひぃ!?」と情けない悲鳴をあげ、逃げ出そうとするが何かが落雷に動揺する味方の頭上を飛び越え、目の前に着地した。
それは少女だ。
とんがり帽子を被り、黒い服を着た小さな魔女が眼前に立っていた。
彼女は何やら呟くと足元にいるマフムードを見て不適な笑みを浮かべる。
せしてディヴァーン語でこう言うのであった。
「お主、大将じゃな? とりあえず死んでおくれ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます