~東ミスア戦役・ペタン砦の戦い編~

第14節・狂騒の前奏曲


 アルヴィリア王国東部にあるキオウ領。

ディヴァーン朝と国境を接するこの地にはあるものがあった。


 なだらかな丘陵地帯に伸びる城壁。

それは地平線の先まで続き、あまりの長さから城壁上で終端を見ることは出来ない。


 "大龍壁"。


その城壁はそう呼ばれていた。

名の由来はミカヅチの伝承に出てくる龍からとっており、その何処までも続く長大さとアルヴィリアの守護神と言う意味を込めてキオウ家が王家やオースエン家の支援を受けながら建造したものである。


 これだけの城壁がなぜ建造された理由は数十年前にある。


 アルヴィリア歴975年に起きたディヴァーン朝によるアルヴィリアに対する大侵攻。

この時、ディヴァーンは軽騎兵による奇襲攻撃及び機動戦を主軸にし、アルヴィリア軍が体勢を整える前に王国深くまで進撃した。

一時は王都メルザドール目前まで敵は進軍し、国王は王都放棄を決意。

王都をディヴァーンに占領されるという屈辱的な事態となった。


 西に逃れた国王はシェードラン家と合流。

諸侯も続々と合流し、反撃へと転じた。

対してディヴァーンは電撃的な侵攻を成功させたがあまりにも早すぎた進軍はディヴァーン軍の兵站維持を困難にし、アルヴィリア軍が反撃に出ると王都から撤退した。


 その後何度か交戦をし、アルヴィリア軍はどうにかディヴァーンを国境の向こう側に押し返すことに成功する。


 この戦いによりアルヴィリア王国はディヴァーンの軽騎兵の脅威を思い知り、国事として"大龍壁"の建築を始めたのであった。


※※※


 早朝。


 まだ日が昇り始めたばかりで、あたりに夜の暗さが残る中、"大龍壁"の上には多くの見張りが立っていた。


 昨年、ジン国が滅亡したことは既にアルヴィリア王国にも知られており、東を征したディヴァーンが西に侵攻してくる可能性が高くなった。


 その為、キオウ家は国境に配備する戦力を増強し、昼夜交代で常に国境の監視を行うように指示を出したのだ。


 城壁の上で夜の見張りをしていた若い兵士は朝日が昇り始めたのを見て大きな欠伸をした。

仕方がないとはいえ、昼夜逆転の生活はなかなか辛いものがある。

この五日間、昼に寝てはいるがどうにも疲れがとれずにいる。


「おう、お疲れさん」


 声を掛けられ、振り返ると見張りの仕事を交代しに来た中年の兵士がいた。

彼は若い兵士から夜の間の報告を受け、仕事の引き継ぎを行う。


「それにしても本当に来るんですかねぇ?」


 若い兵士がそう言うと中年の兵士が「わからん」と返した。


「前まで現れていたディヴァーンの斥候がここ最近、ピタリと現れなくなった。キオウ大公は大規模な攻撃が近いと考えているそうだ」


「……この壁、持ち堪えますよね?」


「さあな。ディヴァーンが大軍を率いてきたら流石に厳しいだろうが、足止めは出来る。二十年前はそれが出来ずに大惨事になったからな」


 ディヴァーンの強みは軽騎兵による機動力と開けた地での野戦だ。

攻城戦ならば敵の軽騎兵の脅威は大幅に下がるため、対等以上に戦える筈だ。


「……俺が非番の日に攻めてきて欲しいですよ」


「残念ながら敵が攻めてきたら守備隊は総動員だ」


 「ですよね」と若い兵士が苦笑すると彼は「ん?」と眉を顰め、遠くの丘を見つめる。


「どうした? まさか敵か?」


「……いや、あそこで何か動いているような? あれは櫓か?」


 若い兵士の言葉に中年の兵士も丘の方を見る。


 朝日を背に何かが動いていた。

黒い巨大な影。

それはゆっくりと丘を上がり、立ち止まる。


「あれは……一体……?」


 中年の兵士が他の兵士たちに異常を伝えようとした瞬間、深紅の閃光が放たれた。

そして次の瞬間、兵士たちは閃光に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。


※※※


 城壁の内側にある野営地に居た兵士たちは突然起きたことに理解が追い付かなかった。


 いきなり辺りが真っ赤な光に包まれたかと思うと城壁の一部が文字通り消滅した。

消滅した個所は赤熱しており、凄まじい熱で溶かされたのだということが分かる。


「……た、大変だ」


 誰かがそう呟いた。


 ディヴァーンからの進行を防ぐために造られた”大龍壁”に大穴が開いた。

いったい何をされたのかは分からない。

だが誰がこのようなことしたのか、それはすぐに理解した。


「て、敵が攻めてくるぞ!!」


 兵士たちは大慌てで武器を取り、戦いの準備を始める。

恐らくディヴァーン軍の新兵器か何かだ。

奴らはそれを使用して国境の壁に穴を開けたのだ。


 もう間もなく敵の大軍が押し寄せてくるであろう。

なんとかして食い止めねばならない。


 兵士たちが敵を待ち構えるべく、城壁が消滅した個所に集合をし始めると何かが壁の向こう側から跳んできた。


 それは鉄塊だ。


 巨大な四本の脚をもち、腕の無い胴を持つ鋼鉄の巨人。

その顔には蛇の面のようなものが装着されており、巨人は壁の内側に着地するとすさまじい衝撃波を出して集まろうとしていた兵士たちを吹き飛ばした。


『…………躍』


 巨人が何かを喋った。


 仮面の裏から見える紅く輝く瞳で茫然とするアルヴィリアの兵士たちを眺めた。


『破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊』


 巨人は天に向かって咆哮する。

それにより大気は振動し、先ほどの衝撃で崩れかけていた建物が完全に倒壊し、何人かの兵士たちが下敷きになる。


『蹂躙粉砕撃滅破壊!! 滅滅滅滅滅!!』


 巨人の叫びは意味不明であったが強い敵意を殺意を辺りに振りまいているのは理解できた。

背中の装甲が開かれ、内部から何やら砲塔のようなものが現れる。

巨人は四本の足を大地に突き刺し、体を固定する砲塔内に赤い光が現れ、収束していく。


「あ、ああ、女神よ……」


 誰かがこれより起ることを予想し、女神に祈る。


 光が放たれた。


 赤い光はいくつも天へと放たれ、次の瞬間には大地へと降り注ぐ。

そして一瞬で野営地は焼き払われるのであった。


※※※


 丘の上からアルヴィリア軍守備隊の野営地が消滅するのをザイード・ヴェルガは見ていた。


 鋼鉄の巨人は今も閃光を放ち、城壁やその周辺の建造物を吹き飛ばしている。


「……大帝め。あのようなものをどこで手に入れた?」


 あれはヴェルガ帝国が造ったエンシェントゴーレムだ。

その中でも末期型といわれる数機しか製造されなかったものであり、エスニア大戦では単騎で一軍を殲滅したという。

だが莫大な魔力を消費するため運用が難しいのと大戦末期に造られたため投入された戦いは少なかったという。


 ガッハヴァーン大帝はアレをどこからか入手し、昨年のジン国との決戦に投入した。


 ほぼ完璧な状態で稼働しているエンシェントゴーレムを見て当時は驚愕したものだ。


 暴れまわっていたエンシェントゴーレムが突如動きを止め、沈黙した。

恐らく敵を殲滅したのだろう。

魔力の消費を抑えるために戦闘時以外はああやって活動を停止するらしい。


「つまらん……」


 そう呟き、眉を顰めると「楽なのはいいことじゃないか」と背後から声を掛けられた。

声の主の方に振り返るとそこには大女が居た。


 短い銀の髪に褐色の肌。

全身の筋肉はまるで鎧のようであり、戦うためだけに生まれてきたかのような風貌である。


 ヴァネッサ・ハーデル。

ザイードの腹心にしてディヴァーン有数の闘将だ。


「最小限の被害で敵に最大限の損害を与える。戦の常道だよ」


「常道? あれが? 俺には邪道に見えるがな」


 アレは確かに強力な兵器だ。

だが出所が分からない兵器に頼り切るのは危険だ。

なにより……。


「あんなものに暴れられては俺が治める国が無くなってしまう」


 ザイードには野望があった。


 ヴェルガ帝国の遺児としてアルヴィリアを滅ぼし、帝国を再建する。

そのためにあの狂った男に仕える道を選んだのだ。


「この戦での活躍次第で大帝は俺にメルザドールを与えると言った。我が一族の悲願達成への第一歩だ」


「あの狂った男を信用していいのかい? あたしゃあ、アンタが利用されているような気がするけどねぇ」


 ヴァネッサの言葉にザイードは頷いた。


「大帝は俺を信用していないだろうな。いや、あの男は全てを信用していない。大帝にとって他者とは駒であり、家畜だ」


 利用されているのは重々承知している。

だがあの男の持つ力と権威は圧倒的だ。

故にこちらも利用する。

大帝に利用されているふりをしつつ、逆に奴の力を利用するのだ。


「やれやれ……。アタシは腹芸が苦手だからそういうのはアンタに任せるよ」


「ああ、それでいい。面倒なことは考えず、お前は存分に暴れ回ればいい」


 ザイードは歩き始める。


 "大龍壁"とは反対側。

丘の影には数百人の兵士が集結していた。


 兵士たちは皆、褐色肌に銀髪━━━━ゼダ人だ。

彼らは己の指導者に熱い視線を送り、その時を待つ。


「同胞たちよ! 遂にこの時が来た!! 忌々しきアルヴィリアから我らの大地を! 我らの誇りを奪い返す時が来たのだ!! 奴らに思い知らせてやれ! ヴェルガは滅びてなどいないと! 奴らに思い出させてやれ! この国の真なる主は誰なのかを! ━━━━━━全軍、進撃を開始せよ!」


 ザイードの号令と共に兵士たちは鬨の声を上げ、進軍を開始する。



 エスニア歴998年。

後に東ミスア戦役と呼ばれる戦いはディヴァーンの奇襲攻撃により幕を開けた。


※※※


 初春の森の中、私たちは冬籠を止めた鳥たちの囀りを聴きながら草むらの中に隠れていた。


 私の前には弓を持ったミリが、後ろにはロイがいる。


「……どう?」


 ミリに声を掛けると彼女は口元に笑みを浮かべる。


「いたわよ。呑気に水を飲んでいるわ」


「どうする? 一気に仕掛けるか?」


 そうロイが訊ねるとミリは首を横に振る。


「逃げられると面倒だから、確実に仕留められる距離まで移動しましょう。私が矢を撃ったらリーシェとロイは一気にトドメを刺して」


 相手は大物だ。

慎重にだが、迅速に行動する必要があるだろう。


「……それにしても、デカすぎないか?」


「そうね。デカイわね……」


 視線の先、草むらから巨大な猪が水辺で休憩しているのが見えた。

その体は人間より大きく、あんな猪は今まで見たことがない。


「きっとこの森のヌシよ! 狩り甲斐があるってものだわ!」


「あんなの狩れるかな?」


 そう言うとミリは「任せなさい!」と胸を叩いた。


「ミジェ家は代々狩りを生業にしてきたのよ? 例えヌシであろうと私の弓からは逃れられないわ!」


 確かにミリの弓の腕は去年より相当上達した。

今の彼女ならあの猪に矢を当てることは容易いであろう。

だが……。


「矢、効くのかな?」


「…………多分」


「おい、なんか急に不安になってきたぞ!?」


 ミリは「大丈夫だって」と笑うが私も物凄く不安になって来た。


 ミリが長い耳をピクリと動かす。

それから「静かに!」と言うと獲物の方を見ると、猪は休憩を止め、動き出そうとしていた。


 私たちは顔を見合わせ合うと頷き、ミリが弓を構えながら前進する。

そして狙いを定め、矢を放とうとした瞬間、木の枝を思いっきり踏んだのだ。

パキンと言う気持ちの良い音は森に響き渡り、鳥たちが驚いて木から飛び立つ。


「お、おま……」


 ロイが青ざめた。

ミリも動揺しながら「だ、大丈夫。ああ見えて猪は臆病だから……」と言うと猪と目が合う。


 猪は私たちを見ると鼻息を荒げ、突撃してきた。


 その光景を見て私は頷く。


「うん。逃げよう」


 直後、3人は脱兎の如く駆け出すのであった。


※※※


「リーシェ! ミリ! ロイ! いたら返事してー!」


 森の中をエドガーを連れたルナミアが歩いていた。


 大猪が出たと聞いた義妹たちは父のために狩りに出かけた。

ベルファの町での事件から二月程経ってからミカヅチの薬をヘンリーに手に入れて貰い、父に飲んでもらったのだが、父の体調は一向に良くならなかった。

むしろどんどん悪化し今では痩せ細り、政務もこなせなくなって来た。


 誰も口には出さないが恐らく父はもう長くない。

そのことを考えると胸が締め付けられるように苦しくなるが、長女であるからにはその感情を表には出さず、父が生きている間に政務を引き継がなければいけない。


 今日も朝から簡単な陳情などを片付けていたが、仕事が終わったのは昼過ぎだ。


(この程度で根を上げそうになるなんて……。私は後を継げるのかしら……)


 いや、去年リーシェと約束したのだ。

2人でこの地を繁栄させようと。


「3人ともいませんね。一旦帰りませんか?」


「嫌よ。私だって狩りをしてみたいわ! あと、リーシェ成分が足りない!!」


「後半が本音ですよね。それ」


 ここ最近、父の仕事を代わりにしているせいで姉妹の時間が減っている。

ミリが来てからリーシェは彼女と出かけたりすることが増えた。

このままではあの貧乳バカエルフに義妹を奪われる!


 そう考えていると草むらからバカが現れた。


 彼女はこちらを見ると「あ!? ルナミア様!? ここにいるとヤバイわよ!!」と言い、走り去って行く。


それから少し遅れてロイが現れ、彼に手を引かれたリーシェが現れる。


「ルナ! 逃げた方がいいよ!!」


「は? 逃げるって何から……てか、あなたたち! 手を繋い…………どぅえっ!?」


※※※


 エドガーは己の主人が連れ去られるのを見た。


 草むらから飛び出してきた巨大な影。

その影から突き出た角にルナミアの服が引っ掛かってしまったのだ。


 幸いルナミアは服が引っかかった瞬間にしがみ付いたようで、地面に引きずられるということにはならなかったが……。


「ルナミア様ー!?」


 エドガーは慌ててルナミアたちを追いかけるのであった。


※※※


 私たちは森の中を必死に走った。


 あの大猪に体当たりされたらひとたまりも無い。

どうにかして振り切らなければ……。


「ま、まだ追いかけて来ている!?」


 前を走るミリにそう訊かれ、私は後ろを振り返る。

大猪はまだこちらを追ってきており、徐々に追い付かれ始めている。


「ん?」


 ふと、大猪の背中に何かしがみついていることに気が付いた。

それはとても見覚えのある顔だ。


 ルナミアだ。

ルナミアが何故か大猪の毛を掴み、必死にしがみついていたのだ。


「え? なにしているの?」


 思わずそう訊いてしまうと、ルナミアが「私が訊きたいわよ!!」と言う。

というか、不味い。

もう大猪がすぐ後ろまで迫ってきているのだ。


「ミリ! もう追い付かれる!! あとなんか、ルナもいる!!」


「はぁ!? 一体何を……そんなところで何してるの!?」


 ミリが驚き、一瞬足を止めてしまう。

先頭を走っていたミリが止まったため、当然私たちも足が一瞬止まってしまい、大猪に追い付かれた。


(こうなったら一か八か!!)


 ここで正面から対決して倒すしかないだろう。

だが猛スピードで走っている敵を倒すには……。


「ああもう! よくわからないけど! 動きを止めてあげる!!」


 そう言うとルナミアが前方に手を突き出し、此方の大猪の間に水柱が立った。

突然現れた水柱に大猪は驚き、その動きを止める。


「今よ!!」


 ミリが振り返り、弓を構える。

そして矢を放つと大猪の目を潰した。


 目に矢が刺さった大猪は暴れ狂い、背中に乗っていたルナミアが振り落とされる。

ルナミアが「ぎゃ!?」とかいう声を上げていたが心配している暇はない。

既に動き出していたロイの後を追い、私も槍を構えた。


「足を獲る!!」


 ロイが剣で大猪の右前足を断ち切る。

それにより大猪は体勢を大きく崩し、前のめりに倒れた。


 そこに私が踏み込む。

腰を落とし、渾身の力で槍を突き放つと大猪の脳天を穿った。

肉を裂き、骨を砕く感触がする。

頭に槍を突き刺された大猪は悲鳴に近い咆哮を上げ、暴れるがどうにか槍が抜けないように踏ん張る。


「ロイ!!」


「ああ! 任せろ!!」


 暴れる大猪の側面にロイが回り込み、懐に飛び込む。

そして心臓目掛けて大猪に剣を突き刺すと、大猪は一際大きく咆哮を上げ、しばらく暴れたのち倒れた。

まだ息のある大猪にとどめを刺すべく私たちは武器を深く突き刺すと大猪は大きく痙攣したのち、動かなくなるのであった。


※※※


 私は大猪が死んだのを確認すると槍を引き抜き、自分が狩った獲物に祈りを捧げる。


「猪様! 美味しくいただきます!!」


 隣でミリが私と同じように祈りを捧げ、それからこちらを見て「やったわね!!」と笑みを浮かべた。

ミリが来てから時々狩りに連れ出してもらっていたが、これだけの大物初めてだ。

これだけ大きければ当分肉に困らないかもしれない。


(あ、ルナは?)


 そういえば義姉が振り落とされていたのであった。


 慌ててルナミアの方に駆け寄ると仰向けに倒れていた彼女は「貴女たち、いつもこんな感じなの?」と呆れたように訊いてくる。


「いや、いつもはもうちょっと上手くやっているというか……」


 私はルナミアに手を差し出し、義姉は私の手を掴む。

そして引き起こしてあげると彼女は服に着いた土埃を手で払った。


「乗馬ならしょっちゅうしているけど、乗猪は初めてだわ」


「どうだった?」


「乗り心地は最悪ね。でもちょっと楽しかったわ」


 あれを楽しいと言えるのだから私の義姉の心臓には毛が生えているに違いない。


 大猪の方を見るとロイとミリが「これ、どうやって処理するんだ?」と言った話をしている。

そういえば、私も獲物を獲ったことはあるがその後の処理をしたことがない。

いつも獲った獲物はユキノが処理し、料理にして出してくれるのだ。


「あの猪、凄い大きさだけどどうやって持ち帰るの? この場で解体?」


 そうルナミアが首を傾げるとミリが「森で解体はしたくないわね。狼が寄ってくるかもしれないし」という。


「とりあえず、ウチの男どもを呼んでくるわ」


 去年からアーちゃん率いる”薔薇の団”がコーンゴルドに拠点を構えるようになった。


 最初は傭兵団ということもあり、住民たちから奇異や恐れの目で見られていたが街道の警備や畑仕事の手伝いなどを熱心に行ってくれたのとアーちゃんの人柄もあり、今では住民たちから頼られる存在となっている。

来年には自由都市の方に移動するらしいので、それを惜しむ声も出ている。


 ミリが「じゃ! ひとっ走りしてくる!!」と言うと魔術を使い、風を身に纏って駆け出す。

馬ほどではないがあの速度ならすぐに人を呼んでくるだろう。

というか、あの魔術で大猪から逃げられたのでは?


 走り去っていくミリを見送るとルナミアが「じゃあ」と近くの倒木に腰かけた。


「少し待ちましょうか?」


 その言葉に私たちは頷くのであった。


※※※


 暫く森の中で待っているとまず息を切らしたエドガーがやってきた。

彼はルナミアの姿を見ると「無事でよかったぁ!!」と心底安心した表情でその場に座り込む。

途中でこちらを見失っていたらしく、森の中を少し彷徨っていたらしい。


 それからさらに少し経つとミリが二輪の手押し台車と一緒に数人の傭兵たちを連れて戻ってきた。

傭兵たちは倒れている大猪を見ると「うお!? でけえ!?」「これ、荷台に乗るかぁ!?」と驚く。


「根性ぉぉぉぉ!!!」


 傭兵たちが大猪を持ち上げ、荷台に乗せるとルナミアが先に戻るように伝え、彼らはコーンゴルドに向かって移動をし始めた。


 私たちももう少しだけ休憩した後、コーンゴルドに向かって歩き始める。

道中雑談をしたりしながら歩き、森を抜けて拾い草原に出るとルナミアが足を止めた。

彼女の視線の先には一本の大木が見える。

あれはいつもルナミアと馬の競争をするときにゴール地点にしている大木だ。


「ねえ、ちょっとやりたいことがあるんだけど」


 ルナミアはそう言うと大木の方を指さした。


※※※


 ルナミアのやりたいことと言うのは大木に私たちの名前を刻むことであった。

まずルナミアがナイフで木の幹に名を刻み、次に私が、その後にエドガー、ロイの順番で最後にミリが名前を刻んでいる。


「えーっと、ミリ・ミ・ミジェ……」


「ここに眠る」


「おい、こら、リーシェ! 殺すな!!」


 私たちは笑い、ミリがや「やれやれ」とため息を吐いた。


「で? なんだって急にこんなことを?」


 ミリがそう言いながらナイフをルナミアに返すと義姉は大木に優しく触れた。


「なにかみんなで残せる思い出みたいなものが欲しかったの。東でジン国が滅亡したことやメフィル家がオースエン家と本格的に対立してきたこと。そして、お父様のこと。きっとこれから大変なことがいっぱい待ち構えているわ。もし、私がお父様の跡を継いだらこうやってみんなで集まって何かをすることが難しくなるかもしれない」


 だからこうやって木に五人の名前を刻むのだ。

ここを思い出の地とし、辛いことに対して挫けそうになったら思い出すために。


「なるほどね。なら私からも一つ提案があるわ!」


 ミリはそう言うとルナミアからまたナイフを借り、木の幹に何かを刻み始めた。

彼女は「よし、できた!」と満足そうに頷くと、みんなに刻んだ言葉を見せる。


『千年祭。約束の木』


 木にはそう刻まれていた。


「二年後の千年祭でここに集まりましょう。で、そこから毎年は難しいかもしれないけれども五年毎くらいで集まるの。どうかしら?」


 千年祭というのは2年後、つまりアルヴィリア歴1000年に行われる予定の一大行事だ。


 女神が大陸を創生してから千年の節目に国を挙げての大きな祭りになるという。

そんな日に私たちがここに揃う。

それはとても素晴らしいことではないだろうか。


「二年後か……。俺はきっと騎士になっているな!」


「ほう? あと二年で騎士になろうとは、大した自信だな」


「エドガー、お前の最短記録を更新してやるよ!」


 意気込むロイに対してエドガーは「お前があと二年で騎士になれたら裸踊りでも何でもしてやる」と言った。

エドガーの裸踊り……少し見てみたいかもしれない。


「リーシェ、なにか不埒なこと考えていない?」


「か、考えてないよ!?」


 義姉に突っ込まれて慌てて首を横に振る。


 二年後、この木の下でまた集まる。

その時、私は何をしているのだろうか?

ルナミアの補佐をしているのだろうか? 

または別の何かをしているのだろうか?

未来のことは分からない。

だが大変な時代になったとしても定期的に友人たちと集まるようにすれば、この繋がりを断たないようにすれば。

一人では無理なことでもみんなで集まれば乗り越えられるかもしれない。


「さて、そろそろ帰りましょうか?」


 ルナミアの言葉に私たちは頷く。


 最後に五人で木の幹に手を触れ、全員で約束をした。


「二年後に、またここで」


※※※


 私たちは約束の木から離れるとコーンゴルドへと向かう。


 私は最後尾を歩き、前でルナミアとミリが、ロイとエドガーが会話をしているのを見る。

見慣れた光景だ。

私はみんなといる時間が好きだ。

空っぽであった私に希望をくれたルナミア。

ゼダ人である私を対等に扱い、そして騎士になると約束したロイ。

見栄っ張りだが真面目で結構面倒見がいいエドガー。

私の初めての同姓の友人であるミリ。


 私はみんなが一緒にいるこの光景を守りたい。


 ふと、風が吹いた。


 木々が騒めき、葉が空を舞う。

私は背後から何かを感じ、振り返ると約束の木の下に”彼女”が居た。


 銀の髪に、赤い瞳。

私と同じ顔をした少女━━━━レプリカだ。


 彼女は何かを訴えかけるような表情をし、それから口をゆっくりと開いた。


『もうすぐ、始まる』


 「何が?」と彼女に訊ねる前に突風が吹いた。

それにより一瞬目を瞑ってしまい、目を開けた時に既に彼女の姿は無かった。


「凄い風だったわね」


「うん……」


 ルナミアに声を掛けられ、頷く。

先ほどのレプリカの言葉、いったいどういう意味なのだろうか?

なにか、とても悪いことが始まろうとしているのであろうか?


 私は妙な胸騒ぎを感じながら義姉たちと共にコーンゴルドに戻るのであった。


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