オスナブリュック事件 6

一体何故このようなことになってしまったのだ。

短時間の気絶から立ち直ったラヨシュ・ミロフスキ政治委員は満身創痍になったアンドレアス六号艦の艦橋内を見回して、思わずそう思ってしまった。

偶然合流先で例の快速巡洋艦を発見して最後の一撃とばかりに攻撃をかけ終え、撤退を行うために合流しようとしたその瞬間であった。

一時的に広域通信に切り替えていたのがあだになり、突如通信回線より流れた音楽が通信を阻害し、正確に合流するところの騒ぎではなくなってしまったのだ。

急ぎ作戦用の通信回路に切り替え、何とか合流を図ろうとしたが、どうも他二艦の混乱が予想よりも酷かったらしく、まともな連携をとることすらおぼつかない有様であった。

戦術ネットワークシステムなどを駆使して何とか混乱を収め、まさに合流を果たそうとしたその時。バラーラデーヴァ二号艦の反応が三次元レーダー上よりロストしたのだ。

明らかに敵艦がこちらを捉えた。そう判断したムライ中尉とミロフスキ少尉はすぐさま離脱を図ろうとした矢先、艦全体に衝撃が響き渡ったのは確かに覚えていた。

左腕に着けた腕時計を見やる。長針と短針は午後七時十二分を指しており、気絶してから大体一時間ほどであることがうかがえた。

次に彼は艦長席を見やった。そこで舞台全体の指揮を執っていた壮年の艦長はどうも頭を強く打ち付けていたらしく、デスクに彼のものと思しき赤い体液が広がり、床に滴り落ちていた。

艦橋に詰めていた何名かの艦橋員は艦長と同じように急所を打ち付けているか気絶から立ち直っていないようであった。

めまいを覚えながらゆっくりと立ち上がり、通信用のコンソールへと向かった。

通信用のコンソールは個艦通信用の秘匿通信になっており、その先はズヴェズター三号艦であった。

「ズヴェズター三号艦、ズヴェズター三号艦、こちら第三快速作戦部隊旗艦アンドレアス六号艦である。至急応答されたし。ズヴェズター三号艦、ズヴェズター三号艦、聞こえるか…」

何度呼び掛けても返事が返ってこない。敵艦の攻撃を食らったときに撃沈されたか、それとも気絶している間に撃沈されたか。

どちらにしろズヴェズター三号艦の生存は望むべくもないであろう。とうとう第三快速作戦部隊はアンドレアス六号艦になってしまった。

「こうなれば近くの部隊だ。だが問題は間に合うかどうかだな…」

彼は通信コンソールをいじくり、先ず一六光年先の宙域に展開しているであろう第六快速作戦部隊へと繋いだ。

通信は確かにつながったはずである。なのに通信コンソールからはオペレーターの声すら聞こえてこなかった。

「壊滅していたか…!!」

なら次の部隊だ。ミロフスキは次に二二光年離れた宙域で活動しているであろう第十快速作戦部隊につないだ。

「こちら第三作戦部隊付政治将校のラヨシュ・ミロフスキ少尉である。第十作戦部隊、応答せよ。」

やや間が開いて、女性オペレーターの声が聞こえてきた。しかし口調の様子からどうも慌てているらしかった。

「・・・こちら第十作戦部隊!第三作戦部隊至急救援を送られたし!」

「第十作戦部隊、何があった!」

救援を送ってもらおうとした部隊に何かがあったらしい。ミロフスキは急いで詳細の報告を求めた。

「当作戦部隊は敵航宙機の攻撃を受けつつあり!現在回避行動をとりつつ撤退を図っているが限界が…・!!」

爆発音とともに通信が途切れ、あとは砂嵐音が彼の耳に入ることとなった。

「第十作戦部隊!?第十作戦部隊!応答せよ!第十作戦部隊!クソ!」

第十作戦部隊は今しがた壊滅した。近隣の部隊に救援してもらうという彼の構想はもろくも崩れ去った。

鋭い目つきで艦長席を見やる。そこには原型は残っているがもはや生物として機能しないであろう死骸が横たわっていた。

そうだ。もともとはあいつが速やかに撤退しないのが悪いのだ。多少の犠牲は致し方ないだろう。だが、あいつはその後の作戦行動だとかなんだとか言い訳をつけて撤退しなかったのだ。俺の言うことを聞いていればこんなことにはならなかったのだ、この反革命分子、帝国の手先が!

今すぐに蹴っ飛ばしてやりたい衝動が彼の脳内を駆けずり回ったが、なんとかそれを臨界点ぎりぎりにまで押しとどめ、再びコンソールに向き直った。

こうなれば司令部に直談判して救援部隊を送ってもらうしかない。直卒の部隊の一部は送ってもらえるだろう。

彼は通信コンソールをいじり、上級の部隊、第二通商打撃群司令部へと通信をつなげた。

「司令部、司令部。こちら第三快速作戦部隊。第二通商打撃群司令部応答せよ」

程なくして通信機から若い男の声が聞こえた。どうやら司令部は健在のようである。

「・・・こちら第二通商打撃群司令部である。第三快速作戦部隊どうしたか。」

「わが部隊は帝国軍に捕捉され壊滅の危機に瀕している。至急救援されたし。」

やや時間がかかって、再び通信コンソールから声が聞こえた。

「第三快速作戦部隊、貴部隊の近くに展開している部隊にはすでに連絡はしたか。」

「近くに展開している代第六、第十両部隊に連絡を試みたが、両部隊とも壊滅した模様。」

通信機から驚愕したような声が何十にも聞こえてきた。彼らが要する八の部隊のうち、第三快速作戦部隊も含めて三もの部隊が壊滅したのだ。無理もないだろう。

程なくコンソールから先ほどとは違う重い声が聞こえてきた。彼は声の持ち主がこの第二通商打撃群の司令官であるベルトラム・スタヴィンスキー准将であることは想像がついた。

「第三快速作戦群、貴部隊の置かれている状況はどのようなものか。」

「作戦宙域であるアントファガスタ宙域にて帝国軍の巡洋艦を急襲したものの帝国軍の救援部隊の返り討ちに会い、撤退に失敗して当該宙域を漂っている状況です。至急救援をお願いします。」

ベルトラム准将は少し考えたであろう間を開けた後、再び口を開けた。

「貴部隊の置かれている状況はよく分かった。救援部隊を速やかに組織して至急アントファガスタに展開させる。それまで何とか持ちこたえてくれ。」

「・・・分かりました。善処します。革命万歳。」

そう言って彼は通信を切って、前方のスクリーンに映る宇宙の景色に目をやった。

砲撃を食らった際にどうも恒星系の内側にまで投げ出されたらしく、先ほどまで画面全体に広がっていた外縁ガス惑星群が画面内にすっぽりと収まる様子が彼の目に見て取れた。

この宙域のどこかに先ほどまでに襲撃していたであろう快速巡洋艦と救援部隊がこちらを探してうろついているだろう。

果たして救援が来る前に彼らに見つかりはしないだろうか。俺は一刻も早く本国に帰って党内でのし上がらなければならないのに。

ふうとため息が漏れた。考えるのはいったんやめにして、部屋で救援が来るまで待っていよう。

踵を返して部屋に戻ろうとする彼がその青い目でとらえたのは、彼に向かって伸びる四、五ほどの銃口と、それを向ける同数の人型であった。

「星空を見て感慨に浸るのは終わりか?海賊かと思ったら叛徒だとはな。」

隊長かと思しき覆面の男が、銃口を向けながら刃のごとき声でそう言った。

彼は先ほどまで彼の脳内を駆け回っていた怒りが再び駆け回る感覚を覚え、目の前の覆面の男たちに「圧政者の犬、反革命分子が!」と吐き捨てるように言った。

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