オスナブリュック事件 3

統合共同体の単一執政与党である結集党の若い政治委員ラヨシュ・ミロフスキ少尉はスクーナー艦ズヴェズター三号艦が今しがた行った敵快速巡洋艦に対する奇襲攻撃が成功した報告を今しがた聞いたばかりであり、興奮する思考を抑えながら作戦用立体スクリーンを眺めていた。

「まさか快速巡洋艦相手に奇襲に成功するとは…」

今作戦の旗艦であるアンドレアス六号艦の艦長であるカツヒロ・ムライ統合共同体宇宙軍中尉は棚から牡丹餅ともいえる大戦果に、思わず顎に手を当ててうなりだした。彼も快速巡洋艦相手に奇襲が成功するとは、思いもよらなかったのである。

全国民が結集し帝国の暴虐に対抗するという題目を掲げる結集主義は、その性質上外敵を策定しなければ回すことが不可能な制度であった。

結集主義を掲げる統合共同体もその例に漏れずその主敵を彼らと比較して圧倒的な国力を持つ汎人類星間帝国に定めており、その手段としてオリオン腕の反対側に位置するサジタリウス腕の銀河連邦との命がけの外交と帝国内の革命組織との接触と援助、そして海賊に偽装した軽編成の快速艦隊による伝統的な通商路破壊戦術の三つの選択肢が存在していた。

ミロフスキら第三快速作戦部隊は後者の作戦活動に割り当てられ、オリオン腕への唯一の接続路であるクールラント星域に存在する巨大要塞テオーデリヒスハーフェンに補給物資を抱えて向かう輸送船団を目標に作戦を展開していた。

ところが、作戦の途中でテオーデリヒスハーフェンに向かう一隻の旧式のジャンベール級快速巡洋艦が作戦区域のアントファガスタ星域に突入するという情報が作戦司令部より通知された。

快速巡洋艦がたった一隻、しかも護衛もなしで通過するという情報からテオーデリヒスハーフェンに極秘の作戦計画を通達しに行くものであると判断した第三快速作戦部隊は急遽アントファガスタ星域に舵を取り、巡洋艦に奇襲攻撃を仕掛けて撃沈することとした。

かくして、奇襲攻撃は成功したが機関部に損害を与えるだけの結果となってしまった。

巡洋艦は足を傷つけながらもなんとか航行を再開し、行方をくらますこととなり、結果として彼らが通ると思われる小惑星帯と第五惑星の二通りのルートに艦を潜ませることとなった。

そして今現在、第五惑星の衛星に潜んでいたズヴェズター三号艦が、フライハイ航法で離脱を図ろうとする巡洋艦の襲撃に成功したのであった。

「手負いとはいえ巡洋艦は巡洋艦。油断はしてはいけません、艦長。今すぐ残りを率いてズヴェズター三号艦と合流すべきです。」

「そのことについてだが、作戦司令部から緊急連絡が先刻あった。」

「司令部から?いったい何が?」

ミロフスキは怪訝そうな顔をしてムライ中尉に問いかける。司令部から緊急を要する連絡なら自分に届くはずである。なのに届かないとは乗務員の怠慢であろうか。そうだったら厳罰に処するべきである。

「昨日、テオーデリヒスハーフェン要塞から戦闘巡洋艦三隻と駆逐艦六隻からなる救援部隊が進発したそうだ。二日後にはこの星系に到着するらしい。」

「なんですって!?なぜそんな緊急性の高い情報がこちらに来てないのですか?」

「この情報は少尉殿が艦橋に入るすぐ直前に届いた。知らないのも無理はない。」

圧倒的な敵戦力がこちらを撃滅しにやってくる。その絶望的な情報にミロフスキのみならず小さい艦橋に詰め寄るスタッフたちにも大きな衝撃を与えた。

帝国宇宙軍の治安維持行動の苛烈さは国内の反社会的組織のみならず、それらを支援し、時には自ら行う統合共同体にも響き渡っていた。

たいていの場合、捕虜は事情聴衆ののちに全員がその場で処刑、船は沈没処理されるというのが帝国軍の対反社会組織行動に対する対処法であった。

加えて、事情聴衆は苛烈さを極めるものであり、薬品類の使用はもちろん、暴行、拷問は当たり前で、これらを吐くまで行い、決して黙秘を許さない。

加えて、これらの成員にかかわっていた家族、友人も連座して罪に問われ、たいていの場合は財産のある程度の没収および懲役刑に処されるものであった。生活苦を言い訳にしてもこの裁定は平等に下される。

これらは帝国のみならず、連邦、共同体どちらかの国籍を持っていたとしても適用される。帝国は全人類の帝国であるので蛮族どもの法では裁かない。平等に帝国臣民として、帝国には向かったものとして扱われる。

帝国に捉えられること、それはすなわち破滅が降りかかることと同じであった。これまで作戦に関わり、しくじった共同体の先人たちも同じような目にあっている。そのようなことになってはいけない。

「すぐにこの星域から離脱しましょう。グダニスク星域の停泊地にまで逃げ込めば敵はすぐには追ってこないでしょう!」

ミロフスキは何とか落ち着きを取り戻し、すぐにムライ中尉に撤退を進言した。

「すぐにそうしたい。そうしたいがズヴェズター三号艦はどうするのかね?」

「残念ですがここは見捨てましょう。犠牲はつきものです。」

「戦力の三分の一を失うのだぞ!今後の作戦展開のために何としてもズヴェズター三号艦を連れ帰るべきだ!それにスクーナー艦の速力なら二日以内に十分こちらに合流できる!」

(何という頑固な男か。敵が迫っていることが分かっている以上一艦でも生き残ることこそ肝心だというのに!)

ミロフスキは艦長の反対意見に対して苛立ちを覚えた。自分の意見に誤りがあったとしても、艦長の意見に正しさがあったとしても、彼には納得しかねるものであった。

「・・・わかりました。確かにスクーナー艦の速力なら二日以内に合流は叶いましょう。何事もトラブルさえなければ救援部隊が到着するまでには当星系から離脱ができましょう。それで、合流地点は何処になさるのです?」

「うむ。一応候補としてはだな。」

ムライ中尉はそう言うとオペレーターに作戦立体図を出すことを指示し、間もなくして作戦用立体図が彼らの眼前に現れた。

「まずは第六惑星第二衛星軌道上に集結し、そこからワープでグダニスクを目指すルート。すなわち本艦が当初とるべきだったルートだ。」

作戦用立体図に前方に向けられた矢印が第六惑星と書かれたガス惑星の、その二つの衛星の一つに向かって伸びる。当初はズヴェズター三号艦が奇襲に成功した後にこの場所に陣取り、巡洋艦がこの惑星を通過してから撃沈を試みる作戦であった。

「次に第四惑星の軌道上で合流し、同じくワープを目指すルートだ。」

立体図にもう一つの矢印が後方に向かって伸びる。すなわち来た道を戻るルートであった。

「ズヴェズター三号艦がどこまで行っているかですね。」

「うむ。ズヴェズター三号艦が予定通り巡洋艦の追跡を行っていたら前者、そうでなかったら後者を実行する算段だ。」

ムライ中尉が政治委員少尉の意見に肯首する。

「厳重な通信封鎖と各種ジャマー装置を起動させているので詳細な行動はわかりませんが、恐らく当初の作戦通り追跡を行っていることでしょう。」

ミロフスキ少尉はズヴェズター三号艦の現時点における行動をそう推測した。同艦艦長を務めるクリシュナ・サンジャリ中尉はよく言ってしまえば宿題を確実にこなせる男、悪くいってしまえば柔軟性と独創性が皆無に等しい人間であり、彼の気質を考えれば当初の作戦案通りに行動を行っているはずであると推測するのは何ら不思議なことではなかった。事実ズヴェズター三号艦は巡洋艦の追跡を続行していたのであったが、通信封鎖とジャマーのためにそれをつかむのは酷な話であった。

「ふむ、私も同意見だ。だが確実に巡洋艦を追跡しているという確固たる材料が少ないのもまた事実だ。もう何時間ばかり待ってみて、定期的な暗号通信が来たら行動すれば良いとも考えるが。」

「それでは遅いです!兵は拙速を尊ぶといいます。艦長の考えのとおり今後の作戦行動のため全艦そろって撤退するには今すぐ行動するしか間に合わないのです!」

ミロフスキは艦長の消極的な意見に対して激昂の意を込めながらそう提言した。彼としては一刻も早くこの宙域から撤退したかったのである。この際、ズヴェズター三号艦なんぞ放っておけばいいではないか。

「・・・言ってくれるな。まあいい。型式にうるさいクリシュナのことだ。どうせ第六惑星まで進路を勝手にとっているだろうよ。全速前進!第六惑星第二衛星軌道上に向かうぞ!バラーラデーヴァ二号艦にもそう伝えろ!」

ムライ艦長は隣の作戦行動に口を挟むエリートに侮蔑の視線を送りながら、乗艦と僚艦に指示を飛ばす。

天暦一五三三年七月一二日午後一時二三分、アントファガスタ星域小惑星帯に潜んでいた統合共同体の海賊部隊所属のフリゲート艦は、僚艦と合流するために一路第六惑星第二衛星への針路をとった。

だがその針路は、第八惑星を目指して足を引きずりながら追跡者を躱すアントファガスタ号の針路を偶然とはいえ扼す形になるものであろうことを両艦の乗員はまだ知らぬことであった。

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