第16話 <夢>鬼
甘いような、それでいて錆びた鉄の混じった臭いが立ち込める。趣向を凝らした技など使う必要もないほどの相手だった。
まだ手元にある刀は疲れを知らずに鈍い輝きを失わない。
月明かりが薄い暗闇の道の向こうから、一緒に警邏していた隊士の声がした。
「組長、ご無事ですか?」
「僕が失敗するわけないでしょ」
喉を鳴らして笑う僕は目の前の彼らからしたら悪鬼に違いない。
すでにものを言えない彼らはそれで国を変えたいと願った男と同一人物なのか疑わしい、いや、別物だ。
足元にいるのは国を憂う意識高い浪士ではない。もうただの肉塊だ。
この凄惨な現場を見た京の人たちはまた僕らのことを人斬り新選組と詰りながら、目をつけられることを恐れるのだろうか。
『お前らは日の本がどうなってもいいのかっ、真剣に考えたことはあるのか!?』
斬る直前の男の言葉だった。
僕にとってこの国のことは二の次三の次、それよりもっとどうでもいいことだけど、それを真剣に考える人がいるのは面白いと思う。
でも、面白いだけだ。僕にとって特段意味を持つことではない。
「どうかいたしましたか?」
「ううん、何でも」
笑ったところでもう一人の味方に僕の顔が見えるとは思えないが笑った。
同じようにこちらからも見えないが、向こうの男は怪訝そうに眉間に皺をよせているのだろうか。
「組長は、あぁいう風に言われてどう思いますか?」
「僕?」
「国について」
真剣な声で問いただす彼を、何を心配しているのかと蹴り飛ばしてやりたくなる。
人斬りの道具がそんなことを考える必要はない。ついでに興味もない。
「どうでもいい」
「どうでもいい、のですか?」
「うん、僕は先生が望むことを叶えたい。それだけ」
「貴方たちはっ」
僕に降りかかろうとする冷たい白刃より早く刀を振り切った。
そういえば、監察の山崎君が、一番組に間者がいるから気を付けてって言ってたっけ。
温かな鮮血を浴びながらぼんやりとそんなことを考える。
彼のこと、別に嫌いじゃなかったのになぁ。
足元で血が音を立てる。彼はもう持たないだろう、それでもこのまま放置していくわけにはいかない。
一息に喉を突いてあげた方が楽にしてやれるだろうか。
「思想、のない人斬りが…」
「僕さ、君のこと嫌いじゃなかった」
「そ、です…か」
「うん、恨めばいいよ。僕のことを」
硬く土を踏みしめる音とともに彼に近づく。
雲から現れた月が、さっきまで仲間同士だった二人の男を照らす。
心根は異なっていても死地を共にしたことには変わりない。
「お、に」
「うん、知ってる」
刀から伝わる鈍い感触とともに、暗い夜道から荒い息遣いが消えた。
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