やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中
永瀬さらさ/角川ビーンズ文庫
序章
粉雪まじりの強風が
どうにか階段をのぼりきり、
押さえた
それにその魔力も、たったひとり、ここまで
この状態では、飛び降りて助かるとはとても思えない。
「いたぞ、ジル・サーヴェルだ!」
それでも敵の声を聞けば、体は反射のように動く。何年も
大きく
相手も悪い。つい昨日までジルにとっては仲間、守るべき国民だった。どうして、という思いが失血も手伝って剣さばきをにぶくする。
ついにジルは
「そこまでだ、ジル」
何より、
兵の奥から、城壁に立つには不似合いな
「……ジェラルド様」
名前を呼ばれたこの国の王太子は、魔力を
「私の
「──相変わらず、妹思いなのですね」
戦場で
だが思わず
「当然だ。我が妹にまさるものなど、この世にはない」
(
そう
そもそも、罪名が追加されても、
吹雪の中、
ジルの故郷であるサーヴェル辺境領は、神話の時代から何かと争いが絶えないラーヴェ
何より、化け物じみたジルの魔力を認め、必要だと言ってくれたのだ。
だから堂々と魔力を使い、戦場を駆けることもまったく苦にならなかった。
戦功をたて軍神
なのにジェラルドの正体は、妹と禁断の
ジェラルドの
だが一目見れば誰しもが
だって思わないではないか、普通──婚約者の
いや、厳密には浮気相手は自分のほうだった。自分との婚約は、最初から妹との禁断の恋をカモフラージュするためだったのだ。ジルは完全な
(妹思いの、いい兄だとばかり……少しすぎたところがあるだけで……)
だが、ジルがそうと知ったあとのジェラルドは、非情だった。
まず、婚約を
その翌日にはなぜか身に覚えのない罪で
王太子とその妹の
こうなったときを前々から想定して備えていたとしか思えない。ジェラルドの
これだけ
「しかし、どうやって牢から出たのだか。君が飼っている
「サーヴェル家も今は動けない。……内通者を見つけなければな」
「ご心配なさらずとも、内通者などおりません。魔力で叩き
「……。まったく、サーヴェル家の人間はこれだから」
「君が
なるほど、ジェラルドと妹の仲を見すごせば、そういう未来が待ち受けていたわけか。
これはもう、
(……我ながら、節穴すぎた。こんな男を強いと、尊敬していたなんて)
がん、と石畳の
人間は簡単に死ぬものだと、戦場で嫌というほど学んできた。だが死ぬとしても、せめてこの男が笑えない死に方をしなければ、腹の虫がおさまらない。
「ただ私を
「──どけ」
眼鏡の奥の黒曜石の
だが、こちらは年季が違う。この男のために戦場を駆けた軍神令嬢だ。
(なめるな!)
一点に魔力をこめて、王子様の槍を
真下は暗闇、底の見えない
「ジル! 何を」
「
少なくともこのままよりは、可能性があるだけずっといい。
「わたしがお前を捨てるんだ」
ジェラルドの婚約者として失ってはいけない女らしさのためにはいていた、ヒールの高い
「矢を射ろ!
矢の
だが魔力の壁を
黒い槍。
(負けるものか)
手のひらが魔力で焼けていく
負けるものか、負けるものか。こんな終わり方をしてたまるか。
歯を食いしばって、そう前を
ゆっくりと手から力が抜け、黒い
(もし、あの男の婚約者にならなかったなら)
ああ、これは
だって十歳のあのとき、パーティーで求婚されなければ、自分は故郷で戦場に立つことはあっても、
そして大好きなお
でも、あの日、あのとき、求婚さえ受けなかったならば、人生は違ったはずだ。
(
──次。次さえあれば、利用されたまま終わらないのに。
「……ジル、どうしたんだ。ジル?」
「え?」
はっとまばたいた。真っ暗な空も、血も
「なんだ、
「いくらジルでも
「ジェラルド王子の十五歳の誕生祝いだからな。しかも、このパーティーで
頭上から降る会話をジルは
(……お父様とお母様だ)
とっくに死んでいるはずの彼らが、なぜ。
だが夢だと思うにはいささか強い力で、母がその手を引く。
「ジルが選ばれたりしてね?」
「え……な、何に、ですか」
「ジェラルド王子の婚約者にだよ。お前は
両親はきっと冗談のつもりで、笑っていた。
そう、笑っていた──覚えがある。
さあ行こうとうながされた先で、
(……
吹き抜けの天井から
──自分は、この夢みたいな世界を前に見たことがある。
(そんな、馬鹿な)
ふと、横にある窓が目に入った。
そこには
いや、多分十歳だ。まだ
「ジェラルド・デア・クレイトス王太子殿下、ご入場!」
ファンファーレと
生まれて初めて見る本物の王子様というものを、食い入るように見つめていたのだ──その眼鏡の奥の瞳と視線が交差するまで、あのときの、十歳の、自分は。
「!」
そうしてまた目が合う。
先ほど真夜中を告げたはずのクレイトス王城の時計
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