第7章 第3水曜日(手芸教室開催中!初心者大歓迎!)
◆1◆ 意外な生徒達
「せんせー! ちょっとここがわかりませーん!」
「はいはい、いま行きますね」
「うわ、お前、へったくそ!」
「うるせぇな、お前のとあんまり変わんねぇし!」
「大丈夫大丈夫、これくらいならどうにでもなりますからね」
本日、第3水曜日はスミスミシンの『手芸教室』である。
今回のテーマは『セレモニーにも、普段使いにも! 絶対失敗しない、バラのコサージュ!』だ。
コサージュといえば、卒業(園)式や入学(園)式のコーディネートを一層華やかにしてくれるアイテムである。なので、3月に開催しても良かったんだけど、3月の第3水曜日となると、さすがにぎりぎり過ぎてそれどころじゃないだろう、ということで、この2月に開催の運びとなった。
今回の手芸教室、いつもと違う点がひとつある。
ズバリ、客層である。
いつもの感じだと、毎回参加してくれる常連さんが3人と、それから、そのお友達がいたりいなかったり。後は新規のお客様が、そのテーマによって、多くて3人くらい。そして、年齢の違いはあれど、その全員が女性だった。ううう、やはり手芸に興味のある男性というのは少ないのだろうか。なんていつもちょっとだけ寂しい思いをしていたのだ。
が!
今回は何とここに『男』がいるのである。
しかも、3人も!
さらに驚くべきことに、何と高校生である。
これはもうひとえにマリーさんのお陰なのだ。
何せ彼らは、マリーさんが作ってくれたあのスタイリッシュな方のポスターをガン見しているところを、そのデザイナーである彼女自身が声をかけて参加となったからである。もう一から十までマリーさんのお陰と言えよう。
今回のコサージュは本当に簡単に作れるものではあるけれど、使用する生地によってはカジュアルな恰好のアクセントにもなるし、もちろん、セレモニースーツに使うことも出来る。うんと華やかにしたい人のために、ビーズもたくさん用意した。これはこの教室内に限り、100円で使い放題となっている。また、そのビーズも、針と糸で縫い付けられない人のためにグルーガンも用意した。これは「針と糸じゃなくてさぁ、こないだの接着剤のみたいに、もっと簡単なやつってないの? 私だったら絶対無理だよ」というマリーさんの案である。僕だとそういうところまで気が付かなかったりするので、本当に有難い。
「どうですか、縫い終わりましたか? 指を刺した人いませんか? 消毒液と絆創膏、用意してますから、遠慮なく言ってくださいね」
「せんせー、縫い終わったらどうしたら良いですかー?」
「おお。早いですね。ちょっと待っててもらえますか?」
「ういーす」
高校生達は、見た目こそちょっと派手だけれども、皆素直で良い子達だった。
ちなみに彼らは高校3年生である。
つまり、卒業生、ということだ。
彼らは、自分達の卒業式に出席する母親のために何かサプライズでプレゼントを贈りたい、なんて思っていたらしい。そこへ、ちょうどこのポスターを見つけ、でも男が手芸とか……とためらっていたのを、「君達、手芸教室に興味あるの?」とマリーさんが声をかけた、という経緯である。
ただ、それを聞いたマリーさんは、彼らのその思いにいたく感動してしまい、いきなりえぐえぐと号泣してしまったのだった。その様子が店の中からちらりと見えた僕は、てっきりマリーさんが彼らに絡まれているのだと思い、颯爽と助けに行ったわけだが――、
「すんません、この姉ちゃんが何かいきなり泣き出しちゃったんすけど、助けてください」
と、ちょっと、いや、かなりドン引きした彼らに、依然えぐえぐと泣いているマリーさんを押し付けられてしまったのである。
とまぁ、彼女のちょっと可愛らしいエピソードは置いといて、だ。
とにもかくにも、僕はスミスミシン手芸教室始まって以来の男子生徒にちょっとどぎまぎしながらも、立派に講師を務めている。と思う。
しかも今回は――、
「――ぁ
「ちょ、姉ちゃん、俺らより下手すぎねぇ?」
「あーもう、縫い目がったがたじゃん?」
「ほんとだ、ひっでぇ。俺の方がマシだな」
「し、仕方ないでしょ! 家庭科なんてもうはるか昔のことなんだから!」
どういうわけか、マリーさんも参加しているのである。何か話の流れで――というか、この高校生達に「姉ちゃんもやろうぜ」なんて誘われて、ちょっと渋々そうに参加してくれたのだった。
「ま、マリーさん、大丈夫?! どこ? どこ刺したの?! 消毒、消毒!」
「ちょ、消毒とか大げさすぎ! こんなのねぇ、舐めときゃ良いの!」
「え、それは僕が舐めるってこと……?」
「馬鹿たれ! 自分で舐めるわ!」
用意した長テーブルは2つ。ひとつは常連さん3名とそのお友達2名、そしてもうひとつが今回初参加組である。なので、マリーさんはその高校生達と、それからすっかり仲良しになってしまったらしい山崎さん(意外と初参加だった)と一緒にコサージュを作っている。山崎さんはどうやら先日の一件でマリーさんが僕の恋人であることを察したらしく、僕らのやりとりを「あらあらウフフ」と見守ってくれている。
「つうか、姉ちゃんさ。あんなかっけぇポスター作れるくせに不器用なん?」
「あのね、ああいうのを作れることと、針仕事はまっっっったくの無関係だからね?」
「でもさ、女って、こういうの得意だったりすんじゃん?」
「うっさい! 私はねぇ、どちらかというと、工作とか、そういう方が得意だったの!」
結構な年の差があるはずなのに、マリーさんと男子高生達は案外楽しそうにやっている。手芸に関してかなりベテランの山崎さんは、ちょっと遅れている男の子にアドバイスもしてくれている。こちらはおばあちゃんと孫って感じだけれども。マリーさんは何だか『弟の友達に揶揄われているお姉さん』みたいでちょっと面白い。
良かった、マリーさんも楽しそうだ。
そう思って、次は隣の長テーブルの様子を見に行こうかと、くるりとターンした時だった。
「ハーレム気分よねぇ」
「言えてる。スミスさんにも色目使ってねぇ」
そんな声が、その隣のテーブルから聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます