第6章 月曜日(端切れコーナー全商品、30%OFF!)
◆1◆ 小さなお客様
「やっぱり今日も来たんだね……」
かれこれ3日連続のご来店となっている、そのお客様に、僕は腰を落とし視線を合わせ、ため息をついた。
「今日はぜーったいあのババア呼ばないでよね!」
土曜日にお姑さんに回収してもらったのだが、その翌日もしっかりと昼食(とおやつとタブレット)持参でやって来たのだ。今度はビニール袋ではなく、可愛らしいリュックサックで。パッと見、ちょっとした遠足のようである。
「そんなことを言われてもね、そんなわけにもいかないんだよ」
どうやら莉競ちゃんのママはいわゆる『授かり婚』というやつで、まだ24歳と若いのだそうだ。それに対して旦那さんはというと、40に届くかどうか、くらいらしく、まぁとにかく離れているのだという。2人がどういう経緯でそういった行為に至り、莉競ちゃんが誕生したのかまではわからないが、まぁとにかく、莉競ちゃんのママ――莉奈さんはその年が離れた旦那さんとも、また、お姑さんともあまりうまくいっていないのだそうだ。というか、まさかお姑さんと同居だと思わなかったとかなんだとか。
「それでね、新しい寄生先を探してるみたいなのよ」と、安田さんは声を落として言った。寄生先も何も、既婚者じゃないですか、と返すと、「だってね、何のあてもないのにあんな小さな子を連れて家なんか出られないわよ」と言うのである。
つまり、莉競ちゃんの言うところの『新しいパパ』をしっかり確保してから、別れる算段なのだという。
別に他人の家庭についてあれこれ口を出すつもりはないけれど、それを子どもにまで教えるのはどうなんだろう。結婚していても、他に好きな人が出来ちゃうこともあるかもしれない。それは仕方がない。けれども、だったらきちんと手順を踏むべきだと思う。そして、莉競ちゃんが実の父親に対してもう『古いパパ』のように思っていることもまた悲しい。僕は、子どもの僕が、ちょっといい加減にしてよと呆れてしまうくらいに仲の良い両親に育てられたから、そんな夫婦の形を知らないのだ。
そして、お姑さんの方でも、「息子がろくでもない女にたぶらかされた」と莉奈さんをよく思っていないらしく、その子どもである莉競ちゃんに対しても厳しく接するのだという。そんなことを聞いたら、やっぱり可哀相になってしまって、とりあえず夕方くらいまで預かってしまったのが、良くなかったのだろう。
で、「食べるものも飲みものも、ぜーんぶあるんだから、メーワクかけてないでしょ!」と言って、本日もご来店の運びとなったのだった。
まぁ、意地悪な言い方をすれば、だ。
普段は出さない長テーブルを出して場所も貸しているし、トイレも貸しているし、電気(タブレット充電)も貸している。事情を知らないお客さんからは「スミスさんの子?」と勘違いされたりもするし、実は結構迷惑は被っているのである。
それでも、本人としては、何の迷惑もかけていないと思っているらしく、僕が特に気を遣わなくても何の不満もないらしい。ただ、お客さんが「スミスさんの子?」と尋ねて来る度に、僕が否定するよりも早く「そうだよ!」と答えるのは本当にやめてほしい。
とりあえず、お家の方が心配するといけないので、こっそりとお姑さんに電話をする。こないだ、もしもの時のためにと番号を聞いておいて良かった。
「田中でございます」
「いつもすみません、スミスミシンです」
「ああ、スミスさん。あの、もしかして、また?」
「ええ、実は」
「本当に申し訳ありません。嫁は、今日から保育園だ、なんて言ってたんですけど」
「保育園、ですか」
しかし、まだ入園セットは渡していないんだけど。あと一つ、上履き入れが出来ていないのだ。
大変だ、急がないとな。
「ええ。みどり保育園の方に――。いや、それも本当なんだかどうだか。まぁ、とりあえず、迎えに行きます」
「あの、ゆっくりで大丈夫ですよ? 莉競ちゃん、お昼もちゃんと持って来てますから」
「すみません、助かります。ちょっとこちらの用を済ませたらすぐに行きますから。本当に申し訳ありません」
通話を終え、ため息をつく。
どこまでが本当なんだろう。
入園は本当に決まっているのだろうか。
だとしたら、「この日までに必要なんです」なんて話があっても良かったはずなのに。てっきり4月入園だと思って、何も言われなかったことに何の疑問も抱かなかった僕も僕だ。
「ねぇ、莉競ちゃん」
「なぁに『新しいパパ』」
「それやめて。あのさ、莉競ちゃんってもうすぐ保育園だったりするの?」
「えー? うん、何かママ言ってたかも」
「それってもしかして、今日からだったんじゃない?」
「わかんない」
「莉競ちゃん、保育園楽しみ?」
「わかんない」
「お友達、たくさん出来てきっと楽しいよ」
「そうかなぁ。りぃ、ここにいる方がいい」
「でもね、いつまでもこうしていられないんだよ」
「何で? りぃ、メーワクかけてないじゃん!」
「莉競ちゃんはそう思うかもしれないけどね。実はそうじゃないんだよ」
「そうなの……?」
「あのね、僕、莉競ちゃんのママから保育園に持っていくバッグとか作ってくださいってお願いされてるんだ」
「ほんと! りぃのバッグ?! 見たい見たい!」
「ごめんね、実はまだ出来てないんだ」
「りぃがここにいるせい?」
と、莉競ちゃんはしょんぼりと肩を落とす。大丈夫だ、この子はまだこうやって考えることが出来る。これからなんだ、子どもっていうのは。
「そういうわけじゃないけど。でも、ちょっとだけそれもある。ここに莉競ちゃんがいるとね、僕も落ち着いて仕事が出来ない。だから、完全に迷惑をかけてないわけじゃない。わかる?」
うつむいたまま、こくん、と頷く。
「莉競ちゃんがお利口さんでおばあちゃんと一緒にいられるんなら、僕は莉競ちゃんのために可愛いバッグを作るよ」
「ほんと!? どんなやつ?! あっ、わかった! あの、『ミュジカ★ニ~ニャ』のやつでしょ!」
と、生地コーナーを指差す。『ミュジカ★ニ~ニャ』というのは、猫耳探偵のヴィヴァーチェ(ヴィー)と、その相棒であるシャッポミミズクの『ラルゴ先生』が様々な事件を解決する、という女児に人気の推理アニメだ。
「え」
「りぃ、『ミュジカ★ニ~ニャ』だいすきなの! ママにもちゃーんと言ったもん。あのね、ヴィーがね、とってもかわいくてね!」
「え、ちょ」
どうしよう。
まさか全然違う生地だなんてちょっと言えない雰囲気なんだけど。
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