手芸店『スミスミシン』の裏メニュー ~和菓子とお茶、あります~
宇部 松清
第1章 スミスミシンとマリーのワンピース
◇1◇ 彼と私
「カシュクールってさ、可愛いよね」
私のファッション雑誌をぺらぺらとめくっていた彼がぽつりといった。
「カシュクール? どうしたの急に」
「いや、胸元がさ、何かこう……着物みたいで」
「あぁ、そうだね。確かに」
カシュクールというのは、彼が言った通り、胸元が着物のように打ち合わせになっている服である。本当の着物のように鎖骨が見えなくなるくらいまでぴったりと合っているものもあるんだろうけど、そのほとんどはがばっと胸元が大きく露出している。だから、その下に例えばキャミソールなんかを重ねたりするわけだ。
「
私がほんの少しの皮肉を混ぜてそう返すと、彼は丸メガネの奥の青い瞳を少し細めてそれを正しく受け止めてから片頬だけを緩ませた。
「マリーさんは好きじゃないの? 自分の国の民族衣装だよ?」
お返しだとばかりに放たれたその言葉を、はっ、と鼻で笑う。
「もちろん大好きよ、この顔を見ればわかるでしょう?」
「だよね」
お互いにお互いの皮肉を受け止めてから、私達は声をあげて笑った。
ちょっと補足させていただくと、彼の名前は『然太郎・スミス』。まぁまぁ想像もつくかと思うが、ここ日本では『外国人』にカテゴライズされる男である。
が、しかし、彼は生まれも育ちも日本で、英語はまったく――まぁ、中学~高校生レベルの語学力はあるんだろうけど――話せない。お父さんがアメリカ人で、お母さんは日本人。だけど、彼女も確かお祖母さんがイギリス人だとかで、クォーターなのだそうだ。
で、そのお母さんの
「こんなことなら、僕がミヤコの家に入るんだったよ!」
と、お父さん――ヨシュアさんは大好物の蕎麦をずるずると啜りながらこぼすらしい。日本に住むことは反対されなかったものの、婿入りだけは認められなかったとか何だとか、まぁ、詳しいことは知らない。然太郎もわからないのだという。
そんなわけで、然太郎というのは、日本で生まれた日本人なわけだけれども、髪の色はうっすい茶色だし、目も青いし、彫りも深い。背も高いし、なんていうか、身体の厚みが全然日本人じゃない。別にものすごく鍛えているわけじゃないらしいのに、何でかムキムキだし。つまり、THE外国人、なのである。然太郎には悪いけど。
そして私は、というと――。
日本人も日本人。私が日本人じゃなくて誰が日本人だというのか、というくらいのまぁ立派な日本人顔。たぶん、浅草とかにいる外国人観光客の中に放り込まれたら「クールジャパン!」とか叫ばれそうなくらいに日本人。
彫りなんかまったくないのっぺり顔で、目も一重――厳密には奥二重なんだけど、よくよく見ないとわからないので一重ということにしている――だし、髪も真っ黒。なで肩で、小さい頃は、着物を着ると日本人形みたいでよく似合うと褒められたものだ。大きくなると似合いっぷりが尋常じゃなくて逆に怖いとまで言われた。
「呪われそう」
「ホラー映画に出てきそう。ていうか、出てなかった?」
何それ。さすがにちょっと傷付くんですけど。
この長い髪がまずいのかとおしゃれな美容室に行ったら、「絶対に似合うヘアスタイルにしますから、僕に任せて!」と言われ、そりゃあもう絶対に似合いすぎるおかっぱにされたこともある。ちょっともうどうしてくれんのよ。このまま海外に行ったらこれはこれでめちゃくちゃモテそう、なんて思ったりして。
ここまでTHE日本人みたいな風貌をしている私だが、残念なことに名前は『マリー』だったりする。同じくTHE日本人顔の両親が、己の遺伝子などをまるっと無視して「世界に羽ばたきますように」とかそんな由来で付けたのだ。『イチロー』の名で世界に羽ばたいた鈴木一郎氏のことを彼らは知らないのだろうか。
せめて『まり』じゃ駄目だったのか。漢字もあててさ、『真理』とか『麻里』とか。なぜカタカナ。なぜ伸ばした。
そんな、前から見ても後ろから見ても
え? 恋愛対象じゃないのかって?
いやー、どうだろ。然太郎、イケメンだしさ。やっぱりめちゃくちゃモテるのよこれが。おしゃれな感じの小さな手芸店やってるんだけど、若い女のお客さんはきっと然太郎目当てだね。性格も温厚でおっとりしててね、なんていうか、癒し系? 月に何回か手芸教室やってるみたいなんだけど、申し込み者なんて若い女の人ばっかりらしい。たまに混ざってるおばあちゃんはさぞかし肩身が狭かろう。
だけどね、草食系っていうのか、恋愛に興味がないのか、とにかくもう全然なのよ。聞けば結構デートのお誘いみたいなのもされてるらしいんだけど、全部断ってるみたいで。休みの日もお店に並べる小物を作ってたりするんだって。いわゆるミシンが恋人ってやつなんじゃない?
だからまぁ、私みたいな地味なブスがアプローチしてもねぇ、ってのはあるかな。ちゃんとね、身の程ってのをわきまえてるわけですよ、こっちは。そんなわけで、決して恋愛感情を抱かないように、この心地良い『友達』の関係が壊れてしまわないようにと、きっと無意識的にそう思っている。
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