嗚呼、腐っても神様

乾燥バガス

嗚呼、腐っても神様


 地平線の彼方まで続く草原に唯一の大樹がその影を落としている。


 その大樹の足元に直径三メートルぐらいの白い円卓が置いてあった。その円卓の周りには等間隔に七脚の白い安楽椅子が並んでいる。そしてそれぞれの椅子の正面のテーブル上には、ガラス状の透明な板が据え置かれていた。それら透明な板、つまりディスプレイの内の一つだけに、幾つものウィンドウが重なる様に表示されていた。あるものは三次元のグラフを表示しており、あるものは長閑のどかな風景を投影しており、あるものは其処彼処そこかしこで爆炎と土砂が巻き上がる様子が投影されている。


 一つだけ起動しているそのディスプレイの前に、壮年の男が座っている。その男の名は高東たかとうサトシ。七人のアドミニストレーターの内の一人だ。


 サトシはディスプレイをしばらく覗いていたが、突如何かを掻き分ける様に両手を動かし始めた。その動きに合わせる様にディスプレイのウィンドウが左右に散っていく。そのディスプレイの中央には一つだけウィンドウが残っており、その中ではいわゆるソロキャンプ中の三十歳前後の女性が映っていた。かなりアルコールを摂取している様だ。


 サトシは片方の口の端を吊り上げた。


「よし、丁度良いタイミングだな」


 ちょうどその時、サトシが座っている二つ右側の椅子の空間にノイズが走った。空間のノイズが消えると、その椅子には楽な姿勢で背を預けている二十代の女性が現れた。そしてゆっくりと辺りを見渡す。


「ただいま、サトシ」


 サトシに気づいたその女性が言った。女性の名は浜坂はまさかキミと言う。キミも七人のアドミニストレーターの内の一人だ。


「お帰り、キミ」


 二人が居るこの空間は、もちろん仮想空間だ。アドミニストレーター七人だけが此処にそのアバターを顕現することが出来る。彼らの役割は、移民宇宙船『イズモ』とその乗客十四万二千八百五十七人の管理、そして乗客が暮らす七つの仮想世界の管理だ。


 『イズモ』の役割は移民先の惑星へ無事に人類のしゅを送り届けることである。そのためアドミニストレーターを含み常に十四万二千八百五十七人の人類をしゅとして維持している。ただし『イズモ』は狭い。そのため彼らの肉体は容器の中に収められており、精神だけを七つの仮想世界に住まわせているのだ。またこの長い旅で良好なしゅを残すために、その多様性を重要視する必要があった。その為、ある人は何千年も生き、またある人は短命でその生物としてのオリジナルの命を終える様にコントロールされている。さらに新しい生命を誕生させる際には、仮想世界で結ばれた者同士で人工授精を行い、容器が人工子宮として機能しているのだ。


 一方、七つの仮想世界は様々なテクノロジーに裏付けられた文明が設定されているが、どれも二十一世紀以前の文明レベルに抑えられている。その理由は、目的の惑星がテラフォーミングされた直後の環境で、人々が暮らしていけることを考慮してである。つまり、地球の農業革命前後の暮らしができる様に、人々を慣らし続けているのだ。惑星へ降り立つ際は、乗客は仮想世界から出てオリジナルの肉体を利用することになる。


 それは、途方もなく先の話であるが。


「ふむ」

「どうしたの? サトシ」


 キミはそう答えながらサトシの椅子に近づいて来た。


「オリジナル同士の交配率が下がってきているんだ」

「それで?」

「そうなると次世代のオリジナルが産まれないだろ。乗客の人数を確保するためには、転生率を上げざるを得なくなるんだ」

「道理で。最近、転生がやけに多いと思ってたのよ」

「で? どうだった? 第三世界の様子は?」


 サトシがディスプレイから目を離さずにキミに言った。


 第三世界は、蒸気機関と魔法に支えられた文化が発展している、十九世紀の地球がベースの世界だ。アドミニストレーターの管理用仮想空間と他の仮想世界とでは、時間の流れ方が違う。


「まぁ、世界に問題は無いわ。目立った歪みもなかったし、私も無事、天寿を全うできたから」

「それは良かった」

「でもさ~。アドミニストレーターの記憶を持ってあっちの世界に顕現するとつっまんないわ~」


 アドミニストレーターが仮想世界の様子を現地調査するとき、その記憶を持って入る場合と、その記憶を一旦忘れて入る場合とがある。後者の場合はこのアドミニストレーター用の仮想空間に戻って来た際に復元される。


「なんでだ?」

「ほら、アドミニストレーターの役割を意識しちゃって自制心が働くじゃない?」


 仮想世界を管理しているという点で、アドミニストレーターは七つの世界の『神』とも言える。


「いや、しっかり自制しろよ」


 サトシは呆れながらキミを見た。


 アドミニストレーターも所詮は人の子だ。乗員の中から選別された七人に過ぎないし、代替わりもする。そして七人のアドミニストレーターにはそれぞれが大まかな役割を与えられている。サトシは『維持』。キミは『戦闘』だった。他の五人には『創造』『破壊』『商売』『知識』『豊穣』が与えられている。


「サトシは何やってんの?」

「あぁ、第一世界から第五世界に転生者を送ろうと思ってるのさ」


 第一世界は、二十一世紀初頭の地球がそのまま再現されている世界である。一方、第五世界は魔法テクノロジーが発展した、地球で言うなら十六世紀前後の異世界がベースになっている世界だ。


「第五世界って、アドミニストレーターが三人も顕現してるところでしょ?」


 サトシの前のディスプレイの中では、先ほどソロキャンをしていた女性が、真っ白な空間に放り込まれて呆然としている様子が映っていた。


「ああ。今、マキとコウヤとユキが入ってるな」

「私も行こっかな~」

「さっきコウヤが入ったばっかりだ。キミは第二世界に行ってくれないか?」


 第二世界は、二十世紀初頭の地球に魔界が融合した世界として作られている。


「え~。あそこ混沌としてるじゃん。物騒だし」

「キミには丁度いいんじゃないか?」

「どういう意味?」

「どういう意味だろうな」


 何か言いたげに、サトシを見つめるキミ。


「ま、良いや。今度は記憶を消して入ろうっかな~」

「やめとけよ」

「そんなに勧めるんだったら記憶を消して入るわ~」

「人の話を聞いてるか?」


 キミはサトシを無視し、両手を頭の後ろに組んで先ほど姿を現した椅子の方に戻っていく。そして椅子に座って背中を預け、深くリクライニングさせた。


「行ってくるわね」

「くれぐれも気を付けろよ」


 くれぐれもを強調してサトシは言った。


「は~い」


 キミが左手をサトシに向かって振ったその直後、キミの周囲の空間にノイズが走る。そしてそこには、誰も座って居ない椅子だけが残っていた。


 サトシはソロキャン女子を第五世界に転生させる作業を終えると、第二世界の監視ウィンドウを呼び出した。


「……、まったくアイツは……」


 サトシがそう呟いてフィンガースナップをした瞬間、サトシが座っている二つ右側の椅子の空間にノイズが走った。そしてそこに現れたのは、ジタバタしているキミだった。


「ぎゃー!!! 何! いきなり落雷が直撃して死んだんだけど!」

「いやお前、あれはやりすぎだろ。だからリセットな」

「ええ?! 六歳から無双できたから自由気ままにやっただけじゃん!」

「だからと言って、世界が崩壊する様なことをするなよ! お前、腐っても神様だぞ?」




 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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