第10話

 リカルダは考えた。

 最近の自分は前世に引きずられて乱暴になってない? と。

 脳内スピリドンに「元からでは?」と貴重な意見をいただいたが、黙らっしゃい。


「ウゥ……ナイスな拳だ、リカルダ……」


 腹を押さえながらも親指を立てて良い笑顔を向けてくるホラーツにドン引きし、それでもリカルダは謝った。いくらホラーツの発言に腹が立ったとはいえ暴力を振るうのはよくない。


「ご、ごめんなさい、大丈夫……?」

「なに、これくらい平気だ、気にするな。我も悪かった、邪竜と対等に渡り合えるなどと言えばリカルダが怒るのも当然だ」

「……そうね、わかってくれたならいいのよ」

「リカルダならば邪竜に圧勝できるものヴァ?!」



 また言葉より手が先に出てしまった。

 あそこは「ひどい。、ただの女の子の私が邪竜に勝てるわけないじゃない!」と涙ぐんでホラーツの前から立ち去り、あわよくば奴の人生からもフェードアウトできる絶好の機会だったのでは?

 女子力が圧倒的に足りない。女子力を高めなければ。女子力が高ければ邪竜とタイマンを張れるなどと思われはしないだろう。

 確かに前世は鬼畜神父のせいで一人で邪竜に立ち向かわされたりもしたが、今世でそんな無茶ができてたまるか。装備品や持ち物に金をつぎ込んでも辛勝が良いところだ。

 リカルダは活動団体一覧を見ながら女子力を上げられそうな団体を探す。

 生活技能修練課……はちょっと違う。上げたいのは生活力ではない、女子力だ。お嬢様養成所……? これもちょっと。

 リカルダの頭に浮かんだのは金髪縦ロールのフリフリドレスを来たお嬢様が高らかに笑いを上げる場面だった。

 リカルダは別にお嬢様になりたいわけではない。


「はあ、女子力を上げられる団体はないのかしら」


 つらつらと一覧に視線を滑らせるリカルダはとある団体に目を止めた。



「おやいらっしゃい。ボクは縫製部部長のマリアーナ・コタマキ。どうぞ好きに見て行ってくれたまえ」

「ありがとうございます」


 年季の入った前掛けをした上級生が柔和な笑みでリカルダを迎えた。折り目正しく挨拶をしたリカルダは部屋を見回す。縫製部と言うだけあって部屋の中には所狭しと手芸道具に素材が並んでいた。

 トルソーに取り付いて服を仕上げている者がいれば、机の上一面に布やらリボンやらを広げて忙しなく針を動かし作業している者がいる。

 さすが縫製部、と感心したリカルダだったが、皮鎧を作る者や、籠手や具足を作っている者に気付き目を向いた。どう見ても装飾品ではなく実用品だ。


「防具の作成に興味があるのかい?」


 予想外の光景に思わず見入っていたリカルダに部長が声をかけてきた。リカルダは首を横に振る。


「いえ、まさか防具まで作っていると思わなくて、少し驚いてしまって」


 女子力を高めにきたのにこれじゃ職人力の方が上がりそうだわ、と少しばかり顔を曇らせたリカルダに少しばかり苦笑した部長はそれから胸を張った。


「服飾部で作らない物は大抵作ってるからね。針と糸で縫えるものはほとんど網羅してるよ。創設者が金属鎧を着られない人向けに皮鎧を作ったのがこの部の始まりらしくてね、だから今でも皮鎧を作りたい人が集まってきてるんだ」

「そうだったんですか」

「もちろん、皮鎧をぜったいに作らなきゃいけないってことはないから安心して。『作りたいものを作る』が創設以来の我が部のモットーだからね。どう、まずは仮入部してみない?」

「そうですね……それなら……」


 リカルダは人の好い満面の笑顔の部長に頷いた。

 次の日からさっそく縫製部として活動を始めたリカルダだったが、なかなかどうしてちまちまとした地道な作業は彼女の性にあっていた。

 小物入れマジックポーチを作ってみたり、保温効果のあるコースターを編んでみたり、と小物作りに精を出していたリカルダはトルソーの前で完成した服に万歳三唱をしている人だかりをちらりと見た。

 赤を基本にした煌びやかな衣装は絶世の美女だったと言い伝えられている百代目の魔王を題材とした衣装で、学園図書館にある歴史資料を総ざらいして再現に挑戦したそうだ。

 聞いたことろによると製作者は何が何でも百代目魔王ごっこがしたかったらしい。

 ごっこ遊びに本気を出しすぎでは? と思わなくもないリカルダだったが、夢中になれるものがあるのは素晴らしい。わずかとはいえリカルダが手伝った甲斐があったというものだ。

 リカルダが手伝ったのはフリルの縫い付けくらいだったが、魔導式縫製機械ミシンの使い方も習ったし、今度は服を作ってみるのも良いかもしれない。

 そう思ったリカルダは部に保管されている歴代の部員達が残していった型紙集を眺めていたが、なかなか自分好みのものが見つからない。

 作るのならばフリルがついていようとレースがついていようと構わないのだが、作ったからには着なくてはもったいない。けれど、リカルダは動き易い服が好きだ。

 正装が必要であればその限りではないが、普段着は丈夫で動き易ければそれでいい。装飾はむしろ邪魔だった。女に生まれて十三年も経つというのになんとなく気恥ずかしい思いもある。これも前世の記憶がある弊害なのかもしれなかった。


「あ、これ兄さまに似合いそう」


 ぱらぱらと眺めていた型紙集の一ページに目を留めたリカルダはひとつ頷いて、型紙の貸し出し許可を求めに部長の元へと向かった。



「初めて服を作ってみたましたけど、どうでしょうか兄さま」

「うん、すごく素敵だよ。動き易いし、とても丁寧に作ってくれたんだね。これで初めてだなんて、やっぱり僕の妹は才色兼備だね!」


 腕を上下させたり、体を捻ってみたりとマカリオは上機嫌だ。


「ありがとうございます。小物と比べて服は複雑でしたから上手くできるか不安でしたけど、気に入ってもらえて良かったです」

「謙遜しないで。僕だったらひと月あっても完成させられる自信はないよ」

「兄さまこそ謙遜のしすぎです。兄さまなら作り方さえ理解すればすぐ作れます。魔導式縫製機械ミシンだってきっと私よりずっと早く使いこなせますよ」

「はは、どうもこういった繊細な作業は苦手でね」

「兄さまったら」


 どこにでもあるようなゆったりとしたワイシャツの袖に大きいフリルのついたデザインで、リカルダがワンポイントに刺繍をしただけだったけれど、マカリオは大げさなほどに喜んだ。リカルダは喜んでもらえてよかった、とはにかんだ。

 これよ、これ。これこそ女子力の高まりよ! リカルダは多大な達成感に包まれ、こんなに喜んでもらえるならまた作ろう、と縫製部へ本入部を考えた。

 ――ここで終わっていればリカルダは縫製部に入っていただろう。

 翌日、リカルダは興奮した様子のホラーツ達に取り囲まれた。


「リカルダ、義兄あに上に作ったシャツは非常に良い出来だったぞ!」

「朝市でお兄様に自慢されたの『リカルダが僕のために作ってくれた世界に唯一のシャツさ、胸元の刺繍もリカルダが差したんだ、すごいだろう』って! 羨ましい」

「できれば私にも作ってくれませんか、リカルダ! 報酬なら言い値で出します!」

「抜け駆けをするとは卑怯だぞ、エッケルバリ先輩! 我にも作ってくれないか、報酬はそんなに出せぬが材料は己で用意できる!」

「あらヤダ、一番に作ってもらうのはアタシに決まってるでしょ、大親友なんだから!」

「………」


 瞬きの間にリカルダの脳裏に浮かんだ兄はそれはそれは良い笑顔をしていた。朝はいつもゆっくりしている兄が今日に限って朝早くに支度を終えて学園に向かった理由を理解したリカルダはため息をついた。


「あの、私……」

「うむ、リカルダが忙しいのはもちろん重々わたっている。時間がかかっても構わない」

「アタシだって待てるわ! 材料だってちゃーんと用意するし!」

「私だって同じです。リカルダが作ってくれるならいつまでだって待てます」


 作りたいものを作っただけで、身内以外に服を作るつもりはない、と言おうとしたリカルダは黙るしかなかった。

 期待に満ち満ちた顔の人間は裏切れないよな、とどこかくたびれたスピリドンがぼやく。その通りだった。ここまで嬉しさに溢れた表情をしている三人を落胆なんてさせらない。


「わ、わかったわ……。作るけど……部にたくさんあるから素材はいりません」


 求める素材がなければ織布しょくふ愛好会や武闘派団体に依頼を出して手に入れることも可能だ。ちなみにリカルダは依頼を出すまでもないので自分で獲りに行って素材加工団体に頼む。


「ありがとうリカルダ! 謝礼は――」

「いらないから」

「なぜ?!」

「素人が趣味で作るのにお金なんてもらえないわよ。放課後に少しずつしか作業できないから渡せるのは先になるし」

「作ってもらえるならいくらでも待つ! が、仕事には報酬が与えられて然るべきだろう」

「そうですよ、リカルダ。ただ働きなんてしちゃダメです」

「私が好きで作るだけで、べつに何か欲しくて作る訳じゃ……え、なに、どうしたの?」


 いきなり顔面を覆って呻き声を上げ始めた三人からリカルダは思わず距離を取った。気温が低い訳でもないのにぶるぶると震えている。


「だ、大丈夫?」

「ううん、なんでもないわ……」

「ちょっと胸がいっぱいになっちゃいまして……」

「心拍数が急に上がって驚いてるだけだ……」

「心拍数?! ちょ、え?! 大丈夫?!」

「大丈夫、大丈夫だ……。しばらくすれば落ち着く……」

「奉仕体質ってこれだから……」

「本当それ……特に他意はないのに……」

「これで他意がない、だと……」


 大事なさそうだったのでぶつぶつ言いあう三人をおいてリカルダは次の教室に向かった。なんやかにゃといがみあってばかりの三人だったが、仲良くなったなら何よりだ。

 その後リカルダは連日縫製部に通い、ちまちまと作業し三人分のシャツを完成させた。

 型紙は同じだったが、生地の色を変えてワンポイント刺繍を入れてみたりフリルやレースを付けてみたりと前世いぜんからの凝り性を発揮したシャツをプレゼントされた三人は文字通り泣いて喜び、ホラーツは家宝にすると言い出し、ノエルは魔術で永久保存すると言い出し、ヨンナは祭壇を作って祭ると言い出した。部屋着か寝間着にでもして普通に着て欲しい。もう一度言うが、普通に着て欲しい。

 リカルダは狂喜乱舞する三人にドン引きし、その足で縫製部に向かい部長に仮入部を止め、入部しないと伝えた。


「そっか、残念だな。リカルダさんは地道な作業が向いてるみたいだったから」

「すみません……」

「小物もシャツも良い出来だったよ」

「ありがとうございます……」

「理想の素材がなければ集めに行くところもこの部に向いてると思ってたんだけど」

「そうでしたか……」

「どう? 縫製職人にならない?」

「なりません……」

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