第4話

 コールズ学園に入学してはやひと月。

 リカルダは朝だというのに重苦しいため息を吐いた。


「リカルダ、大丈夫か? ずいぶん疲れてるみたいだけど」

「兄さま……。大丈夫、学園に通い始めたばかりでちょっと疲れてるだけだと思います」


 実際は気疲れする同級生たちのせいである。

 なるべく目立たず、穏便にすごそうとするリカルダの意に反して、地声が大きく目立つ容貌のホラーツ、声量は普通だが同じく目立つ容貌のアードリアンとノエル。そしてホラーツとノエルは言動も際立っていた。

 学園にいる間はほとんどの時間をホラーツとノエルにまとわりつかれ、リカルダが心安らぐ場所は家しかなくなっている。

 それらの事情を隠して笑うリカルダを両親も、ようやく実験が終わり実験棟から出てきた兄も心配そうに見ていた。


「本当かい? 学園でいじめられてるなら言うんだよ。お兄ちゃんが目にもの見せてあげるからね」

「あら、マカリオったら血気盛ね」

「リカルダはかわいい妹だから当たり前だよ、母さん」

「うんうん。いいぞマカリオ。かわいいリカルダを守るのは兄の務めだからな」

「もう、兄さまも父さまも落ち着いてください。いじめられてなんかいませんってば」


 母と笑いあってリカルダは茶を飲んだ。


 ――ゆったりとした朝が嘘のような騒がしさである。

 今日も今日とてホラーツとノエルが諍いに巻き込まれたリカルダはまだ昼前だというのに黄昏た。

 リカルダの右腕に巻き付いたノエルを引きはがそうとホラーツが声を荒げ、それに対抗するノエルもまたきゃんきゃんと姦しく反論する。

 廊下を行く生徒がなんだなんだとリカルダたちに視線を向けてきた。それでも二人は止まらない。


(うるせえ~~~~~~~~~~~~~~~)


 ただでさえ図書館での一件で上級生たちにも変なやつらがいるぞと認知されてしまい、最近では廊下ですれ違う生徒はおろか、教員にでさえ顔と名前を知られているのに。本当にいい加減にしてほしかった。

 平穏平凡な人生を歩みたかっただけなのに、どうしてこうなった。


 そんなリカルダを廊下の角に身を隠し見つめる影があったが、誰も気付かなかった。


***


 学園の食堂でうんざりとした表情を隠さずリカルダは深いため息を吐いた。

 しかしリカルダの様子には構わず、最近のお決まりになりつつあるホラーツとノエルの口喧嘩は続く。

 自称リカルダの親友ノエルがリカルダに近付くなと言えば、そう言う権利は貴様にないとホラーツが吼える。いい加減にしてほしい。

 二人が騒げば騒ぐほどリカルダにも注目が集まる。

 美味しいプリンを口に運びながらリカルダは黄昏た。まだ昼時だったが。

 片腕にはノエルが巻き付き、そのせいでプリンをすくう匙がぶれる。やめてほしい。ノエルを引きはがそうとするホラーツのせいでさらに匙がぶれる。本当にやめてほしい。

 それでもプリンをこぼさず食べる。もう意地だった。

 二人は飽きもせず喧々囂々と応酬をくり返す。そろそろ殴って止めても許されるだろうか、とげんなりしたリカルダは視界の隅から近寄るプリンに目を向けた。

 斜め前に座っているアードリアンが苦笑いとともに自分のデザートであるプリンを横流ししてきていた。いちおう謝罪の気持ちはあるらしい。

 リカルダとしてはプリンをよこすくらいなら幼馴染ホラーツを止めろよ、と思うのだが。しかししっかりとプリンはもらっておく。


「いやー、リカルダちゃん疲れてるねー、アハハ……」

「ええ、とっても。どこかの誰かさんたちが毎日毎日付きまとってくださるおかげで!」

「アハハ……。お疲れさま……」

「笑いごとじゃないのですけど?」


 リカルダとアードリアンの会話にホラーツとノエルは衝撃を受け、しばし言い争いを収めた。


(リカルダが付きまとわれている?! それも毎日?! 誰だ!!)

(誰よ、リカルダに毎日毎日迷惑かけてるやつ……!)


 リカルダが聞けば即座に「おまえらだ!!」と鉄拳のひとつやふたつ繰り出していただろうが、しかし聞いていなかったので二人の頭部は変形せずにすんだ。

 そして気付いたホラーツとノエルは立ち上がり互いに拳を繰り出す。学園内で攻撃魔術の行使は禁止されているのである。


「貴様か!」

「アンタね!」


 見事なクロスカウンターを決めた二人はそのまま殴り合いに発展しかけ、


「うるさい!!」


 リカルダに仲良く鉄拳制裁をくらい机に沈んだ。床に転がされなかっただけ温情があったのかもしれない。

 授業があるから! と肩を怒らせリカルダが去って行ったあとも沈んだままの二人を見かねたアードリアンが声をかける。


「もー、ホラーツもノエルちゃんも少しは落ち着きなって。会うたびケンカしちゃってさあ」

「………」

「………」


 しかし、二人にはアードリアンの声は届いていなかった。

 リカルダに毎日付きまとって迷惑をかけている人間がいたかどうかを思い返しているのだった。


「まさか、貴様かアードリアン?!」

「あんたね、アーなんとか!」

「なにが?!」


 いきなり殴りかけられアードリアンはおおいに慌てた。まだ話の通じそうな幼馴染ホラーツのうしろに隠れ、必死に二人を宥める。

 かくかくしかじか。


「あー……なるほどー……」

「心当たりはあるか?」

「さっさと教えなさいよ」

「心当たりと言うかなんと言うか………」


 さすがに面と向かって君らのことだよー、とは言えずにいると二人が視線を交わし、不承不承手を合わせた。パァン! と小気味いい音がする。


「チッ。貴様と共闘する他ないようだ。不本意だが」

「こっちのセリフよ。リカルダに近付く羽虫を処分したら次はアンタだから」

「ハッ。それこそ我のセリフよ」


 双方共に嫌そうな顔を隠さず、そして協調性のかけらもなさそうな同盟が爆誕した。そんな二人を見守りつつ、アードリアンは心の中でリカルダに謝る。


(あ゛ー……。ごめん、リカルダちゃん。俺には止められないや。明日からのデザートも捧げるね。俺甘いのダメだし)


***


 ホラーツとノエルの嫌々組んだ同盟が発足してから一週間。二人は遠巻きにリカルダの周囲に怪しい人間がいないか見張っていた。


「怪しいやつなどいないが……」

「おかしいわね……」


 ここにリカルダがいれば大きな姿見を持ってきて二人の姿を映しただろう。しかし、いないので二人はリカルダのかわいさに頬を緩ませているだけだった。

 一方その頃リカルダといえば、一週間自分の周囲をうるさくしていた原因が現れず、初めて静かにすごす学園生活を満喫していた。

 きっとわたしに興味をなくしたのね、ハレルヤ!

 前世で習った祝い言葉を口にし、弾む気持ちでスキップをする。ここ最近学園で出番のなかった笑顔を大盤振る舞いできるおかげで頬が痛いくらいだった。

 そんな上機嫌で、鼻歌を歌い出しそうなリカルダに声をかける男の姿があった。長身で、色の白い、ホラーツとノエルの知らない上級生だった。


「む、なんだあやつ。見覚えのない男ごときが我のリカルダに気安く話しかけるでないわ!」

「あいつがリカルダに迷惑行為を働いてた不届き者ね! 成敗! あとリカルダはアンタのじゃないわ筋肉馬鹿!」


 二人は駆けだした。必ずの不埒者を締め上げねばならぬと決意していた。


「「リカルダから離れろー―――!」

「ぐはっ?!」

「?!」


 ホラーツとノエルの拳と蹴りをくらい男は吹っ飛ばされる。すかさずホラーツとノエルはリカルダを男から背に庇った。

 男はとっさに対物防壁を張っていたらしい。すぐに起き上がった。ローブの汚れを払いながらホラーツとノエルの二人をにらむ。


「君達、いったいなんのマネだ」

「白々しいわね、このストーカー!」

「ストッ……?!

「貴様がリカルダに付きまとっていた悪漢だな?!」

「あっかん?!」

「あ、あなたたちなにを言って……」


 困惑しきりのリカルダを安心させるようにホラーツは笑う。


「安心しろリカルダ! 貴様は我が守ってやる! 未来の伴侶として当然だ!」

「野猿は黙って。リカルダを守るのはあたしよ。同性の“親友”だもの。誰より近くにいるのが当然だわ!」


 リカルダはぎゃんぎゃんといつものように口論を始めた二人の頭を掴み、まるでシンバルのように打ち付けた。しかしシンバルのようなきれいな音は出ず、出たのは痛そうな鈍い音だけだった。

 ホラーツとノエルはそのまま床の上に倒れ伏した。ちーん、と鎮魂の鐘が響いてきそうである。


「さすが我が妻……」

「い、いたい……」

「あなたたちがなにを勘違いしているか知りませんけど、この人はストーカーでも悪漢でもなくわたしの兄さまです!」

「なん……だと……」

「なん……ですって……」


 たしかに銀髪に青い目を持つリカルダと色彩も顔立ちもよく似ていた。


「これはとんだ失礼を! 未来の義兄あに上!」


 ホラーツは勢いよく土下座した。ヒビの入った石畳のほうがよほど痛そうに感じるくらいの勢いだった。それをすぐ隣で見ていたノエルも引いてびっくりしていたが、慌ててホラーツに倣う。


「申し訳ありませんでした。リカルダのお兄様とは露知らず」

「いや、もういい。君達に兄と呼ばれるのはなぜだか心の底から不快だ。

 申し遅れたね、リカルダの兄のマカリオ・ラスコンだ」


 じろり、とかけた眼鏡を押し上げながら、マカリオは頭を下げている二人のうちホラーツを特に睨んだ。


「君がホラーツ・ホフシュナイダーか。リカルダにつきまとう自称魔族だっけ?」


 マカリオの瞳は色も相まって本物の氷のように冷たさをはらんでいた。背筋に悪寒を走らせながらもホラーツは顔を上げる。


「元がつきます。今はただの魔界人です。迷惑をかけた訳ではありません。我は……自分は友として側にあろうとしただけで」


 それが迷惑になっているんですけど。

 理解しがたいなにがしかを発見してしまった悟った猫のような目でリカルダはホラーツを見た。ええい、こちらに視線を向けて親指を立てるんじゃない。なんに対してのハンドサインだ。


「妹にとってはそれが迷惑だと考えたことすらないみたいだね。頭悪いなあ。さすが元魔族だって吹聴しているだけあるね」


 マカリオは嘲りの冷笑を湛えたままホラーツを見下した。

 マカリオにとってリカルダはかわいいかわいい、頑張り屋さんな妹だ。

 コールズ学園入学前は友達百人でっきるかなっ、と楽しそうにしていたというのに、実験棟に数日こもっているうちに馬の骨に騒ぎを起こされ、まとわりつかれているせいで妹は同級生たちに遠巻きにされ、今日も悲しくひとりで昼食を食べていたぼっちめし

 こんなにかわいいのになぜ、とマカリオは拳を震わせた。

 それもこれも前世が魔族だとかいうホラーツのせいだ。こいつさえリカルダにちょっかいを出さなければ、リカルダはふつうの学園生活を送れるはず。やさしい妹は面と向かって言えないのだ。ならば代わりに兄である自分が言う。妹を守るのは兄である自分の役目なのだから。


「リカルダはやさしいから言わなかっただろうし、遠まわしに言っても鈍い君には伝わらないだろうからはっきり言わせてもらう。リカルダに近付くな。君がリカルダの周りをうろちょろするせいでリカルダに人が近付けない。君がいなければリカルダはふつうの学園生活を送れるんだ。

 さっき友として、って言ってたっけ? リカルダの友達だって言うならわかるよね? 君がいるとリカルダが困るんだ」


 にこ、と鮮やかに笑いながらマカリオは続ける。


「素直に僕の言うことを聞いてくれると嬉しいな。これでも貴族の端くれだからね。たとえ自称だろうと妹の友を名乗る人間を酷い目にあわせたくない」


 もちろんこれはハッタリだ。ただの下級貴族であるラスコン家にそんな権力はない。しかしこの脅しは貴族以外にはそこそこきく。

 これでリカルダから離れてくれないかなあ、とマカリオはさらに笑みを深めた。

 マカリオの脅しを真に受けたアードリアンは草陰でがたぶる震えていた。


「お断りします」

「――は?」

「いかにリカルダの兄上の頼みといえども、その頼みは聞けません」

「頼みじゃなくて命令なんだけど」

「我、いえ、自分はリカルダを将来の伴侶にしたいと思っております」

「兄さまになにを言ってるの黙って?!」

「しかし求婚は断られました」

「だろうね」

「なので、まず友となりそこから自分を知ってもらおうと思いました」

「友達から始めればリカルダが君を好きになるとでも? 傲慢だね」

「好きにさせてみせます。……と、言い切りたいところですが、なってもらいたい、と今は願うばかりです」


 ホラーツの言葉を聞いたリカルダは不覚にも頬を染めた。真面目な顔をして真面目なことを言えば、やはりそれなりにかっこいいのだ、ホラーツは。

 美形補正よ、美形補正! 正気に戻りなさい! とリカルダは自分の頬をペチパチとたたく。


「ああん、スピリドンリカルダ、そんなにたたいちゃ赤くはれちゃうわ。ハイ、これで冷やしなさい」

「言っとくけど、兄さまがあいつに言った言葉はそのままあなたにも当てはまるから」


 濡れハンカチを頬に当ててきたノエルの手を払う。

 ホホホ、とわざとらしく笑い、話題展開を図るべくノエルが指先を宙に躍らせた。指先が描く魔法陣から展開された対物防壁は完璧なもので、腐ってもジゼッラだな、とスピリドンが舌打ちをしていた。

 巻き起こる突風が運んできた砂塵は防壁が見事に防いでくれた。


「力ずくは好きじゃないんだが、妹に近付く虫は踏み潰しておかないとな……」

「力比べなら望むところです。自分が勝てばリカルダを伴侶に……」

「するかバカ。僕の妹は物じゃない」

「! 重ね重ね申し訳ない。では友になる権利を認めていただきたい」

「いいだろう」


 マカリオが得意の氷魔術で作り出した剣を構える。

 学園内で攻撃魔術は仕えないが、魔術で武器を作る事はできる。

 この学園てけっこうガバガバよね、とリカルダは半目になって二人を見ていた。万一にも殺し合いになった場合止めなくては。


「ただし、リカルダがうなずけばの話だがな!」


 身体強化を全身に施したマカリオがホラーツに切りかかる。振るわれる氷剣をホラーツはうまく避けていた。見切りの技は健在であるらしい。手と腕とに防壁をまとわせ、巧妙に剣戟をさばいている。


「なかなかやるな、口だけじゃないようだ!」

義兄あに上こそ」

「君に兄と呼ばれる筋合いはない!」


 マカリオは氷剣を切りつけ、遠心力を利用して力を乗せた一撃を見舞うふりをして、ホラーツに背を向けた隙に懐から取り出した魔道具をホラーツにぽいぽいと投げつけた。

 ホラーツは腕を交差させ防御態勢を取ったが魔道具が破裂し吹き出した煙には意味をなさず、ホラーツは腰を折り曲げて膝をつく。


「げほっ、がはっ、なんだこれは?!」


 盛大に咳きこみ、涙を流すホラーツは喉を押さえ、鼻水を垂らしている。


「僕が趣味で作った魔道具さ。トウガラシとコショウとしびれ薬を入れた催涙弾だ!」

「兄さま、それって魔道具にする意味ありました?」

「あるある。僕以外の魔力に触れると破裂するように設定したんだ」

「ああ、それなら……」


 兄妹きょうだいがのんびり会話する横でホラーツはげほごほがはとむせ続けている。


「目と鼻が痛い! 喉も痛い! 涙が止まらん!」

「感想ありがとう。次回作にご期待ください」


 言って、マカリオはすらと氷剣を振りかぶった。目と鼻を押さえてうずくまるホラーツの脳天直撃コースだ。

 リカルダは握っていた手指に力を入れた。自分に言い聞かせる。

 だって兄さまに人を傷つけさせるわけにはいかないもの。断じてホラーツに情が移ったとかではない。この一週間騒がしいやつがいなくてせいせいしていた。急に静かになってさみしかったとかではない。けして。

 リカルダはガッツポーズを決めるノエルの隣から歩き出した。


「兄さま、お待ちください」

「リカルダ」


 這いつくばっているホラーツを庇うように自分と対面したリカルダにマカリオはわずか眉をよせた。かわいい妹の前では一秒も持たない皺だったが。


「兄さま、人殺しはいけません。人殺しは」

「大丈夫、ちゃんと峰打ちにするよ」

「両刃に見えるんですが、氷剣ソレ


 兄は全力の笑顔で妹の疑問に応え、氷剣を霧散させた。


「その、兄さまのお気遣いはとても嬉しかったです。本当に、心から。とっっっっってもありがたかったです」

「なら……」


 再び氷剣を作り出そうとするマカリオに待ったをかける。


「でも、その……近付かれないのも困る……かな……と………」


 赤面して、まるで独り言のようにつぶやくリカルダにマカリオは目を見開いた。ホラーツは驚きすぎて固まった。魔道具で身体がしびれていなかったら、すぐさまリカルダを抱きしめにかかっていただろう。


「リカルダ……! ついに我の愛を受け入れてくれたのだな!」

「それはないから」

「ないのか……」


 ずーん、と珍しくホラーツが落ち込んだ。ホラーツに獣人の耳と尻尾があれば見事に垂れ下がっていただろう。


「別に友達になりたいとかじゃなくて、ですね……。現状、わたしは友達がゼロなので……その……候補が減るのはどうかなって思っちゃいまして……」

「うーん。でも友達がいない原因は彼らだろう?」

「あたしはチガイマスヨ?!」

「ラシュレーさん黙ってて。

 それはそうなんですが……。兄さまの言うとおり、ホフシュナイダーさんは前世とか言ってる痛いヤツで、人の迷惑とかぜったい考えてないし遠慮とか配慮とか知らないし、空気は読まないし」

「空気は吸うものだろう?」


 リカルダはホラーツを無視した。


「いきなり人に伴侶になれとか言ってくるし、むね……あ、なんでもないです兄さま。剣をおろしてください。殴り飛ばされても次の日には笑って挨拶してくるような、すごく、すごく変で厄介なやつですけど」


 リカルダはちらりとホラーツを振り返った。秀麗な顔と年の割にしっかりとしているが、前世いぜんとは比べるべくもない体が土と砂と涙と鼻水に塗れていた。それでも俺の宿敵かよ、とスピリドンが悪態をついていた。


「それでも悪いやつではない……と思うんです。

 素直というか、馬鹿正直で隠し事ができないというか、なんでも開けっ広げで、そういうところが目について、嫌だな、って思うときも、かなり、たくさんありますけど」


 リカルダは目を細めた。すべてリカルダにはないものだ。

 前世など到底受け入れられるものではないと、家族にすら話さない選択をしたリカルダには。


「それをうらやましい、と思うこともあります。……ほんのときどき、まれに、ですけど」

「……そうか」


 兄の氷剣が空に溶ける。


「僕が心配しなくてもちゃんと友達ができていた、ということかな?」

「まだ候補、ですけど」

「そうか」


 はにかむような笑みを浮かべた妹の頭をなで、マカリオは懐から出した小瓶の中身をホラーツにふりかける。


「兄さま、それは……」

「解毒剤だよ。しびれ薬にしか効かないから目と鼻と喉はまだしばらく痛むだろうね。早めに保健室に行くといい」

「かたじけない。感謝する、義兄あに上」

「だから君に兄呼ばわりされる筋合いはないよ」


 べいん、と一瞬で作り出した幅の広い小剣の腹でホラーツの頭を打ち、マカリオはもう一度リカルダの頭をなでた。


「困ったことがあったらいつでも何でも言うんだよ? 魔法薬研究会に知り合いがいるから死体のひとつやふたつはきれいに片付けられるから」


 そう言いながらホラーツとノエルを見つめるマカリオに二人は体を強張らせた。


「その心配は必要ないですよ。それと兄さま、そういう脅しはよくありません。殺人は犯罪です」

「わかっているよ」


 くれぐれも妹を困らせるんじゃないぞ、と極太の釘を刺して、マカリオは去って行った。また実験棟に籠るのだそうだ。

 お体に気を付けてくださいねー、とマカリオを見送り、リカルダはホラーツとノエルに向き直った。


「ホフシュナイダーさん、ラシュレーさん」

「「はいっ」」


 居住まいを正す二人にリカルダの背筋も自然伸びる。


「お二人と話すのは嫌いじゃありません。

 けど、前世だの伴侶だの親友だの、周囲に遠巻きにされるような発言をところかまわず吹聴したり、人の都合を無視して言いあいやケンカを始めたり、かってに腕に巻きつかれたり所有権を主張されたりするのはすごく迷惑です。正直言って一生関わりたくないです」


 そこまで?! と二人の顔色が絶望に染まる。なんと、今までの所業をちっとも、まったく、迷惑だと思っていなかったようである。


「でもそれを治してくださるなら……その、わたしと友達になってくれませんか? 無理にとは言いませんけど……」

「うむ、なるに決まっている。そして次は伴侶になってくれリカルダ」

「なる! なるわよ! なるに決まってるじゃない!」

「言ったそばから求婚しないでください。腕を組もうとしないでください。次に同じことをくり返したら絶交します。二度とわたしに近付かないでください」

「うむ……」

「はい……」


 しゅん、と項垂れるホラーツとノエルを見てリカルダはほっと胸をなでおろした。これでようやく静かに学園生活が送れそうだ。


「それから隠れているペイナケルさん」

「あ、気付いてた……?」


 頭をかきながら草影から出てくるアードリアンにリカルダは手を差し出した。


「ペイナケルさんも、よろしければわたしと友達になっていただけますか?」

「うん、なるよ。俺のことはアードリアンでいいよ。友達なのにさん付けはさみしいからさ、リカルダ」

「はい、アードリアン。これからよろしくお願いします」


 アードリアンと握手をしたところで落ち込んでいた二人が復活した。二人の勢いにアードリアンがどん引く。

 なぜそんなに勢いよく挙手をするのだ。


「我も我も!」

「あたしもあたしも!」

「わかりました。ホラーツ、ノエル。……これでいいですか?」


 抱きついてこようとするノエルをかわして、リカルダは視線をそらした。顔全体がかなり熱い。


「どーせなら敬語も取っちゃってもらいたいけど」

「それはおいおいで……」


 素でしゃべって万が一スピリドンの地が出てしまうとまずい。殺し合いは嫌だ。


「細かいぞ、アードリアン! いいではないか、友になれたのだからな!」


 大口を開けて快活に笑うホラーツはまるで向日葵のように眩しかった。元魔族のくせに、とスピリドンが口を尖らせる。

 いつか、言えるだろうか。話してもいい、と思える時がくるだろうか。

 リカルダはそっと左胸の上で拳を握りしめた。


***


 その後、ケンカをしたホラーツとマカリオと、それを止めなかったリカルダ、ノエル、アードリアンは仲良く反省文を書くよう命じられた。


「なんでわたしがー! 見てただけなのにー」

「それ俺のセリフね。俺なんて隠れてただけだよ?」

「友と書けばはかどるな!」

「あたしはあなたがいればどこでも平気よっ、リカルダ!」

「黙って」

「アッハイ」

「友達ができて良かったね、リカルダ」

「兄さまも黙って」

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