第5話 パナリーダム町
パナリーダム町とはワインと葡萄の名産地だということだから、きっと葡萄はうまいのだろうなと思っていた。
さすがにまだ未成年なのでワインを飲むことは出来ないが、
それでも、少しで良いから飲んでみたいと悪魔が囁いている状態だ。
隣にはザスティンが一緒になって歩いてくれている。
後ろからはゆっくりと辺りを監視するようにムンとサンが付いてきている。
まるでボディーガードのような彼らはきっとピエロトよりも強いのだろう。
前方に見えてきたのは大きな建物だった。
剣と盾のマークのそれについて尋ねると。
「ああ、あれね冒険者ギルドと呼ばれているわ、あなたの世界にあるかは知らないけど、ようは仕事を紹介してくれる場所で、モンスターを討伐したり護衛とか、狩とか、いろいろな親方の手伝いなど、幅は広いのよ、わたくしとピエロトはサーカスで働くからあまり気にしなくていいわ」
「なるほどなぁ、ゲームみたいだな」
すると3人組の冒険者がこちらに気づいて近づいてくる。
後ろの2体のムンとサンは警戒の唸り声すらしない、ということは安全な人達なのだろう。
「よお、ザスティン、昨日のサーカスは凄かったな」
「ありがとう、リンキン」
「そいつは誰?」
「ディスも元気そうね、彼はピエロトで新しい道化師役の人なの」
「へぇ、ピッツンバーグが認めたんだ」
「うん、なぜかね」
「ねぇねぇ、ザスティンはその子の事好きなの?」
「ぶは、って、マナードの天使発言はやめてね。そうだ。ピエロト彼らを紹介するわね、彼はリンキンでパーティーリーダーをよくするの、サーカスのお得意さんでね、冒険者ギルドのメンバーを連れて見に来てくれている。そっちがディス、寡黙な弓の名手よ、リンキンがデブなら、ディスはがりがりと思ってくれていいわ」
「誰がデブだ」
「がりがり、うん、いい響きだ」
「最後の女子が天使ちゃんのあだ名をもつマナードっていう回復魔法の使い手なの、まぁ魔術師みたいなものね」
ピエロトは彼らを観察していく、
あまり失礼のないようにゆっくりと上から下を見ていく。
リンキンは太った冒険者に見えるが、肉質的に筋肉の容量が多そうだ。
銀色の鎧を身にまとっているが相当な重さだと推測される。
ディスは笑顔を浮かべることもなく寡黙そのもの、口から出る言葉も厳選されているようだ。背中にはモンスターの素材で作られた特注品の弓があり、矢は沢山矢筒に入っている。背丈はごく普通でありながら、リンキンよりは小さい、それはがりがりなせいなのかもしれないが。とにかく隙の無い視線だった。
マナードは可愛い系の女子という感じで、体も小柄であり、小型のウサギをイメージさせられる。目はきょろきょろと動いており、本当に天使ちゃんみたいな人だ。
マナードは回復魔法の使い手とされているのだろう、この3名はよくパーティーを組むのかもしれない、本当にゲームのような世界だ。
「リンキンさん、ディスさん、マナードさん、これからもクレイジーサーカス団をよろしくお願いします。団長に負けないくらい道化師を演じきります」
ピエロトは断言した。
それを見ていたのはリンキンだった。ディスとマナードはザスティンと世間話をするのに夢中になっているようだ。
「君は、そうか、すまない勝手に鑑定スキルを使用させてもらった」
「ええええええ」
「君は異世界からやってきたね、この世界には稀にというほど異世界からやってくる人々がいるんだ。勇者について知っていることは?」
リンキンが突然訳の分からないことを告げてきた。
「この世界には数名の勇者がいる。勇者は基本的に異世界から召喚させられたもの達で、転移してきた人々とは素質が違う、その勇者たちなら君が現実に戻るヒントがあるかもしれない」
リンキンは大きな腹をぽんぽこしながら、にこにこしている。
なぜリンキンはピエロトが現実世界に戻りたいと思ったのだろうか?
尋ねるべきか尋ねないべきかで悩んでいると。
彼はうなずき。
「なぜ現実世界に帰りたいと見破られたか? って? 答えは簡単だ。誰だってそう思うからだ。もしおいらが君の世界に行ってしまったら、おいらはこちらの世界に帰りたいと思うだろうな」
「はは、そうですよね、そんなの当たり前な事ですよね」
「その当たり前が大事なんだ。それを肝に念じておくように、デブからの助言だ。さぁみんな行くぞ」
「うい」
「へいへい」
3人の冒険者がいなくなると、ザスティンがこちらを見て笑い声をあげた。
「あまりリンキンのことは真に受けないほうがいいよ、彼は相手の心を分析するのが得意なの、しかも分析系のスキルを極めてるから言葉で負けるわよ」
「は、はは、どうりで冷静すぎると思いました」
「さて、買い物をしましょう」
後ろからは暇そうに欠伸をしているムンとサンが追いかけてきた。
そこは沢山の市場があった。
市場の上には巨大な球体が浮かび上がっていた。
「あれは化け物風船なのか?」
「ああ、あれはね、ドラゴンフウセンよ」
「は?」
「だからドラゴンフウセンでこの町の守り神みたいなもの、あのドラゴンフウセンが爆発したら中から沢山の守護神ドラゴンが出てきてこの町を守るとされている。あそこにある縄だけが唯一のドラゴンフウセンと繋がる場所、基本的にあそこには沢山の護衛兵がいて、守っているの」
「すごく訳がわからないのだが」
ピエロトは頭をぽりぽりと掻きながら訳の分からない表情を浮かべて見せた。
「つまりね、君たちの世界にも神様はいるでしょ?」
「そりゃいるだろうね」
「この世界では神様は視認や触れあうことができる。ピエロトの世界もそのようなものではないの?」
「吾輩の世界では拝むものが神様なんだ。地上にはいなくて、どこか遠くの場所、死なないといけない場所に神様がいるとされているんだ。天国と地獄があり、良いことなどをしてきた人が天国に、悪いこと等をしてきた人が地獄に、まぁ小学生レベルだけどこれくらいしか宗教については知らないんだ」
ザスティンはその話を不思議そうに聞きながら、革新的なことを差し込んできた。
「なんで目に見えない神様を信じるの?」
ピエロトは唖然と口を開いていた。
確かにこの町の守り神であるドラゴンフウセンは目に見えるし、ちゃんとこの町、パナリーダムを守っているのだ。
それなのにピエロトたちの神様は何もしてくれない、いや待つんだ。
「吾輩の世界では神様とは見えない所から見えない手を差し伸べてくれると祖母がよく言っていた」
「うん、不思議、この世界では目に見える神様、ピエロトの世界には目に見えない神様。いろいろと世界によって考え方や思想が違うんだね」
「それは吾輩も今感じているところだ。さて商店街に入ったな」
「じゃあ、いつもお世話になっている人のところにいくわよ、ムンとサンはあまり周りを睨まないように、異変があったら鳴いてね」
「ぐるる」
「ぐぐうぐぐ」
ムンとサンはにかりと吠えると、
ピエロトの方に来て頭で両足をかるく叩いた。
がんばれよと励ましてくれているみたいだった。
なんだか感動してしまった。
歩きながら1つのお店が見えてきた。
沢山のお店は家1軒分の大きさで距離を開けている。
それでも結構な人々がいるので混んでいると言えるだろう。
パナリーダム町の人口は1000人とされている。
よくよく考えたらパナリーダム町の大きさの中に1000人が居るとは少しぎゅうぎゅう詰めな気はしている。
今まで雲のようなもので気づかなかったけど、日本にいた時によく見てきたマンションとかビルが沢山存在していた。
日本のビルと違う所はコンクリートや鉄などで作られていないことだ。
遠くから見てもそれは木材のような物で作られている。
まるで原始人がビルを作ってしまいましたという感じなのだ。
窓なんていい加減に開いているし。
階段もボロボロになってて変な補強もされている。
その建物は15階建てくらいが限界のようで、それより上にはドラゴンフウセンがいて、
ドラゴンフウセンの呼吸をする穴の中に、食べ物を投げている人たちがいるのだが。
どうやらこの町の神様は食べ物が必要みたいだ。
「ちょっとこっち見なさい」
「うお、ごめんごめん」
ザスティンに促されて、目の前のお店を見る。
露天のように見えるが、その後ろは鍛冶屋そのものになっている。
沢山の武器が飾られており、つまり武器屋ということだ。
1人の老人が露天に立ってこちらを見ている。
ピエロトは2度見してしまった。
なぜならその老人はとてつもなく背丈が小さいからだ。
台に上ってないと露天に飾られた武器や飾りで見えなくなってしまう。
「うぉい、うううう、何か怖いなぁ、お、ザスティンちゃんじゃないさ」
「おはようございますテクスチャさん、今日もご機嫌ですか?」
「うむ、ご機嫌だよ、いつもザスティンちゃんに話しかけられているだけでわちは幸せだよ、お、そこの若者は初めてだね、よ、よろしくね」
「よろしくお願いします。吾輩はクレイジーサーカス団に入ったばかりの新入りで、この町にくるのも初めてなのです。色々とご教授お願いいたします」
「す、すごく礼儀正しいんだね、こっちはいつも怯えているけど君が怖いわけじゃなくて、なぜか怯えてしまうんだ。安心してよ」
ピエロトは頷くと。
「ではナイフを2本ください、魔法付与とか攻撃力上昇とか、そういったものはなしで、ノーマルで鋭利なナイフで、ピッツンバーグ団長が君に護身用として提供するようよ、道化師とはナイフをよく使うもの、君には期待しているよって言ってたわ」
「はは」
ピエロトは内心で歓喜していた。
なぜならピッツンバーグ団長の言ったことも一理あるからだ。
ピエロトはとてつもなくナイフ裁きが上手い、
リンゴの皮むきなんてあっという間だし、
包丁で料理しなさいと先生に怒られてもナイフで料理して、ギャラリーを盛り上げさせていた。
「あいよ、1個5銀貨だ。お金あるかい?」
「あります。ピッツンバーグ師匠から貰った物が、あとこの手紙をピエロトに渡すように言われていたのを忘れていたよ、これ、団長から」
ザスティンはテクスチャに支払いを済ませて、鉄のナイフではなく、普通に銀のナイフを購入していた事には驚きを隠せない、
この世界でのノーマルな基準は銀のようだ。
てっきり異世界だと銀などは高く取り扱いされているものばかりと思っていたが。
今は手紙を読むことに集中する。
【やぁ、ピエロト君、君は30銀貨持っているはずだね、なのになぜわしからいろいろと支給するのか? 別に働いて返せとか2倍にして戻せとかいうわけじゃない、団長として君を出迎えるために寄付させてくれ、見返りは求めない、自由にやってくれ】
団長がそう告げてくれていた。
ピエロトはほっと一安心すると、
後ろを振り返る。
そこには一人の少女ザスティンが白い歯を見せてテクスチャさんとげらげら冗談を言い合っていた。
そのあとザスティンから2本の銀のナイフを受け取った。
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