第15話

 今日の応用魔術は実践だった。

 学園で飼育している魔猪まちょとの対決だ。

 魔猪は魔術を使う猪で、旅をしていれば一回くらいは出会う魔獣だ。学園では冒険者志望の者も多くいるため、必須の予行演習といえる。

 大きいものは三メートルを超える個体もいるそうだが、学園のものはせいぜい大型犬に届くかどうかといったくらいだ。それでも油断はできない相手だが。

 ルールはいたって簡単だ。

 魔猪は威嚇をしたのち突進してくるので、これを対物防御壁で防ぎ、こちらが格上である、と思わせれば逃げていくので、身体強化を使うためこちらと距離をとった魔猪が再び突進してくる前に魔術を使って追い払えれば合格になる。

 戦意をなくせば魔猪の首輪についている石が緑色に光るので、判定は容易だ。

 まだ自分専用の杖を持っていない者も多く、学園から貸し出している多種多様な杖の前には人だかりができていた。

 母から手紙で購入しようかと打診があったが、借りを作りたくない一心で断った。今はどんな素材と相性がいいのか確かめている最中で、就職してから職種に合わせて購入するつもりだ。

 属性や体質によって自分に合う杖の素材は様々で、イザングランはナラが扱い易い気がしているのだが、せっかくなので今回は一部に金属が使われている金雀枝エニシダの杖を選んでみた。

 金属はもしや白金プラチナだろうか。木だけの杖と違いずしりと重い。芯にも金属が使われているのかもしれなかった。そのせいか魔力を流しやすい。魔力伝導が良い金属が使われているようだから、本当に白金なのかもしれない。

 アレクは杖を選ばず、今は鎖で繋がれている魔猪に近付いて威嚇されたりしていた。

 イザングランとしては音を立てて引き伸ばされ、真一文字に張られた鎖が万が一にも引き千切られたりしないか気を揉んだのだが、そんな事はなく、本人はこえーこえーと言いながらもその顔は笑っていた。


「おまえ……。危ないだろう」

「わりぃわりぃ。生きてる魔猪をじっくり見ることなんてないからさ」

「……そうか」


 死んでるものはあるのだろうか。あるのだろうな。アレクの故郷はたいそう山奥だそうだから。

 テーリヒェン師が名前を呼んだ順に魔猪と相対していく。

 一人目は防御壁の展開が間に合わず、一回目の突進で魔猪に場外まで吹き飛ばされた。

 二人目は防御癖の展開には間に合ったが、追い払うための魔術を展開できず、身体強化と突進をくり返され、もたもたしている内にどんどん身体強化を加算していった魔猪に最終的に防御壁ごと吹き飛ばされた。

 三人目は指名されてから腹痛を訴え、順番を後に回されていた。


「次はアレク、どうだ?」

「あー、すみません。見学します」


 アレクは魔猪を相手にするのなら、自分の身の安全のために手加減をする訳にはいかないので、殺さないとならないそうだ。学園で飼育している魔猪相手にそれはマズイだろうということで見学をするつもりなのだ。

 ちなみに事前準備を万全にし、罠にはめて身動きをとれなくしてからから止めを刺すそうだが、今日のように障害物も何もないところで出会った場合は、直進しかできない魔猪の特性を利用して、すれ違いざまに斧で急所を狙った斬殺か、一撃離脱を繰り返した末の撲殺だそうだ。余談だが、斬殺のほうが血抜きが上手くいくので肉が美味いとの事だった。

 高所に逃れてやり過ごすという手もあるにはあるが、魔猪相手では身体強化をされる前に仕留めるのが基本らしい。


「身体強化をする直前にスキがあるからな、殴れ!」


 と言われても、イザングランの腕力では詠唱を中断させられないのは明らかだった。外出するときは魔力回復薬を持ち歩こう、と決めた。


 テーリヒェン師の言葉に首を振ったアレクに嘲笑の声を浴びせた者がいた。

 アレクの次に魔猪と戦うことになっていた奴だ。名前は憶えても無駄なので知らない。


「はははっ、やはり魔力がないとこのような基本的なことさえできないのだな!」


 アレクをバカにされたイザングランはもちろん、無様に吹き飛ばされた一人目と二人目も顔を顰めた。腹痛を訴えた三人目も腹を押さえながら睨んでいた。

 アレクはなんとも思わなかったようだ。涼しい顔をしている。

 テーリヒェン師は顎をさすり、それからにやり、と笑う。リザードマンの顔は悪意が無くても凶悪に見える。


「ではアレクはデュランベルジェと戦ってみるか。それならできるだろう?」

「ええー……。はあ、まあ、できるとは思いますけど……」


 アレクは無礼なガエタン・デュランベルジェの安全を考えたようで乗り気ではなかったが、魔猪と戦わなくてもよくなったデュランベルジェ本人がやる気に満ち溢れていたため、断りきれなかった。

 デュランベルジェは得意満面で、既に勝利を確実だと思っているようだった。甘い。

 魔猪を相手にするよりは魔力のないアレクを相手取るほうがよほど簡単だと思ったのかもしれないが、甘すぎる。

 魔術なしで魔猪を殺せるアレクが魔猪より弱い訳がないではないか。

 アレクは杖の中から杖全体が金属製のものを選び、軽く素振りした。とても重そうな風切り音がした。

 幸か不幸かデュランベルジェには聞こえていない。おそらくデュランベルジェは運が悪い。これが聞こえていたなら魔猪と戦うほうを選んだはずだ。

 実践場の中央から十メートルほど離れてアレクとデュランベルジェは向かい合って対峙した。

 アレクが負けるはずはないと確信しつつ、それでも握る手には力が入った。


「それでは始め!」


 テーリヒェン師の合図にデュランベルジェは素早く対物防御壁を展開し、次の魔術の詠唱に入った。

 淀みのない魔力の流れが感じられる。尊大な態度であったが実力はそこそこあるらしい。デュランベルジェは自分の勝利を確信していることだろう。甘いが。


 アレクは杖を投げた。

 杖の全てが金属で作られた、アレクの腰ほども長さのある、見ただけでも重そうな杖を、振りかぶって、投げた。


 バキン。


 デュランベルジェの張った防御壁の一部を杖が破壊し、そのまま真横に飛んで行った。

 もちろんデュランベルジェを目がけて。詠唱に集中していたデュランベルジェの目が見開かれる。そしてすぐ真横を飛んで行った杖を目で追う。

 防御壁を飛んできた杖で突破されれば誰だって驚く。

 それからデュランベルジェの顔が歪む。防御壁を破壊された動揺と精神苦痛のせいだろう。おそらく、攻撃魔術の詠唱は中断された。

 痛みに胸元を押さえようとするデュランベルジェだったが、その手が胸元を掴む前に駆け寄ってきたアレクに蹴り飛ばされた。

 そのまま起き上がらなかったので、テーリヒェン師がデュランベルジェの意識の有無を確認しにいった。


「勝者、アレク!」


 時間にして十秒か、その辺だろう。

 イザングランは力の入っていた拳をため息とともに解いた。


「いいかー、このように相手の能力や力量の差を間違うとあっさりやられる。特に魔術師や遠距離攻撃や支援主体のやつは懐に入られると弱い場合が多いからな、皆もそのあたりをよく考えてから相対するように。

 それから懐に入られても慌てないように筋肉つけようぜ!」


 最後の一言はいらなかったのではないか。

 意識のある生徒全員がまた筋肉か……という顔になっている。

 またはそれを言いたかったが故にデュランベルジェを止めなかったのだろうか。可能性は大いにある。

 その後はいたって平穏に授業が進んでいった。

 吹き飛ばされて気を失った者、重傷者は保健室へ、軽傷の者は傷薬で治療された。

 イザングランはそつなくこなし合格を貰い、ミゲルは涙目になりながらもなんとか追い払うのに成功した。

 授業の最後にテーリヒェン師が魔猪肉を食べたくなったと言い、アレクが肉を用意する役に任命された。

 テーリヒェン師に借りた斧で、突進してきた魔猪の首を的確に落としたアレクに同級生達は一目置いたようだった。


「血抜きはしっかりして、火をよく通してください」

「ああ、ありがとう。おかげで今夜のエールは美味いぞ」


 テーリヒェン師は事後承諾で魔猪を潰したため、学園長にお叱りを受けたと、翌日肩を落としながら報告してきた。二日酔いとも相まってやたらと辛そうだったが、自業自得だろう。

 アレクの腕力に好奇心を持ったミゲルが腕相撲を挑んだが、秒で負けた。


「いてえぇ~~」

「わるい。大丈夫か?」

「身の程を知るんだな」

「イザングランが今日も辛らつ……」


 結果をマデレイネには内緒にしてくれと言われたが、その後問い詰められて自分で白状していた。不憫な。

 ちなみにイザングランも秒で負けた。

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