第460話 飽和する戦場

 帝国軍は再進撃を開始した。

 迂回は諦めて、改めて塹壕線の突破を企図した動き。

 つまりは、損害度外視の人海戦術だ。


 王国兵が塹壕線から応射するものの、放たれる弾丸たまの数より追加される帝国兵の数の方が多い。帝国兵は味方の死体を踏み越えて、悪鬼の如き形相でじわじわと進んでくる。


 撒き散らされるのは血と肉と――死。


 照準しなくても撃てば当たるレベルの密度の敵に相対するとなれば、いくら塹壕に隠れられるといっても踏みとどまるのは容易ではない。ひとまずここらが潮時だ。


「イグナイト殿下、第一塹壕線は捨てます。第二まで退かせます」

「いいのか?」

「概ね予定の範囲内です。下手に踏ん張って兵を減らすよりはずっとマシです」


 陣地も大事だがそれ以上に兵力を維持したい。陣地は縦深はめいっぱい取ってあるからまだまだ後退する余地はあるのだ。対して兵力は損耗を補填するアテが殆ど無い。


「わかった。任せる」


 責任者イグナイトの許可も得たところで速やかに後退。

 帝国兵が押し寄せて来る前に全員を第二塹壕線に収容する。


 塹壕線からは、後ろにある別の塹壕線へ繋がる交通壕というものがいくつもある。敵の射線に身を晒すことなく後退が可能なわけだ。交通壕を帝国に利用させないために、全員撤退後に爆砕した。


「損害軽微。塹壕線一本でそこそこ削りましたね」

「順調なのか? その塹壕線は奪われたわけだが」

「そうですねえ」


 と、俺は口の端を歪めたのだった。

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