第184話 可愛らしい客引きと腹立たしいそれ

 声をかけられた方を見れば、視界の下の方に小さな頭が。

 十歳くらいの少女だった。

 こちらを見上げて、頬を赤くしてわたわたしている。

 おや可愛いらしい。

 宿の客引きはあまり得意じゃないのかもしれない。


「まだ決まってないよ」


 ちょっとした共感もあり、ついうっかり答えてしまった。俺も子供ガキの頃――二十年以上前だ――、駅前でビラ配りを手伝ったものだ。当時はインターネット黎明期でまだまだネット予約なんてものはなく、旅行代理店に出向いて予約を取るような時代だったのだ。あとは直接電話とかファックスとか。懐かしい。というか今思うと児童労働させてたんだなあの親父。


 ちなみに完全に余談だが、元の世界あっちではいまだにファックスは現役である。数は少ないものの、ファックスでしか予約が流れてこない旅行代理店もあるくらいだ。

 閑話休題それはさておき


「そうですか! 良かったらうちの宿はいかがで――痛っ!?」


 少女は最後まで言葉を紡げなかった。

 ガタイのいい、ガラの悪い若者が突き飛ばしたからだ。


「おっとぉ、悪いねオチビちゃん。小さすぎて視界に入らなかったわ」

「……っ」

「で、アンタは? 何か用か?」

「イカしたカッコの兄さんに宿の紹介さ」


 イカしたカッコときた。

 俺的にはまっとうな服装なのだが、スーツ&スーツケースは異世界こっちでは悪目立ちするようだ。そりゃそうか。


「女の子を突き飛ばしてまで?」

「いやいや、視界に入らなかっただけで悪気はないんだぜ、兄さん」


 誰がお前のお兄さんだ。

 こいつの紹介する宿には泊まりたくな――いや待てよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る