【幕間】
分隊長は執拗な責め苦を受ける
私の両手を木に縫い留め顔と腹を殴った村人風の――だが明らかに村人ではない――男の表情は不愉快さを露わにしたものであったが、だからといって冷静さを欠いている様子は全くなかった。
「もう一度同じ質問だ。貴官の所属と階級は?」
同じ問い。
ルールは提示されてる。
さりとて応じることはできず私は沈黙を貫いた。
「……」
男は深く嘆息。
「まただんまりか。あなたは立派だな。軍人の鑑だ。結構な愛国心だ」
抑揚のない口調で私を褒めそやす。
そして、
「どこまで持つか知らんがな」
言葉と同時、私は
「……っ!」
続けて二度、三度。鮮烈な痛みが全身を貫く。
奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、私は声を漏らさなかった。
「大したものだ、本当に。感心する」
彼はナイフを刺したまま、私に問うた。
「貴官をそうまで軍人たらしめんとする要因とは一体なんなのだろうか」
抉る。
「ああ、今のは質問ではないので答えないでいいよ」
このような狂人が敵国に、それも国境線間近に存在することを、祖国に伝えなければならない。その一心で私は耐えている。
「ところで」
男は何処からともなく小瓶を取り出した。
「これは懇意にしている商人に売りつけられたものなのだが、傷を癒す
口に瓶を捻じ込まれる。
霊薬は本物だった。
傷は癒え、体力が快復した実感がある。ナイフの刺さった両手は血が止まっただけだったが。
「本物か。やれやれ。高い買い物でなくて良かった」
男は右手にはナイフを、左手には複数の霊薬を持って、嗤った。
「まだまだ霊薬はある」
――激痛と回復を何度繰り返されただろうか。
とうに数えることをやめた私の耳朶に、繰り返される同じ問いが響いた。
「貴官の所属と階級は?」
私の中でぷつりと糸の切れる音がした。
「帝国南方軍……第二旅団第一大隊……斥候小隊第二分隊、隊長」
「第二旅団の兵力規模は?」
「……五千」
「斥候小隊第二分隊の今回の国境線越境の目的は?」
「シュトルムガルド王国の国境付近に建った新規要塞の状況確認だ」
「要塞とは?」
「あの塔のような不思議な建造物だ」
その後も、私は自動的に言葉を吐きだし続けた――
「貴官には二つの選択肢がある。ひとつ、この場で死ぬこと。もうひとつ、このまま国に帰り帝国には欺瞞情報を流しつつ帝国の情報を俺に定期的に送り続けること。質問疑問があれば今言ってくれ。発言を許可しよう」
朦朧とした意識にあっても私の中には僅かばかりの抵抗心が残っていたらしい。
「……私に祖国を裏切れというのか」
「祖国への貴官の献身に応え、祖国が貴官の大切な人を護ってくれると思っているなら、そんな幻想は一刻も早く捨てるべきだ」
「……私がそちらに欺瞞情報を流すとは考えないのか?」
「万が一そんなことをすれば、貴官を破滅させる。貴官の周囲諸共にね」
「そんなことができると思っているのか?」
「そんなこともできないと思っているのか?」
男はいとも容易く言ってのけた。
だが。
その言葉に偽りがないとわかる程度の判断力もまた、私に残されていたのだった。
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