第41話 ナターシャの真価、というか彼女の魔法の最適解

「ナターシャ!」


 俺の操る骨刀がクマの脚を削る。

 後ろ脚と前足の腱を狙って徹底的に、だ。

 動きの鈍くなったクマは遂にその場に倒れ転がった。


「――今だ! やれ!!」


「はっ、はいいぃっ!」


 通りの角からにゅっと姿を現したナターシャは生まれたての仔鹿のように足をガックガクに震えさせていた。おいおい大丈夫か。


 俺は八本の刃を操作し、クマの四肢に深く突き刺した。

 何とか道に縫い留めることに成功。


「もうそいつは動けない。早くトドメを刺してやれ」

「はいぃ!」


 ナターシャはよたよたした足取りでクマに近づいていく。

 恐る恐る、だが一歩ずつ。

 勇気を出して。

 ナターシャは右手を突き出し、クマに触れ、魔法を発動させた――



 ――彼女の魔法は炎属性の湯を沸かすだけの魔法だ。

 と本人は言っていたし、事実そうなのだろう。仲間パーティに入れていた冒険者どもも、ただの湯沸かししかできない低レベル魔法と見下していたようだ。


 だが、それはあの魔法の性能評価としては適切ではない。俺からすれば、対人・対生物にこれほど危険な魔法は無いと、最初に聞いた時から考えていた。


 ナターシャの湯温系魔法の温度は70度近い。瞬間的にここまで加熱してやれば生物のタンパク質は変成、凝固するだろう。接敵するリスクを負わなければならないのは欠点として余りあるが、触れさえすれば体液なり血液なりを加熱してそれで

 接触必須の即死魔法。

 つまりナターシャの魔法は、魔法使いらしい遠距離アウトレンジでの戦闘ではなく、近距離ショートレンジ、それも密接を要する超至近距離クロスレンジの戦闘でこそ真価を発揮する。俺はそう結論付けた。


灼熱ヒート!」


 俺の結論はすぐに証明された。

 分厚い皮膚越しに血液や体液を急激に加熱されたクマは即死。

 断末魔の雄叫びをあげるいとまさえなかった。


「え、嘘……」


 ナターシャが自身の成果が信じられないといった顔で両手をまじまじと見つめていた。事前に伝えておいたのだが、やはり半信半疑だったか。


 彼女の様子を隠れて見ていた集落の住人が歓声を上げる。その声を他人事のように聞き流し、俺はクマに対して合掌した。すまんな。実験台と踏み台にさせてもらった。


(詫びたところでユーマは地獄行きじゃがのぅ)


 俺の胸のうちでケタケタと「ヤツ」のわらいが響く。

 ……ほんとにお前は黙ってろ。

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