中央
最小限の着替え、筆記具。ノーアの荷物はそれだけだった。アルの方も大体似たようなものだったが。
村の
天使は茶を飲まないのだ。
「二人とも、実に立派に育ちました」監督官は――見た目だけはノーア達とそれほど変わらない年齢に見えるが、実際は叔母さんよりも遥かに年上である――厳かに言った。「それぞれの勤めをきちんと果たしてくれると信じていますよ」
「はい、先生。今までお世話になりました」アルが一礼する。監督官の仕事は多岐に渡り、それには
「ああ、それと」監督官は厳しい目で双子を見た。「最近、
「はい」
「よろしい。服従は貴方達の行いのうちで最も基本的な美徳です。そしてそれは
ノーアの新しい職場は
別れの挨拶は実にあっさりしたものだった。
「元気でね」「ああ」それで十分だった。今生の別れでもあるまい、休暇が出来たら会いに行く事もあるだろう。
半日程歩き続ければ、脚に疲労が溜まっていくのが嫌でも分かった。ノーアの行く道から少しずつ木が減っていく。代わりに凝土で出来た巨大な壁が見えてきた。造られた当初は陽光を跳ね返すような白亜の建造物であっただろうと思われたが、今となっては濁った灰色にしか見えなかった。
壁の一部に穴が穿たれ、そこが関所として用いられていた。詰所には壮年のエルフの男が座っていた。
「通行証は?」投げ槍な調子で問われたノーアは、生成りの衣服の下から首に下げた
「はい、もういいよ」門番のエルフは通行証を放り投げた。ノーアは辛うじて地面に落ちる前にそれをキャッチした。
「問題を起こさないように」それだけ言うと門番は視線を逸らした。最早関心を失ったというのがありありとその態度から見て取れた。
ノーアは荷物を持ち直して壁を潜り抜けた。
その時、太陽とノーアの間に割り込む影が横切った。
ノーアは好奇心に衝き動かされてその乗り物の方へ走った。
ドーム状の幌には出入り口が設けられ、今まさに中から人が降りてくる所だった。
まず初めに露草色の長い髪を揺らす天使族が現れた。薄い水色の服は
しかし、ノーアが目を奪われたのは二人目の天使だった。
『彼女』は一人目と比べるとやや背が低く、その分幼く見えた。銀色の豊かな髪、色素の薄い肌、幽かに憂いを帯びたような表情、いずれも彼が想像さえした事のない次元の美しさ。とりわけ心惹かれたのは目だ。長い睫毛が銀の目に灰色の影を落とすそれは光の加減で
『彼女』は服と同じ色に染められた革の
その後に天使族が一人と
彼らは簡単に挨拶を済ませると、先の二人と後の三人で二手に分かれた。『彼女』は膝くらいの高さを飛ぶ一人目の天使の後ろをとことこ着いて行く。
ノーアの脳髄からは疲れも仕事の事もすっぽ抜けていた。あるのは『彼女』をもっと見ていたいという衝動だけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます