買う側の罪
かって力が支配する世界を止めようと
千年もの間独りで戦い続けていたアイリン、
だが彼女の願いは叶うことなく
世界が変わることもなかった。
こちらの世界で、人間の可能性に光を、
希望を見出している
これまで何故、
これ程までに献身的に協力をしてくれていたのか、
無償の愛を注いでくれていたのか、
慎之介はその理由が少し分かったような気がした。
と同時に慎之介は、こちらの人間は
彼女の期待を裏切ることになるのではないか、
彼女の期待に応えられないのではないか、
そんな不安と恐れを心の何処かで感じてもいる。
――人類は彼女に愛される資格はあるのか
その身を傷つけてまで守る価値はあるのか
今目の前に差し迫る問題、
それはこちらの人間にも罪があるのだ。
-
「まず前提としてお話しますが、
この村は人間と魚人族との共生、
そのモデルケースとなっています。
今回のことが上手くいけば、
過疎化している他の漁村へも
第二次、第三次の魚人族の移民がはじまるでしょう。
従って、あちらの世界にも
魚人族はまだまだ沢山います。
それを踏まえますと、
悪魔がわざわざこちらの世界に出向き、
こちらの世界に居る人魚を
こちらの人間に売る為だと考えられます」
この話を
魚住さんをはじめとする村の代表、魚人族達、シャドウ、
そして
慎之介としてはこれを前向きに
みなに伝えるしかない。
「つまり、行方不明の人魚達は、
異世界に連れ去られてはおらず、
こちらの世界の何処かに居ると考えて
間違いないでしょう
あちらに連れて行かれては、
我々としてもお手上げでしたから、
まだ救い出すチャンスはあると言えます」
そもそも売買という行為は
買う側が居てこそ成り立つものなのだ。
児童買春などは圧倒的に買う大人の方が罪が重い。
未成年者は判断能力が備わっていない場合もあるし、
騙されたり、流されたり、
雰囲気に呑まれるということもあるだろう、
分別ある筈の大人が悪い、
加害者であるというのも道理であろう。
それと同じぐらいに
今回の事件は人間の闇が深い。
大金を払ってでも、
人魚の娘達を奴隷にしたいと思っている人間が、
もしくは人魚の肉を食べて
不老不死になれるか試してみたい、
そう思っている人間がこの世界には
少なからずいるということだからだ。
能天気なポジティブ馬鹿と言われる慎之介ですら、
その事実を前には人間に嫌気が差す、
いやポジティブ馬鹿だからこそであろうか。
-
「悪魔の動機というのは、
一体何なんでしょうか?
悪魔は人間の負の感情を食らって生きている、
それは分かります……
人魚の姿が消えてしまったことで
この村の人達がすっかり落ち込んで
悲しみに暮れてしまっている、
その様を悪魔が喜んでいる、
これはまだ理解が出来るんですが……
それが目的であるのなら、
人魚を攫った時点で既に達成されている筈
そこから先、
悪魔が人魚を人間に売ると仮定した場合、
それが何を意味しているのかが
どうにも解せなくて……
悪魔もお金が欲しい、営利目的というのなら
単純明快で分かり易いのですが……
人間に人魚を売ったところで、
買った下衆な人間が喜ぶだけで、
悪魔にはメリットがないように思えるんです」
悪魔を出来るだけ詳細に知る必要がある、
そう考えた慎之介は
会議の後で
「そうだね……
負の感情を引き起こしそうな行動を取って、
負の感情を連鎖、
悪魔がやりやすい環境を醸造するというのはあるだろうね
現にあたし達をはじめ、多くの者達が
今回の件で負の感情を抱えちまっている」
不況はムードからはじまる、
そう言っていた政治家が居たが、
そういうムードと言うものは思いの外
人間のメンタルに影響を及ぼすものなのだろう。
「最初は人間達の欲望を叶えてやって、
最後の最後にその人間を絶望させるというのも
悪魔からすれば常套手段かね」
「売った人間の弱みを掴む、洗脳する、
こちらの世界で暗躍するためのルート、
コネクションづくり、そんなところなのかねえ」
悪魔が取るであろう次の行動、
そのヒントを得るためには
悪魔の行動原理、思考パターンを知る必要がある。
慎之介の質問は続いた。
-
今回の事件が人身売買であるのならば、
買う側の人間もまた許せないという慎之介の考えは
そのまま捜査方法へと繋がって行った。
魚人族が人魚達を捜索し、
そしてシャドウが悪魔の足取りを追う中、
慎之介は悪魔が人魚を売るために
接触しそうな人間を特定することにする。
不謹慎過ぎて決して口には出せないが、
悪魔をサービス提供する企業のようなものと仮定し
人魚を商品とした場合、
悪魔が想定する購入者、ユーザーとは
一体どんな人間になるのか。
悪魔が営利目的ではなかったとしても、
不老不死と言えば人間の欲望の最高峰に位置する、
そんな超お宝を安売りするとは思えない。
自分達の商品をブランド化して
それを購入するにはユーザーに
優越感を与える手法もあるかもしれない。
そもそも悪魔もこちらで事業継続するには
こちらでの活動資金が必要ということもあり得る。
悪魔がこちらに進出するにあたって
繋がっておきたいと思うような人物像とは
一体どんな人間なのか。
マーケティング手法に近い理論で
慎之介は思考を巡らせる。
そうやって突き詰めて考えて行くと
やはり想定顧客は
金、地位名誉、権力を持つ者達となるだろう。
さらに言えば、そうした富裕層に
悪魔の営業マンが面識も無しに、
いきなり自社の商品を買ってくださいと飛び込み営業して
相手にしてもらえるだろうか。
普通のビジネスであれば誰かの紹介は必須、
であればこちらの人間が誰か仲介役をやっているのか?
マフィア組織、シンジゲートの介在もあり得るのか。
-
メディアの記者や裏ルートの情報屋等の協力を得て、
資産家、経済会、政府要人や著名人など、
その中から悪い噂がある人物をピックアップして
百名のリストを作成する慎之介。
反社勢力と付き合いがあると黒い噂される者や
常軌を逸した
この中から一名でも
悪魔からの招待状に反応して
何かしらの動きがあった人間がいれば
そこから手掛かりが掴める可能性はある。
百名全員が当たる必要はなく、
たった一人、一パーセント当たればいいのだ。
慎之介はニンジャマスター率いる忍軍や
異世界から来た住人達に、
リストに記載されている百名の
ここ数日の動向を探ってもらうように依頼する。
仲介組織の存在については、
慎之介一人ではどうにもならないので
上長を通じ協力要請して、
政府の然るべき機関に動いてもらうことに。
異世界人を大量動員したローラー作戦ではあるが、
期間はおそらく短くてよい、手遅れではなければ、
数日の内に何か動きがある筈なのだ。
悪魔からしても、人魚の行方不明事件、
その騒ぎが大きくなる前に
売り捌きたいと思っているだろう。
-
次の日、早速動きは見られた。
忍軍が動向を探っていた
慎之介リストに名前がある人間、その内の二人が
東京湾に停泊中であるクルーザーに
乗船したと連絡があったのだ。
慎之介のリスト、
そこに名前が乗る二名が同じ行動を取る確率、
それはどれぐらいのものであろうか。
悪魔の招待状を受け止った者である可能性は十分に高い。
現場で尾行している
忍軍から送られて来る映像を見つめる慎之介。
――ここが取引現場なのか?
人魚だけで少なくても七名はいる筈なのだが、
それに対して招待者が今のところ二名、
仲介者と見張り役も少なくとも二名は必要だろうし、
それだけの人数が乗っているにしては
船舶がやや小さいように思われる。
――ここが取引現場でいいのか?
ここで判断を間違えると、
せっかく掴んだチャンスが潰えるばかりか、
人魚達の命を危険に晒すことになるかもしれない。
――よく考えるんだ……
悪魔達の思考パターンを……
狡猾だと言われる悪魔が
日本国内の都心を取引現場とするだろうか。
しかも我々が知る限りでは
こちらで最初の大きなイベントの筈。
失敗は許されないのではないか……。
「そうか、買春ツアーか……」
おそらくここは目的地ではない、
ここに集まった人達を
本当の目的地に移送させる筈。
さらに慎之介は
ここは法が律する世界、悪魔が居た異世界は
法の影響力が弱く力が支配する世界。
「!!」
あえてこちらのルールの中に、法が律する世界に
入って来る必要があるのか?
しかしこちらの人間を異世界に連れて行くのは不可能、
だとしたらどういう方法を取るか……
「東京湾に停泊している船から
最短で日本の領海をギリギリ越えた辺り、
公海に不審な船舶はありませんか?」
上空から捜索を行っていた
サキュバスの娘達と有翼人らが
慎之介の連絡を受け、
領海付近を偵察すると
巨大客船が停泊を繰り返しながら、
ゆっくり航行していると言う。
――それだっ!
行方不明の人魚達はそこに居る
-
「何処の国の領土にも属さない、
まぁ今回は海なので領海ですが、
各国の法が通じない場所、
つまりは治外法権ですね」
早速状況を説明し、
人魚救出作戦の打ち合せをはじめる。
案の定、東京湾に停泊していた船は
参加者と思われる者達が
すべて乗り込むと移動を開始した。
航行ルート的に見ても
公海の巨大客船に向かっているのは間違いないだろう。
「悪魔の入国を水際で阻止する、
という名目で上層部には進言しましたが」
慎之介はあえて悪魔に重きを置いて
上層部に話をしていた。
人魚救出が目的では
上層部が重い腰をあげなることはないだろう、
動かないだろいと踏んでいたためだ。
悪魔となれば上層部も本気で対処せざるを得ない、
それぐらいに悪魔のことを本気で恐れている。
「日本の領海外にある船に
迂闊に手を出すことは出来ないとのことでしたが……」
それでも領海外に武力を出せる訳はなかったが。
「ただ、勝手に暴れる分には多少は目をつぶるし、
何かあったら揉み消してくれるとのことでした」
「結局こちらで何とかしろ、ということで
申し訳ないのですが……」
まるっと丸投げではあるが、
それでも引き出せる精一杯ではあるだろう。
「そこに行けば、
あたしも治外法権なんだろ?」
口角を吊り上げて悪魔的な微笑を浮かべる
「派手に暴れてやろうじゃないか、
あいつ等全員ぶっ飛ばしてやらなきゃ
腹の虫がおさまらないよ、あたしは」
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