怨嗟の咆哮
空を覆う巨大な霊体、
それはまさしく女の顔を形づくっている。
半透明でありながら
色濃く影を持つその輪郭、
その顔付きは極めて険しく、
まるでこの世のすべてを
呪い殺そうとでもしているかのようだ。
この通常では有り得ないようなサイズも
女の怨念と憎悪、怒りが
今なお肥大化し続けていることの現われであろうか。
「あんたは慎さんと一緒に後ろに下がっていな」
後ずさるサムエラに指示する
「若い男の被害者と若い女の生き霊かい……
まぁあらかた察しはつくんだけどね」
女の霊体が怨嗟の咆哮を上げると、
空気を伝わって振動が広範囲に渡り、
公園とその周囲にある物、
ベンチや植木、自動販売機等々、
多数の物体がグラグラと揺れ動く。
その直後、まるで
ポルターガイスト現象でも起こっているかのように、
それらの物体は宙へと浮かび上がった。
「おそらくは
気持ちのいい話じゃあないんだろうけどね」
臨戦態勢の構えを取った。
魂の一部から形成される武器が現出、
その手には巨大な
長身である
遥かに超える長さの如意棒、
その真ん中を両手で握り
頭上高く掲げると
ぐるぐると何回転も振り回す
「あんたがストレス発散したいと言うのなら、
少しぐらい付き合ってあげるのも、
やぶさかじゃあないんだよ、あたしは」
怨霊に聞こえているのかは定かではないが、
先程宙に浮いた多数の物体が
まるで竜巻に巻き込まれたかのように
空中を舞い高速で回りはじめる。
そして空に浮かび上がる女の顔が絶叫するとともに、
公園に設置してあったベンチが、
植木や自動販売機、鉄製の手すり、
金網にフェンス、壁を砕いたコンクリート、
それらすべてが
これを両手に握る如意棒で
次々と叩き落す
ベンチは地面に突き刺さり、
自動販売機はへしゃげて
中から缶ジュースを周囲にぶちまけ、
コンクリートの塊は一撃で砕け散る。
空から高速連射された物体群を
涼しい顔ですべて跳ね除けた
「女がヒステリーを起こして
物に当たるってのはよくあることさね、
あたしにも身に覚えがあるよ」
再び空に浮く女の顔が雄叫びを上げると、
今度は渋谷駅に繋がる線路、
その上空にある架線の一部が切れ、
架線はまるで蛇か龍にでもなったかの如く
宙を舞い踊り天空へと伸びて行く。
「あんた、なんて事すんだい
これから朝の通勤ラッシュの時間だって言うのに」
路線異常の為電車運休、復旧の見込み立たず、
駅員がそうアナウンスするハメになるのは
まず間違いないだろう。
大元の発電装置と繋がっている架線には
まだ電流が流れている状態であり、
霊力で切られた断面からは
バチバチと高圧電流が放出されている。
複数の架線が一斉に
唸る鞭のように高速で空を裂き
まさしく電光石火の如く
これを跳躍して
上へ逃れようとした
架線の一本が足へと絡みついて脱出を阻止された。
逃げ損ねたところに
複数の架線がくるくると巻き付き、
一斉に放たれた高圧電流を
その身に浴びる
体をビクビクと何度も激しく震わせた後、
その場に崩れ落ち、地に倒れる。
「
後方で待機していた慎之介は
今にも飛び出し駆け寄ろうとしていたが、
サムエラはこれを冷静に制止した。
倒れて動かなくなった
口角を吊り上げ悪魔のような笑みを浮かべる怨霊。
しかしそこに倒れているのは
本物の
公園にあった植木に
掛けられているだけ。
「いやあ、危ないとこだったよ、
これが芸は身を助けるってやつかね」
怨霊の背後から声がする。
「いやなに、
あたしはこの世界の忍者漫画も大好きでね
ニンジャマスターに変わり身の術ってのを
教えてもらったばかりだったのさ」
その声に即座に反応する怨霊だったが、
身動きが取れない。
当然通常の生命体が
霊体を掴むのは無理なのだが、
オカルティックな存在であるサキュバスにとっては
雑作もないこと。
敢えて変わり身の術を使ったのも
霊体の注意をそちらに向けさせ、
隙を突いて背後に回り込むため。
「個人情報保護とやらにうるさいこのご時勢に
本当にすまないんだけどね……」
少しだけ力を込めた。
「あんたの記憶、ちょっと
見させてもらうよ」
女の怨み、憎しみ、怒り、悲しみが
生き霊となって石化事件を起こしたのであれば、
目の前にいる霊体はまさしく
犯行動機そのもの、動機の塊のようなもの。
この生き霊の本体である女には
本当に申し訳ないとは思ったが
この方法が手っ取り早いのは間違いない。
警官達に追われていると聞く
ゴルゴンの娘のためにも
早急に事件の真相を解明しなければならない、
――やっぱりかい
本当に胸クソが悪くなるような話だよ
生き霊の本体である女に起こった過去を理解した。
――いやっ、見ないで
と同時にか細い女の声が聞こえた。
おそらくはどこかで眠り続けている
本体の女の声であろう。
女の生き霊は一目散に
その場から逃げ出して行く。
眠り続ける女の本体、
肉体がある病院に戻るのだろう。
既にその場所さえも理解している
霊体を慌て追い掛ける必要もなかった。
霊体を通じ記憶の断片、
女の過去を覗き見た
苛立ちが隠し切れない。
やり場のない怒りに
チッと舌打ちをする。
「どこの世界に行っても
いつも泣かされるのは女ってことなのかね」
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